第1章 魔法遣い養成学校 No.5
「アルフ! 待って、アルフ!」
校庭を横切ろうとするアルフに、なんとか追いついたリオ。彼の腕にしがみ付く。
アルフは渋々足を止め、自分より背の低い友を見下ろす。声には怒りが露だ。
「お前、あんなこと言われて悔しくないのか? 俺は我慢出来ないぞ!」
それでもリオは、アルフの腕に縋り付いたまま、決して、それを離そうとはしなかった。
「僕は平気。大丈夫だよ。だから、お願い、もうこれ以上、喧嘩なんかしないで!」
懇願するリオ。
アルフには、その手を振り払うことが出来なかった。眉間に皺を寄せ、視線を逸らす。
「お前……、何時だってそうだよ。どうしてだよ。どうして、我慢なんかするんだよ。何時も、凄く辛そうな顔してるじゃないか」
「アル……」
我が事のように憤懣を吐き出す友の姿が辛かった。リオは唇を噛み締めると、アルフの顔を両手で挟み、自分の方に向けさせた。
「何す……?」
アルフは躰を仰け反らせ、逃げようとしたが、リオは両手を彼の頬に添えたまま、鼻の先がアルフの鼻にぶつかるほどに顔を近付けた。そして、黒い前髪を両手で掻き分けると、漆黒の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
アルフの頬がカッと朱を帯びる。
けれど、そんなことにはお構いなし、リオは訴えるように言った。
「アルフ、君こそ、どうしてそんなに怒るの? 君が何か言われたわけじゃないんだよ。それなのに……」
「お前のことだから、余計に腹が立つんだろう!」
深い黒の瞳が、射るようにリオを見る。
「どうして、なんて訊くなよ。俺だって、解んないよ。でも……」恥ずかし気に視線を逸らす。「友達って、そういうもんだろ?」
リオは驚きに眼を見開いた。その視線が柔らかな笑みに変わる。そのまま、こつんとおでこをぶつけた。
「……ありがと、アルフ」閉じた瞼、長い睫が微かに震えた。「ホントはね、さっき、君が来てくれて、……凄く嬉しかった。気にしない、気にしないって思っていても、やっぱり、あんなふうに言われるのは、正直……、辛いもの」
「リオぉ……」やっと二人に追い付いたルーが、リオの服の裾を掴んで引っ張る。「アルフを叱らないで。ボクだって、リオがあんなふうに言われるなんて嫌だよ。凄く嫌なんだよ」
「解っているよ」
柔らかな笑みをルーに向ける。その視線は、再びアルフへと向けられた。
「君が、僕のことを本当に心配して怒ってくれたんだっていうことは、解っている。凄く嬉しいよ。でもね、さっきみたいなことは、金輪際しないって約束して」碧の瞳が揺れる。「こんなつまらないことで、もしも君達が怪我をするようなことにでもなったら、僕、どうしていいか解らない。そのことの方が、僕には何十倍も辛いことなんだよ。だから、お願い。もう二度としないって約束して。ね?」
朝露に輝く新緑のように穏やかで澄んだ瞳に間近から見据えられ、アルフの怒りは、恥ずかしさと気まずさに取って代わった。アルフは、照れくささからリオの両手を少し乱暴に退けると、わざと不満気な表情で言った。
「……解ったよ。約束するよ」
その時、終業の鐘の音がポラリスの森に高らかに鳴り響いた。