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第5章 真実 No.2

 その強さに安堵したかのように、ホウッと息を吐くリオ。

「正しいことって、何……? 正しいって、どういうこと?」耳許で囁く。「……僕ね、解らなくなってしまった。何が正しいことなのか。間違いって、いったい何なのか……」

「リオ……?」アルフは訳が解らず、リオの顔を覗き込んだ。「どうした? 何があったんだ?」

 リオは微かに微笑み返したが、問いには答えず、再び視線を泉の静かな水面へ注いだ。そして、まるで泉に話し掛けているかのように、小さく呟く。

「僕ね、ずっと思っていた。他人がどう思おうと、自分が正しいと思ったことをしよう。たとえ、それは間違いだって、周りのみんなが僕を責めたとしても、それが僕にとって『正しい』と信じられることなら、僕は胸を張って、それをしていこうって。だから、そのためにも、間違った判断をしないように、たくさんの人に会って、たくさんの話を聞いて、そして、たくさんの知識を得よう。それが僕にとっても、僕に係わる全ての人にとっても、きっと一番良いことのはずだって。だから、養成学校に入学した。そうすることが、きっと、僕の考える答えに達する一番の近道だと思ったから……」

 風が吹いて、リオの柔らかな髪と、アルフの前髪を揺らしていく。アルフは、リオの髪が彼の頬に絡まないように指先で抑えた。

 リオは、そんなアルフの温もりを噛み締めるように瞳を閉じ、小さく微笑んだ。アルフの肩に全体重を預ける。

 リオが、そんなふうに、甘える仕草をするのは初めてで、アルフは、少し戸惑いすら覚えた。

 リオが言葉を継ぐ。

「でもね……、僕、解らなくなってしまったんだ。『正しい』って、どういうことなのか」

 リオが何を言おうとしているのか、アルフには解らなかった。ただ、リオの肩に掛けた指先に、僅かに力を込めた。自分は此処にいると、お前は決して独りじゃないと、リオが気付くように。

 アルフの腕の力を感じながら、リオは再度、小さく安堵の溜息を吐いた。

「僕が『正しい』と思ったことでも、それで笑ってくれる人がいたとしても、その倍、傷付く人がいるかもしれない。僕が一生懸命考えて、絶対に間違ってなんかいないんだって信じたことでも、誰かにとっては、もしかしたら、すごく嫌なことだったりするんだ。それならって、僕が何もしないでいても、それで辛い思いをする人もいる」唇を噛み締める。「正しいことをするためなら、責められたっていいって思っていた。でも……、誰かを哀しませるのは、すごく……、嫌、なんだ」

 アルフは小首を傾げ、口許に僅かに笑みを浮かべた。

「お前……、欲張りだな」

 リオが不思議そうにアルフを見上げる。

 アルフは、リオの頭に自分の頭をコツンとぶつけた。

 リオの瞳に映ったアルフは、酷く神妙な面持ちで、リオが見つめていたのと同じ水面に視線を注いでいた。

 アルフが呟く。

「お前、欲張りだよ。みんながみんな、正しいと認めてくれることを探そうとしてる。だから、そんなふうに悩んで、苦しむんだ。この世の中に、万人が正しいと思うことなんて、存在するわけ無いんだ。誰かにとって正しいことは、別の誰かにとっては正しくない。そういうもんだろ」

 アルフがリオを見る。深い碧の瞳は、何かを訴えるように揺れていたが、眼が合った瞬間、逃れるように瞼を伏せた。リオが、微かに首を横に振る。

「そんなこと、無い。普遍的なことは、必ず存在するはずだよ」

 それは、まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。

 さっき見た瞳の色は、リオのこんな想いを映していたのか? これは、リオの本心か? ……いや、違う。絶対に違う。アルフは思った。リオは気付いていないだけだ、自分が本当に欲しい答えに。望んでいるのだ、その答えを。そして、今、彼にそれをやれるのは、……俺だけだ。

 アルフは、無理に笑みを創った。

「それは、『真理』ってヤツだろ? 正しいこととは違う」

「え?」

 震える長い睫の下に、宝石のような瞳が揺れている。アルフは、それを覗き込んだ。

「正しいか、正しくないか、それは、常に人が判断することだ。人にはそれぞれ感情や意志がある。だから、人によって判断基準は異なる。人の見方によって、相手によって、正しいことと、そうでないことが異なってしまうんだ。でも、それは間違いじゃない。仕方のないことなんだ」

 アルフの腕を、リオがスルリと抜け出す。

「……でも、神様の為さることは、何時だって正しいはずだよ」

 しかし、じっとアルフを見つめるリオの瞳は、まるで縋るようで、言葉とは裏腹に、己の心の奥から頭をもたげようとする気持ちを必死に押し隠そうとしているのだということを伝えていた。だからアルフは、言わずにはいられなかった。わざと意地悪な言葉で、リオ自身の真実の気持ちを……。

「それは、どうかな」

「アルフ!」リオがアルフの腕に縋る。「だって、神様が全てを創られたんだよ。それなら……」

「じゃあ、訊くが、神は本当に過ちを犯さないか?」

 淡々とした問い。

 リオは眼を大きく見開いた。しかし、答えることは出来なかった。 

 アルフが続けて訊く。

「なら、神は、なぜ、この世界での魔族の誕生を見逃した? 苦しんでいる森の木々や動物達を、なぜ救ってはくれない? 奴等に、いったい、どんな罪があるというんだ?」

「……やめて」アルフの袖を掴むリオの指先が、小刻みに震える。


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