第5章 真実 No.6
先生が言葉を継ぐ。
「残り二つの願い珠への願いは、未だ、叶えられていませんね」蒼の瞳が僅かに細められる。「君が何を願ったか……、それを、訊かせてくれませんか?」
「二つ目は……」
誘われるように言いかけ、瞬間、リオは躊躇った。
感情のままに語ってはいけない。自分がなぜそうしたのか、何をしたかったのか、それらをキチンと伝えなくてはいけないのだ。
話すべきことを頭の中で組み立て、呼吸を整えてから、ゆっくりと言葉を吐く。
「あの時、僕は、彼に願いを訊きました。彼の願いは『ご両親が個々の人生で幸せになること』。お父様とお母様、それぞれに一つずつ、だから二つ分だと、彼は僕に言いました」
「そうですね」
「ですが、彼のご両親は、もう一度、共に生きることを選ばれました。ですから、彼の願いは一つ。その一つを願い珠に……」
先生が頷く。
それを確認し、リオは息を吸い込んだ。
「一つ、僕の手許に、願い珠が残りました。僕は……」
言い掛け、リオは一瞬、次の言葉を口にすることを躊躇った。眉間に微かに皺を寄せる。自分が下した判断が、正しかったのか否か、迷いが無かったかと問われれば、答えは否。今、この瞬間ですら迷っている。
だが、小さく頭を横に振り、思いを断ち切るように顔を上げる。瞳は真っ直ぐに校長先生を見つめた。
「僕は、もう一つ、彼に贈り物をしたかった。どうしても、叶えたかった。その願いを、僕は、手許に残った願い珠に込めてしまいました」
無言の頷きが、話の続きを促す。
リオは言葉を継いだ。
「僕が願い珠に懸けた願い、それは……」一つ大きく息を吐く。「それは、彼の魂の転生。彼が愛した、ご両親の子としての新しい命。今生の彼が、どんなに願っても得ることの出来なかった丈夫な躰と共に……」
リオの視線が不意に硬くなる。唇を噛み締めた後、縋るような瞳で口を開く。
「先生は先程、僕は先生の期待どおりのことをしたと言って下さいました」
「はい」
「けれど、それは違います。……違うんです」
胸の奥から搾り出すような、苦し気な告白が続く。
「僕は、彼の願いを叶えるために、そのためだけに、願い珠を与えて戴きました。なのに僕は、彼の願いではなく、僕の願いを、その珠に懸けました。僕は、先生の言い付けを守りませんでした」
「はい」
「これは、きっと、天上界の意志にも反する行為。それを承知の上で、したことです。罰は、覚悟しています」
窓の外で一陣の突風が唸り、木々の枝が大きく揺れる。それはまるで、今この瞬間のリオの心の中を映し出しているようで、先生は僅かに眉を顰めた。
だが、リオが、それに気付くことは無かった。
「でも、それでも僕は、彼に知って欲しかった。生を受け、命を得たことの幸せ。それこそが、言葉に出来ない、彼の心の奥底からの願いだと、そう思えてならなかったから」肩を落とし、深々と頭を垂れる。「勝手なことをして、すみませんでした、先生。もしかしたら、先生にもご迷惑が……」
不安気なリオに、先生は微笑で応えた。それは、リオの懸念を払拭するに充分足る、穏やかな笑みだった。
「良い判断でしたね、リオ」
「先生?」
驚き、見つめるリオの視線。