第5章 真実 No.5
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「少年の願いを三つ、叶えてあげることは出来ましたか?」
魔法遣い養成学校校長室。
最奥の机上に両肘をつき、校長先生は優しく問い掛けた。
室内の真中に置かれた椅子の上にチョコンと腰掛けたリオの姿は、数日前、この部屋から人間界へと送り出した時の、微笑みに溢れた姿とは、あまりにも対照的だった。先生は、彼の口から出る言葉を聞くのが、ほんの少し怖いとさえ思った。ふと芽生えた、人としての感情。と同時に、そんな自分に戸惑う。
校長先生の問い掛けに対し、リオは力無く首を横に振った。
「僕には、何も出来ませんでした」
答えるリオの顔を、先生は、じっと見つめた。
僅か数日間で、遥かに大人びた表情。しかし、それは、強い敗北感と自責の念により、酷く打ちのめされていた。
リオは俯いたまま呟いた。
「僕は、三つの願い珠を与えて戴きました」
「そうでしたね」
先生の顔を、リオがじっと見上げる。
「……すみません。僕は、先生のご期待には、添えませんでした」
震える声。
それには気付かぬ素振りで、先生は小首を傾げた。
「私の期待? はて……。私は君に、何を期待したのでしょう?」
リオは僅かに眉を顰めた。その視線の先に、先生の温かな笑みがあった。深い蒼の瞳は、晴天の空を思わせる。
先生は、静かに言った。
「願い珠は、君に与えたものです。全ては君の思うとおり……。敢えて言うならば、それが私の望み、私の期待ですよ」
顎の下の指を組替える。
「一つ目は……、見ていました」
「え?」
碧の瞳に浮かぶ明らかな動揺。それが困惑に、次いで、深い後悔へと変わる。
「勝手をして、すみませんでした」
か細い声で、やっと、それだけを呟く。
校長先生の真っ白な口髭の隙間から、溜息が漏れた
「私は、先程、君に何と言いましたか?」
問い掛けるような碧の瞳。
包み込むような笑みで応え、先生は言葉を継いだ。
「リオ。君は本当に良い子です。優秀でもあります。しかし、今回のことで、ただ一つ、気になることが見付かりました。相手の思惑を勝手に推測し、自分を悪者にする。……君の悪い癖ですね」
驚きに眼を見開くリオ。その耳に、言い聞かせるように穏やかな声音が響く。
「私の期待は、君が望むとおりに行動すること。その意味で、君は私の期待どおりのことをしてくれました」
「先生……」
「君のその癖は直した方がいい。……いいですね?」
的確な指摘に、リオが気まずげに前髪を掻き上げる。
「……はい」素直な返事。
満足気に校長先生が微笑む。
「さて……、では、話を元に戻しましょうか」
無言のまま頷くリオ。