第6章 不安 No.3
アルフは、逆に訝しむような視線をルーへと向けた。
「ルー、お前は何も感じないのか?」
「何を?」
「クワイだよ」
「だから、何を?」じれったそうなルー。
対するアルフの答えは短く、そして、冷ややかだった。
「……奴は、ヤナイだぜ」
「……え?」
「間違いない」
一瞬言葉を失うルー。それを誤魔化すように気まずげに笑う。
「小人族の中で育ったアルフが言うんだから、間違いないよね」僅かに小首を傾げる。「じゃあ、あの子は将来、神官になるんだ。大変だねぇ」
少し曖昧に、それだけ言った。
普段、何事に対しても頓着することなく、おっとりしているルーが、曖昧に笑うことなど滅多に無い。だが、今、その笑みには充分すぎる理由があった。
ヤナイ族……。
多くの場合、その名が笑顔で語られることはない。
ヤナイ族とは、大陸の南端に暮らす民族で、ルリアでは珍しく、狩猟を生業とする一族である。
ルリアの民には、肉食を嫌う傾向がある。特に、ヤナイ族は、肉食というだけで無く、ルリアで一番『人間』に近いという理由から、数多の民の中で、『魔族』の次に忌み嫌われる種族の一つなのである。
偏見といってしまえば、それまでのこと。だからといって、ヤナイ族をどうこうしようなどという考えは、ルリアの民には思い付きすらしない。ただ、極力、ヤナイには近付きたくない。そう思っている種族が多いということだ。
ヤナイ族の特徴は、躰が丈夫で、体力があり、寿命は数百歳ほどであること。ルリアの民の平均寿命と比べると遥かに短命な彼等は、ルリアで最も重要とされる精神力『夢幻』が、あまり発達しない。それ故、魔法遣いになるには最も適さない民族である言われている。
そんなヤナイ族の中で、生きるために重要な様々な行為、例えば族長の継承、狩猟の時期や方角、果ては民の婚姻の日に至るまで、様々な決定を下す『神官』は、族長以上の尊敬と畏怖の対象であった。神官となるには、一族の中で最も精神力の強い子供が、選ばれて魔法遣い養成学校で学び、卒業と共に神官代理となって、それから何年もの間、正規の神官の許で修行を積まなければならない。ただでさえ卒業することが難しい魔法遣い養成学校をヤナイ族が卒業するには、並大抵以上の努力が必要であることは言うまでもない。
そして、クワイである。
彼がヤナイ族であるということは、言い換えれば、将来、彼はヤナイの神官になることを運命付けられているということだ。本人が、それを望んでいるか否かに関わらず、それは逃れることの出来ない運命。しかも、現在の神官は、かなりの高齢だという噂である。クワイの肩に懸かる重圧が相当なものであることは、容易に想像出来た。
ルーの言葉に頷きで応え、アルフは言った。
「ヤナイは人間と同じで短命だ。その上、今の神官は相当な老齢って話だ。クワイの卒業まで待つのがやっとだろう。クワイは一日でも早く、この学校を卒業して神官にならなきゃならないんだ。校長先生だって、そのくらいのこと、解ってる。でも、今のクワイは、決して出来の良い奴とはいえない」
「うん。きっと、大変だろうね」答えたルーの視線が、問い掛けるようにアルフを捉える。「でも、そのことと、リオの元気が無くなったことと、いったい、どういう関係があるの?」
「ヤナイの神官の依頼ともなれば、校長先生だって、個人の能力を自由に伸ばすのが養成学校の方針だとばっかりも言ってられないだろ。だから、きっとリオに頼んだんだよ。クワイの能力を目覚めさせる切っ掛けを見付けてやってくれ、とか何とか……」一言、言葉にする毎に、アルフの中で、その思いが確信へと変わっていく。「クワイが何を考えているかなんて、ヤナイじゃない俺達には到底解りっこない。でも、リオは、ほら、あの通り生真面目だから、適当にお茶を濁すなんて出来っこない。だから、きっと、あいつは探しに行ったんだ。ヤナイ族まで、クワイの切っ掛けを探しに……。そして、そこで何かがあった……」
「……どうして、そう思うの?」ルーの問い。
親指を噛み、アルフは言った。
「お前には話してなかったけど、あいつ、校長先生の用事とやらから帰ってきた時、凄くぐったりしながら俺に訊いたんだ。正しいことって何なのか、それが解らなくなってしまったって……。俺、その時は、リオが何を言いたいのか解らなかった。でも……、こういうことだったんだ」
「それは違うよ、アルフ」
聞き慣れた、しかし、今は、そこにあるはずのない声。
驚いた二人が揃って振り返る。
扉は開いていた。そして、そこに立っていたのは、眩ゆい金色の髪の少年。
アルフは咄嗟に寝転んでいたベッドから飛び起きた。