第5章 真実 No.4
アルフは楽し気に笑い、リオの頬を両手でプ二プ二と揉み解した。
「だって、本当に大切だと思ってる相手なら、何時だって、そいつのこと見てる。何時だって、そいつが喜んでくれることは何かなって考えてる。だから、そいつが喜ぶことだって、すぐに解るだろ。お前が相手を本当に、心から大切だと思うなら、きっとさ」
「どうして……?」
問われて、アルフの指が止まる。
「だって、俺は……」視線が柔らかい。
星を鏤めた夜空のような澄んだ瞳に、リオは、ふと不安を覚え、友の名を呼ぶ。
「アル……?」
「いや……。何でもない」
リオに顔を近付けて、少し照れくさそうに笑った。
「誰かを大切だと思う気持ち、俺は知ってる。そんな気持ちを持てたこと、俺、凄く幸せだと思ってる」
次いで、リオの手を掴み、自分の掌と重ねた。二回りも小さな手。ほんの少し哀しくなった。それを誤魔化すように、わざと明るい口調で言う。
「正しいことをしたいってお前が思うのは、結局、大切だと思う相手が一杯いるから。でも、お前の手は、こんなに小さいんだ。一度に全部は持ちきれないよ。少しずつ、少しずつ、笑顔を、幸せを、この手の中に増やしていけばいい。それじゃダメか? それじゃ、お前は不満なのかな?」
突然の問いに、戸惑うように、それでも必死に、リオは首を横に振った。
アルフはニヤリと笑い、柔らかな金色の髪に見え隠れするおでこを、指先で軽く小突いた。
「自信を持てよ、リオ。少なくとも、俺は、お前が間違った判断をするとは思ってない。お前を、信じてる」
アルフの温かな指先が触れた部分に、そっと手を添え、リオが小さく微笑む。やっと……、笑えた。
「買い被り過ぎだよ、アル。でも……」か細いが、落ち着いた声。「……ありがとう」
何かを思い出すように空を見上げ、ホウッと小さく溜息を吐く。
「そうだね。彼は最期に笑ってくれた。ほんの少し哀しそうだったけれど、それでも、確かに笑ってくれた。だから、僕のしたことは、彼にとっては、決して間違いじゃなかったんだ。笑顔を一つ、貰えたんだから。それは、とても、……幸せなことだよね」確かめるように、心の奥の自分自身に問い掛けるように、そっと呟く。「誰かを大切だと思う気持ちは、過ちなんかじゃない」
視線は、空から森へと彷徨い、そして、黒髪の友を捉えた時、それは穏やかな笑みに変わった。
「そうだよね?」
アルフは、余計なことは、一切、何も訊かなかった。
「そうさ。誰かを大切だと思う気持ちが、過ちであるはずがない」
リオの頭を軽く二度叩き、それだけを答えた。
リオは、眼前の泉のキラキラと輝く水面を見つめながら、小さく頷いた。
「うん……」
しかし、その声音は、先程よりも幾分力強かった。
少なくとも、アルフには、そう聞こえた。寄り添うリオの髪を優しく撫でる。
「とにかく、家に帰ろう。ルーが待ってる。家に帰って、ゆっくり休めよ。な?」
アルフは、リオの肩を支え、ゆっくりと立ち上がらせた。
リオは、アルフに躰を預け、促されるままに一歩一歩、歩き始めた。
初めの内、リオは、じっと考え込むように俯いていたが、その表情は、溢れ出そうになる何かを堪えているように徐々に歪み、遂には、顔をアルフの肩口に埋めた。小さな嗚咽が、吐息と共にアルフの首筋に掛かった。
アルフは、何も言わなかった。ただ黙って、リオの肩を抱く腕に力を込めた。
何がリオの心を、こんなにも深く傷付けたのか、アルフには解らなかった。知りたかったが、今は訊けなかった。
リオの歩調に合わせて歩を進めながら、アルフは思った。脆い硝子のような友の心を護りたい。護るためなら何でもしよう。
その決意は、これまで以上に強くなった。