第7章 秘められし力 No.3
夏休みが終わり、授業が再開されて、もうじき一月が過ぎようとしていた。
森は着実に時を刻み、既に夏から秋への模様替えの準備は万端だ。
何時ものように、教室の後方端に席を取り、アルフとルーは、リオを護るように、彼を挟んで並んで座った。
席に着いてからも、リオは躰を前に屈し、苦し気に肩で息をしている。
その様子を、二人は心配そうに、しかし、ただ見つめていることしか出来なかった。それが、歯痒かった。
魔法実技基礎課程は第五課題へと進んでいた。課題の内容は『瞬間移動』。
サリバン先生は、課題を進める上での注意点やコツについて説明し終えると、何時ものようにリオを呼んだ。
「リオ、今日も宜しくね」
さすがに、今回ばかりは見かねたアルフが、抗議しようと腰を浮かしかけた。だが、その腕はリオに取られ、出鼻を挫かれてしまった。
リオは、青白い顔に、やっと笑みの形を創り、不満気なアルフを宥めるように言った。
「ありがとう、アルフ。でも、僕は、僕の出来ることを精一杯やろうって、そう決めてるんだ。だから、お願い。……止めないで」
アルフの腕に触れたリオの指先は冷たく、小刻みに震えていた。
リオが何を言おうと、アルフは正直、リオを止めたかった。止めるべきだと思った。なのに、……出来なかった。そんな己が情けなく、口の中で自分自身に悪態を吐きつつも、リオが通れるように場所を譲る。
リオは、途中の机に手を付いて躰を支えながら、階段状の床を一歩一歩、ゆっくりと降りていった。
彼の顔色は真っ青で、さすがのサリバン先生も、リオの躰の不調に気付かぬはずは無かった。
「まあ、リオ。貴方、顔色が悪いようだけど、大丈夫かしら?」
「……はい。大丈夫です」
言葉とは裏腹に、リオの躰は左右にフラフラと揺れ、教卓に添えた腕に支えられて、やっと立っていられる状態だった。
その時、突然、教室の中央から声が飛んだ。
「先生! そいつは何をやったって出来るんだから、授業になんか出る必要、無いんじゃないの?」
途端に先生は、不愉快そうに眉を顰めた。腰に手を当て、声の主を探す。
「こら。今の声はクワイね。先生はね、特別扱いはしないの。出来る、出来ないに拘わらず、授業には出てもらうわよ。特に、クワイ、貴方にはね」
教室のあちらこちらから、笑い声が沸き起こる。
そんな中、アルフとルーの視線は、教壇の傍らの一点、……躰を微かに前に屈め、教卓に縋るように佇むリオだけに注がれていた。
「リオを特別扱いしてるのは、あんただろう! 教師のクセに、やってることと言ってることがむちゃくちゃなんだよ!」噛み締めた奥歯の隙間から、苦々し気に、搾り出すように小声で呟く。「リオは、ただ、みんなに喜んでもらいたいだけなのに……」
その隣では、ルーが、今にも倒れそうなリオの様子を、不安気にじっと見つめていた。
そんな二人の心配をよそに、リオは何とか、何時ものように模範実技を終了させ、これもまた何時ものように、先生の助手として教室内を回り始めた。
フラフラと覚束無い足取りで、それでも笑みを絶やすことなく周囲に声を掛け続ける。だが、体調不良は一目瞭然。足取りは次第に重くなり、その表情は、辛そうに、そして、微かに苦し気に歪んだ。
もう、これ以上は見ていられない。後でリオに何と文句を言われようと、引きずってでも家に連れ帰る。そう心に決め、アルフが立ち上がった……。
その瞬間、彼の耳に、声高にリオを詰る言葉が飛び込んできた。
「お前なんかに教えてもらうために、この学校に来てんじゃねぇんだよ! あっちへ行けよ!」
「お前みたいな奴が、何で学校に来る必要があんだよ。家でママに教えてもらってれば、立派な魔法遣い様になれるんだろう?」
「俺達と同じことやってたって、お前には、どうせ退屈なだけじゃないか。辞めちまえよ! 辞めて、さっさとお家に帰れよ!」
声の主は間違い無く、クワイと、彼の仲間達。
根も葉もない中傷を吐く連中の顔に浮かぶニヤついた笑みと、リオの青白い哀し気な表情が、アルフの眼前で交差する……。