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第4章 人間界にて No.9

 眉を顰め、唇を噛み締るリオの必死の形相。

 アロウは、ゆっくりとブランコに腰を下ろし、優しく言った。まるで、リオを宥めようとするかのように。

「ありがとう、リオ。そんなふうに言ってくれて、僕、凄く嬉しいよ」

 彼の言葉は、とても穏やかだった。

「でもね、僕は本当に、もういいんだよ。確かに僕は、まだ十年しか生きていない。たった十年って、君は言うかもしれない。でもね、あの病院で過ごした十年は、多分、健康な人の一生分以上に長い時間だった。僕はね、疲れちゃったんだ。生きることにも、夢を見ることにも、疲れちゃったんだよ。そりゃあ、僕だって、何度も夢に見たよ。注射も、お薬も、……何より、手術なんて大嫌いだったけど、でも、我慢すれば、きっと病気は治る。病気が治って元気な躰になったら退院出来る。そしたら、パパとママと三人で、病室の窓から眺めるだけだった親子のように、手を繋いで歩くんだ。肩車や、キャッチボールや……、たくさん、たくさん、ずっと遣りたかったことを遣るんだ……って、ずっと、そんな夢ばかり見てきたよ。でもね、所詮、夢は夢でしかないんだ。どんなに望んでも、叶わないことがあるんだよ。そのことに気付いた時、僕は、夢みることをやめた。僕は、もう、夢をみて、絶望することに疲れちゃったんだよ」

「アロウ!」

 リオは言葉を探した。アロウに『生』を望ませる、そんな言葉を必死に探した。けれど……、何も思い浮かばない。

 リオが己の不甲斐なさに唇を噛み締めた、その時……。

 重く垂れ込めた灰色の雲の隙間から、一条の光が射し込み、アロウを照らした。そして、その光の道を辿り、二人の天使が舞い降りる。淡い光に身を包み、真っ白な翼を羽ばたかせ、リオ達の眼前にフワリと降り立った。

「アロウ、迎えに来ましたよ。旅立つ時間です。さあ、私達と共に逝きましょう」

 天使達は美しい笑みを湛え、手を差し出した。

 咄嗟にアロウを背に庇い、リオが天使の正面に立つ。

「待って下さい! まだ、彼の願いを叶えていない……」

 一人の天使が、ゆっくりと掌を横に払う。その瞬間、リオの躰は横に跳ね飛ばされ、冷たい地面に叩き付けられた。

「リオ!」

 アロウが立ち上がる。リオに駆け寄ろうと一歩足を踏み出す。けれど、天使の指がアロウの腕に触れた途端、彼の動きが止まった。

 二人の天使に両手を取られたアロウの躰は、天使達と同じように淡い光に包まれ、その脚は、ゆっくりと地面を離れた。

「アロウ!」

 必死に追い縋ろうとするリオを、天使が一瞥する。

 リオは再び、その場に倒れ込み、身動き出来なくなった。

 両脇を天使に抱えられ、アロウの躰が、ゆっくりと空へ昇っていく。

 リオには、もう、どうすることも出来なかった。今の彼に出来ることは、悔しさに唇を噛み締め、アロウの姿を見つめること、……ただ、それだけだった。

 リオは、己の不甲斐なさに、拳を地面に叩き付けた。

 アロウが振り返る。彼の瞳が微かに潤んでいることを、リオは見逃さなかった。

「リオ……、頼んだよ。僕の願い、きっと、……きっと、叶えてね」

 そして、小さく微笑えむ。

「君って、変わってるよね。でも、最期に君に会えて、本当に良かった。大好きだよ。ありがとう、リオ……」

 その言葉を最期に、アロウの姿は、二人の天使と共に眩い光に包まれた。そして、その光が消えた時、そこに彼の姿は無かった。ただ、雪がゆっくりと舞い落ちる闇が広がっているだけだった。

 リオは、その場に跪き、両掌に顔を埋めて、泣いた。

 涙は止め処なく溢れた。しかし、そんなことは、どうでもよかった。だだ、悔しかった。哀しかった。そして、何も出来なかった己の非力さを恨んだ。

 リオは涙を拭おうともせず、アロウが消えた空を見上げた。そして、噛み締めた奥歯の隙間から、搾り出すように、消えてしまった少年に語り掛けた。その声が、もう決して届かぬことを知りながら……。

「アロウ。僕が君に観せた未来……、あれは、創り話なんかじゃない。本当の未来なんだよ。なのに、君は、それさえ信じられずに、哀しみを抱えたままで逝ってしまったの?」

 遣り切れない想い。

 リオは拳を握り締め、地面に強く叩き付けた。何度も何度も叩き付けた。拳の痛みがアロウの心の痛みには遥かに及ばないことを知りながら、そのことさえも悔しくて、何度も凍る大地に叩き付けた。

「死に逝く者の想いなど、……哀しみなど、どうでもいいことなのか? 天使って、……天上界って、いったい何なんだ!」

 雪が次第に激しさを増す。

 真っ白な雪に埋もれながら、傷付いた拳で涙を拭い、リオは天空を睨んだ。

   


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