第4章 人間界にて No.5
その瞳に先程まで宿っていた哀しみは、僅かながら薄れたようにみえた。看護婦はホッと安堵の息を吐き、アロウの手を握り締めると、指を組ませて彼の胸に押し当てた。
「信じなさい、アロウ。神様は、貴方のことをちゃんと見ていて下さる。小さな頃から貴方が凄く頑張っていることは、貴方の愛する人達に、きっと伝わるはずよ。ううん、伝わらないはずが無いわ。神様が、きっと伝えて下さるもの。だから、信じなさい」
アロウは、胸の前で組んだ掌を、じっと見下ろした。
看護婦が、彼の両肩に両手を添える。
「さあ、アロウ。笑ってちょうだい。今日はクリスマス・イブよ。私も、みんなも、貴方の笑顔が大好きよ。ね?」
アロウの顔に、微かに笑みが戻る。
「うん。やっぱり、貴方は笑顔の方がずっと素敵だわ」
看護婦はニッコリと微笑むと、立ち上がり、アロウの腕を優しく引いた。
「さあ、パーティに行きましょう。みんな、貴方が来るのを待っているわよ」
「うん……」
そう答えたものの、アロウはベッドから降りようとはしなかった。
看護婦は、彼の心を思い遣るように小さく微笑むと、栗色の髪を優しく撫でた。
「じゃあ、気分が良くなったら、いらっしゃい。ね?」
アロウは頷き、笑みを返した。
ベッドに凭れ、じっと窓の外を見つめていたアロウの眼の端を、空から舞い落ちる白いものが掠めた。
「雪……」
呟き、窓辺に身を乗り出す。
その瞬間、彼の胸の奥で、何かが鋭く弾けた。
絶え切れない激痛が彼を襲う。発作だ。何時もより激しい……。
胸を押さえ、その苦しさに身悶える。息が出来ない。無理に空気を吸い込もうとすると、更に激しい痛みが走る。脂汗の滲む手を伸ばし、枕許のナースコールボタンを押すのが精一杯だった。
力一杯ボタンを押す……。
瞬間、彼の意識は途切れた。
その後、医者と数人の看護婦が彼の部屋に駆け込んできたことを、アロウが知る術は無かった。