第5章 真実 No.11
それから、どれほどの時間が過ぎたであろうか……。
暗い校長室。先生は独り、窓辺に佇み、月を眺めていた。
天使の言っていた『それ相応の理由』とは、いったい、何を意味しているのだろうか。それが酷く気に掛かった。けれど、今の自分に、その答えが解ろうはずも無い。自嘲気味に微笑む。
そして、ただ一つだけ解った事実。それは、自分の予想以上に、天上界がリオを欲しているということ……。
この先、天上界は、あらゆる手段を講じて、リオを奪い去ろうとするであろう。老いた身で、どこまで防ぎきれるだろうか。一瞬、不安に身を震わせる。だが、そんな思いを振り切るように、首を強く横に振り、後ろ手に組んだ手を強く握り締めた。護らなければいけない。何があろうと、必ず護ると、リオ本人に約束したではないか。そう、『あの時』助けられなかった友の代りに、その友に面差しのよく似たリオを護ることこそが、今の自分に出来る、せめてもの償い。そう思っていた。リオに、友と同じ苦しみを味あわせてはいけない。そのためになら何でもしよう、しなくてはならないのだ。
校長先生は、優しい光で世界を平等に照らす月に向かい、語り掛けるように呟いた。
「貴方と同じ瞳を持つ、あの少年は、心根までも貴方と同じ、深い愛情に溢れた、心優しい子ですよ」
辛い出来事を思い出し、先生の顔が、一瞬強張る。右手の拳で、強く壁を叩いた。
「誰かを深く想うこと、愛する心が罪だなどと……、なんと愚かしい!」
しかし、ふと気付けば、月の光は穏やかに、生きとし生ける物全てを包み込むように照らし、先生さえも例外なく、淡く輝かせてくれている。その優しさが、懐かしい友の笑顔を思い出させ、先生の表情は無意識のうちに和んだ。
暫く、じっと月を見つめた後、先生は、月に重なる友の面影に、そっと囁き掛けた。
「貴方によく似た、あの少年は、貴方を護り切れなかった罪の意識に苛まれている私に遣わされた、貴方からの免罪符。そう思って、私の命の続く限り、彼を護りましょう。それで宜しいですね? 我が最愛の友セラフィムよ」
一つ息を吐くと、窓から離れ、扉に向かってゆっくりと歩き出した。そして、扉を開けると、もう一度、見慣れた部屋を振り返った。
暫し、室内を眺め渡した後、静かに扉を閉める。
遠ざかる足音は徐々に小さくなり、やがて、養成学校は静寂に包まれた。




