第7章 秘められし力 No.1
七 秘められし力
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明るい陽の光を故意に遮るように、幾つもの白い影が一人の赤ん坊を取り囲んでいる。その場に漂う、何ともいえない重苦しい空気。息苦しささえ感じるほどだ。
しかし、そんなピリピリとした雰囲気も、陽の光を遮られ生じた薄暗い影さえも、白い影達の輪の中央、あどけなく微笑む赤ん坊が放つ柔らかな光によって、穏やかに掻き消されていた。
赤ん坊の肌は、己が放つ光そのままに、透き通るように白く、それを彩るシェルピンクの頬と薄紅色の唇が、肌の白さを際立たせていた。髪は、月の光のような淡い金色に輝きながらフワフワと微風に揺れ、大きな翡翠玉のような瞳は、そこに初めて映し出される世界への好奇心に溢れていた。赤ん坊は、時折、宙を掴むような仕草をしながら微笑みを浮かべたが、その笑みは、この世のものとは思えぬほどに愛らしかった。
しかし、周囲の白い影達の眼には、赤ん坊の花のような笑顔さえも、なぜか禍々しく映るのだった。
「これは、不吉な……」
「邪悪なり。この赤子は凶兆。直ぐさま消滅させねば、この世界に、どのような災いをもたらすか知れぬ」
「二度と再び、あの悲劇を繰り返してはならぬ」
「殺せ!」
「今すぐ殺すのだ!」
津波の如く沸き上がる声に呼応し、一つの白い影が、赤ん坊の頭上めがけ、輝く剣を振り下ろす。だが、光の軌跡は、一つの声により歪められ、剣の切っ先は虚しく空を裂いた。
「愚か者。殺してはならぬ。この地を、その者の血で汚すことこそ大罪」
声は、周囲の空気を振動させ、低く響いた。
白い影達が、一斉に声の主を振り返る。
陽の光を背に受け佇む影は逆光により黒味を帯びていたが、それでも、そのシルエットは、周囲の影達より明らかに一回り大きかった。
声の主に、白い影達が問う。
「それでは、どうすればよろしいと……?」
「この赤子は明らかに凶兆を示しております。生かしておくことは出来ませぬぞ」
声の主が、ゆっくりと赤ん坊に歩み寄る。
白い影達の輪が崩れ、赤ん坊まで続く道が出来た。
声の主は、赤ん坊の傍らに立つと、己が、束の間繋ぎ止めた命を、暫くの間、無言で見下ろした。
赤ん坊は、自分を襲おうとしている運命など知る由も無い。声の主に向かって両手を伸ばし、その顔には無邪気な微笑みすら浮かべた。
声の主は、その笑顔に魅入られることを恐れるように背を向けると、吐き捨てるかの如く、一言、低く言い放った。
「堕とすのだ。その地で死すれば、この赤子の運命の糸は、元々、そこまでしかなかったというだけのこと」
「生き残れば……?」
一つの影が問う。
声の主は答えた。
「……それも、この赤子の天命」
声の主は踵を返し、長い髪を靡かせながら、その場を立ち去った。
その背中を見送った後、白い影から幾つもの腕が伸び、赤ん坊を抱え上げた。白い影達は、躊躇いの欠片も無いままに、赤ん坊を足許の裂け目から、……堕とした。