第4章 人間界にて No.4
看護婦は、サイドテーブルの上に場所を作って静かに包みを置き、努めて明るい口調で言った。
「ねえ、アロウ。今日は顔色も良いようだし、クリスマス・パーティに来てみない? 外出許可が下りなかったお友達は、みんな集まっているわ。飾り付けも、お料理も、私達みんなで頑張ったのよ。貴方にも見て欲しいわ。ね? いらっしゃいよ。きっと楽しいわよ」
しかし、そんな誘いにも、アロウが視線を動かすことは無かった。
看護婦は、少し困った態で眉根を寄せたが、それでも明るい声音は保ち続けた。
「どうしたの、アロウ。今日は随分、ご機嫌斜めなのね。ねえ、お父様とお母様からのプレゼント、開けてみたら? きっと素敵よ。元気が出るはずだわ」
アロウがゆっくりと振り返った。彼の瞳は、何かを訴えるように、哀し気に揺れていた。
「……パパも、ママも、どうして面会に来てくれないの? 二人とも、病院まで来て、看護婦さんにプレゼント預けていくのに、どうして僕には会いに来てくれないの?」
力の無い言葉は、看護婦の胸に鋭く突き刺さった。しかし、それでも、看護婦の顔から笑みが消えることは無かった。彼女は何気ない素振りを装う。
「我が儘を言ってはダメよ。貴方のお父様もお母様も、とても責任のある、大切なお仕事をしていらっしゃるの。お忙しいのよ。お二人とも、貴方には、とても会いたがっていらしたけれど、今日はたまたま、ゆっくりしていく時間がなかっただけなのよ。だから……」
「たまたまなんかじゃないよ! もう、ずっと会いに来てくれないじゃないか!」
アロウの言うとおりだった。彼の両親は、もう一月余り、面会に来ていないのだ。それを知っている彼女は、アロウに返す言葉が見付からない。笑みを絶やすこと無く、ただ、同じ言葉を繰り返す。
「我が儘を言ってはいけないわ。お二人とも、とてもお忙しいの」
アロウは、暫し、じっと看護婦を見つめていたが、やがて、手許に視線を落とし、小声で訊いた。
「……リコン、するから?」
「アロウ?」
突然の問い掛け。看護婦は一瞬、言葉を失った。
アロウは、ボンヤリと言葉を継いだ。
「僕の心臓、もう、治らないから、パパとママ、リコンするの? 病気の僕なんて、……他の子と違う僕なんていらないから、……だから、もう会いに来てくれないの?」
「アロウ!」
看護婦は、咄嗟にアロウを抱き締めた。彼女の手は、少し震えていた。
アロウは、ほんの少し罪悪感を覚えた。
「……ごめんなさい……」
「誰が、そんなつまらないことを言ったの? 誰が貴方に、そんなことを言ったの?」
彼女の問いに、しかし、アロウは、ただ首を横に振るだけだった。
看護婦は、自らを落ち着かせようと小さく息を吐き、ベッドの端に腰を下ろした。そして、少年の瞳を覗き込むと、彼の両手を握り締め、一言ひとことを噛んで含めるように話した。
「いいこと、アロウ? 大人にはね、いろんな事情があるの。貴方には、まだ解らないような難しい事情が、たくさんあるのよ。でもね、貴方のお父様とお母様が、貴方を嫌いになるなんてことは、あり得ないわ。貴方は小さい頃から、ずっと独りで病気と闘ってきた。こんなに頑張っている貴方を嫌いになるなんて、そんなこと、絶対に有るはずがないわよ」
「……でも、もうじき、リコンするんでしょう?」
「そんなこと、決してありませんよ」
「でも……」
「嘘だと思うの?」
アロウは躊躇った。
看護婦が言葉を継ぐ。
「私が、貴方に嘘を吐いたことがあったかしら?」
ゆっくりと首を横に振るアロウ。
看護婦はニッコリと微笑えんだ。
「お父様もお母様も、貴方のことを本当に心配なさっていたわ。とても会いたがっていたの。でもね、どうしても、直ぐに戻らなければならないお仕事が出来てしまったんですって。お父様もお母様も、貴方のため、そして、この国のために頑張っていらっしゃる。それは、とても立派なことなのよ。貴方は、そんなご両親のことを誇りになさい。決して、恨んだり、哀しんだりしてはいけないわ。……解るわね?」
アロウが小さく頷く。
それを確認し、看護婦は続けた。
「それに、もしも……、本当に『もしも』だけど、ご両親が貴方に会いたくないのなら、このプレゼントを、わざわざ病院まで持っていらっしゃる必要なんて無いはずよね。お店から送ったっていいんですもの。でも、お父様とお母様は、そうされなかった。病院までいらして、看護婦に貴方の病状を尋ねていかれたわ。貴方を愛している証拠でしょう? だからきっと、お仕事が済んだら、今度こそ、ゆっくり会いにきて下さるわ。それを楽しみにして待ちましょう。ね?」
アロウが、じっと看護婦を見つめる。