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第4章 人間界にて No.1

≪===== 第四章   人間界にて =====≫



 北半球、三八.五度N、七七度W。某所……。

 空には所々、黒く滲んだ灰色の雲が重く垂れ篭め、街には冷たい風がゆるく舞っていた。

 冬、陽が落ちるのは早い。もう夕暮れと呼ぶに相応しかった。

 細い小枝に、やっとしがみ付いている枯葉達が、薄暗がりの中、冷酷な風に弄ばれるように、窶れた身をパタパタと翻している。

 何時、雪が降り出してもおかしくない雲行き。けれど、空は、まるで何かを待ち、息を潜めてでもいるかのように、奇妙なほど静かであった。

 そんな自然界とは対照的に、人間達の住処である街は、綺麗に飾り付けられた樅の木と、それらを更に美しく演出しようとする何色もの点滅する光によって照らし出され、眩いほどの光に満ちていた。そして、高らかに鳴り響く音楽は、何度も何度も繰り返し流れ、輝く光に、色ではない彩りを添えていた。

 誇張しすぎるほど派手に飾り付けられたショウウィンドウを眺めながら、何時もより、ゆっくりと歩いていく人々の多くは、何度も繰り返され、耳に付いた親しみのあるメロディを、我知らず口ずさんでいる。どの顔にも明るい微笑みが満ち溢れ、楽し気な笑い声が街中に満ちていた。そして、道行く人々は、陽が暮れるに従って数を増し、主立った様相は、親子連れからカップルへと、徐々に移り変わっていく。

 今日は12月24日。クリスマス・イヴ。

 闇が深くなり、光の点滅が鮮明に浮び上がるにつれ、街角には、楽し気な笑い声に混じり、静かな祈りの声や賛美歌が流れ始めた。

 しかし……。

 街中から少し離れた場所、森に囲まれた大きな公園に隣接して、数棟の真っ白な建物がひっそりと建っていた。建物の壁には、真っ赤な十字の印が誇らし気に掲げられている。通りを一本隔てているだけだというのに、街の明るい賑わいが嘘のように、淋しいほど静かであった。

 その建物のエントランスに、場違いなほど、派手な赤のBMWが一台、ハザードランプを点滅させて停車していた。運転席に腰掛けた褐色の髪の青年は、建物のドアを気にしつつ、前屈みにハンドルに凭れ掛かりながら、携帯電話で誰かと話をしていたが、建物の自動ドアが開き、濃紺のスーツ姿の女性が現れたことを確認するなり、一言詫びを言って携帯電話を切った。

 女性は自分でBMWのドアを開け、無言のまま助手席に滑り込んだ。シートに背をあづけると、正面を見つめたままフッと一つ溜息を吐く。

 青年は、ハンドルに凭れたまま、少し悪戯っぽく笑い、女性に話し掛けた。

「随分お早いお戻りですね、ボス。もう少し、時間が掛かるかと思っていたんですけど」

「仕方がないわ。会議の時間に遅れるわけにはいかないもの」

 女性は感情を押し殺したまま言った。肩に掛かるブロンドの巻き毛を片手で払い除ける。

 女性の名はモニカ。モニカ・ウィットマン。車の持ち主であり、ハンドルを握っている青年はジェームズ・モス。

 クリスマス・イブの夕方、車に同乗している姿は、一見、歳の離れた恋人同士にも見える。しかし、二人の間には、そんな甘い関係は一切なかった。同じ会社に勤める上司と部下。ビジネス上の良いパートナーといったところだ。

 本来、プライベートを仕事に持ち込むことは、やり手のキャリアウーマンとして自他共に認めるモニカの主義に反する。しかし、モニカは、自分の長所ばかりでなく、欠点も良く弁えていた。車の運転は得意ではない。特に、一度渋滞に捉まると、抜け出るまでが大変なのだ。そういうわけで、部下のジェフに運転手代わりを頼むことが度々あった。

 言うなれば、姉と弟。そんな関係が一番近いといえるかもしれない。

 今日は、この病院までの送り迎え。此処には、モニカの息子が入院している。今年で十歳になるはずだ。そうしても、直接プレゼントを届けたいという彼女の願いで、ジェフが車を出すことになったのだ。クリスマス・イブに車の渋滞は必至だが、この後に重要な会議の予定がある。それに遅れるわけにはいかないのだ。

 ジェフは、これまでも何度か、この病院に彼女を送ったことがあったが、帰りの彼女は大抵機嫌が良い。なかなか会えない、しかも病弱な息子に会うのだ。当然の親心である。

 しかし、今日の彼女の声音は、何時もと少し違っていた。

 ジェフは違和感を感じ、訊いた。

「……息子さんには? 会ってこなかったんですか?」

 突然、モニカがダッシュボードを強く叩いた。

「会議に遅れるわ! 早く車を出して!」

 ジェフは肩を竦めると、徐ろにエンジンを掛け、車を発進させた。

 クリスマスの賑わいで、予想どおり、道路は渋滞しており、歩くよりは少し早いくらいのスピードでしか移動出来ない。その間、モニカは、窓の外をじっと見つめながら、指先で小刻みにドアを打ち続けていた。

 モニカの部下として、付き合いの長いジェフは、彼女のその行動が、心配事のあるサインだということを知っていた。彼女の気持ちを逆撫でしないよう、慎重に言葉を選び、声を掛ける。

「クリスマスだってのに、我々には休みもなし。神様も随分不公平なことをなさるもんですよね」



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