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第4章 人間界にて No.6

 カタカタ、カタ、カタ……。

 漂う意識の中で、アロウは、その音を聞いた。

 何の音だろう。

 窓を叩く、風の音……?

 重い瞼を、ゆっくりと上げる。

 首を傾けると、窓が見えた。カーテンは開いたまま。既に夜になっていた。

 灯の無い部屋の中は真っ暗だったけれど、なぜか、彼には、窓の外にいる少年の姿が、はっきりと見て取れた。年の頃はアロウと同じくらい。柔らな金色の髪が肩に掛かる。深く澄んだ碧色の瞳の少年であった。優しく微笑んでいる。

 アロウがベッドから躰を起こす。不思議と寒さは感じず、また、躰が嘘のように軽かった。

 頭の中に、窓の外にいる少年の声がハッキリと聞こえた。

『内に入っても、いいかい?』

 この病室が三階にあることを忘れていたわけでは無いけれど、アロウは、その少年に対して、恐ろしさなど微塵も感じなかった。それどころか、不思議なほどに優しい気持ちが心に満ちる。

 そんな自分に途惑いながらも、アロウが小さく頷く。

 金髪の少年はニッコリと笑いながら柔らかな光りに包まれてフッと消えたかと思うと、次の瞬間、その光りを纏ったまま病室の中に現れた。そして、優しい笑みを湛えたまま、黙ってアロウを見つめていた。

「……君は、誰?」

 暫くの沈黙の後、囁くようにアロウが問う。

 少年は、その言葉を待っていたかのように、もう一度ニッコリと微笑み、フワリと宙を飛んでアロウのベッドの側に立った。

「初めまして、アロウ」柔らかく、澄んだ声。「僕の名は、リオ。今日は、君に贈り物をあげるために、ここへ来たんだよ」

「贈り物?」

 訝しむように小首を傾げ、アロウが呟く。

 リオは、穏やかな瞳でアロウを見つめ、軽く頷いた。

「そう。君の願い事を言ってごらん。三つだけ叶えてあげる。それが、僕から君への贈り物だよ」

 リオは密かに、ポケットの中にある三つの珠に、そっと触れた。

 三つの珠は『願い珠』……。

 あの日、魔法遣い養成学校の校長室で、校長先生から与えられたものだ。

 願い珠に触れたリオの指先は、この珠を握らせた時の先生の掌の温もりを微かに思い出していた。

 リオの脳裏に、あの日の先生の言葉が甦る。

『少年の三つの願いは、全て叶えてあげなければなりません。そうでなければ、彼の魂は安らかに天上界に昇ることが出来ないのです。リオ、私は君が、この役目を果たすに充分な能力を持っていると確信しています。しかし、もしも、少年の願いが君の手に余るようなら、この珠をお使いなさい。これは天上界の力を収めた珠です。これを使えば、君は、上級天使と同等、……いや、それ以上の力をもって少年の願いを叶えることが出来るでしょう。さあ、お行きなさい。そして、少年の魂を救ってあげて下さい。これが、私のお願いです。』

 リオは、胸の奥で、先生の言葉を何度か反芻した。あの時感じた疑問が再び蘇る。

 校長先生は、こんな珠を託してまで、なぜ自分を人間界へ来させたのか。これが、始めに言っていたように、能力を試すものだとすれば、能力の限界まで発揮させようとするべきではないか? そうでないのなら、ルリアの魔法遣い見習でしかない自分が、人間界へ来る理由とは、いったい……? この裏には、どんな思惑が隠されているのだろうか? 

 微かに首を横に振るリオ。今、何を考えても、きっと答えには辿り着かない。この少年の魂を救い、ルリアに戻れば、校長先生は、きっと全てを話して下さる。そう、思った。

 リオの心の奥にある、そんな蟠りなど知る由も無いアロウは、暫し、不思議そうにリオを凝視していたが、やがて、視線はそのまま、小声で尋ねた。

「君は誰? 何処から来たの?」

 リオが、ゆっくりと答える。

「僕は、僕だよ。君の眼の前にいる僕。そして、僕が来たのはね、……別の世界」

「別の、……世界?」

 アロウは一瞬、驚きに瞳を見開いたが、次いで、小さく微笑む。少し哀しげな笑顔は、彼を実年齢よりも遥かに大人びてみせた。アロウが静かに言う。

「君が誰か、解ったよ。君は、天使だね。そして、僕を連れにきた。僕は、……死んでしまうんだ。……そうだね?」

 リオは、アロウの態度と口調に、僅かに戸惑いを覚えた。そして、直感した。彼に子供騙しは通用しないんだ、と……。

 リオが首を横に振る。

「残念だけど、僕は天使じゃない。魔法遣いだよ。正確には、まだ見習だけどね。天使が君を迎えにくる前に、君の願いを叶えるために来たんだ」

 アロウは小さく笑った。

「人は死ぬ前に願い事を叶えてもらえるって、御伽噺の中だけの創り事だと思ってた。でも、本当だったんだね。だったら、ちゃんと考えておくんだったな。急には思い付かないや」

 言いつつ、まじまじとリオに見入る。

「ねえ、リオ。君は本当に天使じゃないの? 本で見た天使と、こんなにそっくりなのに……」

 リオが、にっこりと微笑む。

「僕は魔法遣いだよ。君が本で見たという天使は、少なくとも、背中に大きな純白の翼を持っていなかったかい?」

 アロウは、的を射たりとばかりにポンと一つ手を叩くと、小さく声を立てて笑った。

「そうだね。そうだった。天使には翼があるんだったよね」

 アロウの笑みにつられ、リオも笑った。しかし、次の瞬間、辛くなる。死を前にして、人間はこんなにも無邪気に振舞えるものなのだろうか。けれど、そんな心の動揺を隠し、微笑を絶やすことなく言った。

「さあ、アロウ。君の願い事を言ってごらん。君が望むことなら、僕は何だって叶えてあげるよ」

「そんなこと、……急に言われても、思い付かないけど……」

 少し考え込むように瞳を伏せる。次いで、ゆっくりと視線を上げたアロウは、ぽつりと言った。

「僕、……僕ね、外へ、出たいな……」

「外へ……?」

 どんな願いを言ってくるのかと緊張していたリオは、内心、拍子抜けした。だが、次の瞬間、アロウの心中を推し量り、ほんの少し哀しくなった。

(そうか……。アロウはずっと、この病院から出たことがないんだ……。)

「ダメ、……かな?」

 リオの暫しの沈黙に戸惑い、アロウが小声で訊く。

 リオは慌てて首を横に振ると、ニッコリと微笑んだ。そして、優しくアロウの両手を取る。

「じゃあ、行こうか」

 言い終わらぬうちに、二人の躰は淡い光りに包まれ、闇に溶けるようにスッと消えた。



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