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第4章 人間界にて No.2

 モニカの表情が少し和らぐ。

「そういえば、ジェフ。貴方、今日はデートの約束があったんでしょ?」

「ボスを待っている間に、電話しましたよ。あたしと仕事と、どっちが大事なの! って、もの凄い見幕で怒鳴られました」

 片手でハンドルを操作しながら、肩を竦るジェフ。

 モニカがクスリと笑う。

「後で、私からも誤りの電話を入れておいてあげるわ」

「そうしてくれると助かります。あいつも、ボスみたいに仕事に理解があると良いんですけどね」

「……理解なんかないわよ。」モニカの肩が小さく震える。「この世に、私くらい酷い女はいないわ。妻としても、……母親としてもね」

 只ならぬ様子。ジェフが声を落とす。

「……ボス?」

「ジェフ、頼みがあるの」

「ボスのご命令とあれば、何でも」

「今日の会議が終わったら、直ぐに彼女のところへ行きたいだろうけど……、その前に、私をもう一度病院に連れていってくれないかしら」

 無意識に、青年の眉間に皺が寄る。

「……何があったんです?」

 モニカは表情を変えまいと努力しているようだった。しかし、膝の上に置かれた指先が、白くなるほどにハンカチを握り締めていることにジェフが気付かぬはずはなかった。

 モニカは、固い口調で言った。

「……息子の容態が、あまり良くないらしいの。昨日も発作を起こして……。今は落ち着いてるらしいけど、今度、発作が起きたら、もしかしたら……、危ないって……」唇を噛み締め、窓側の腕で髪を掻き上げる。「ホント、神様って不公平よね。あの子が、いったい何をしたっていうのよ。生まれてからずっと病院暮らし。子供らしいことなんて何もさせてもらえなかった。病気を治して、他の子達みたいに走るんだって、それだけを楽しみにしてたのに。何のために生まれてきたの? ……あんまりよね」

 瞬間、車は路肩に寄り、急停車した。

「……戻りましょう」短いジェフの言葉。

 だが、モニカは強く首を横に振った。

「ダメよ! 今日の会議はとても重要で、私が抜けるわけにはいかないわ」

「しかし!」

「いいから、早く行って!」

 仕方なく、再び車の波に滑り込む。

 モニカは肩を落とし、呟くように言った。

「……ごめんなさいね。何時も愚痴ばかり聞かせて。……心配してくれて」

 平素は自信に満ち溢れ、テキパキと部下に指示を出す、やり手の女傑と定評のあるモニカ。それが、今は……。こんな彼女を、ジェフは初めてみた。表情には出さぬように、しかし、内心、必死に慰めの言葉を探す。

「僕が心配して、息子さんの……、アロウくんの病気が少しでも良くなるのなら、いくらでも心配しますよ」

「……ありがとう。優しいのね。貴方の彼女は幸せ者だわ」

「どうでしょう。もう、振られるかもしれません」

 フフっと、モニカが小さく笑う。

「大丈夫よ。私からも、ちゃんと電話しておくから」

「……ご主人は?」

 女性の肩がピクリと震える。

 それを眼の端に捉えたジェフは、慌てて取り消そうとした。出すぎた質問だ。素直に反省した。

「すみません。僕、余計なこと……」

「……いいのよ」

 モニカが首を横に振る。頬に懸かる巻き毛が痛々しかった。

「あの人は、私以上に仕事人間ですもの。たとえ何があったって、仕事を優先するに違いないわ」

「首相付きの主席報道官をされてるんですよね。……僕、憧れの仕事だったんですけどね」

 モニカの口許に、皮肉な笑みが浮かんだ。

「やめておきなさい。彼女を大切に思うのなら、間違っても選ぶ仕事じゃないわよ」

「そうしときますよ。……まあ、僕なんかが望んで就ける仕事じゃありませんけどね」

 モニカは僅かに笑みを浮かべたが、それは、そのまま、大きな溜息となった。

「あの人も、あの子の容態を聴いていったらしいの。……あの人が、今日もう一度、病院に来てくれたら、……私達、やり直すことも出来るかもしれないけど……」髪を掻き上げる。「多分、望み薄だわね」




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