第3章 白の訪問者 No.16
「この学校に入学するまで、リオがお世話になってたご夫婦のことは、アルフも知ってるよね」
「ああ。ラウ博士って人だろ」
頷きで応えるルー。
「ラウ博士と校長先生って、ずっと前からのお友達なんだって」
「なんだ、そんなことかよ」
暗くも何とも無い。
自分の考え過ぎを呪うアルフの落胆は、声音にもはっきりと現れた。
だが、ルーの話は、それでは終わらなかったのだ。
話の腰を折られた彼は、少し不機嫌そうにアルフを睨んだ。
「まだ途中なんだよ。最後まで聞いてよ!」
アルフが大袈裟に肩を竦め、黙る。
もうすっかり、何時ものルーだ。立ち直りの早さも彼の長所。
アルフが視線で先を促すと、ルーは小さく笑って言葉を継いだ。
「ラウ博士も校長先生も何も言わないから、リオは知らない振りしてるんだけど、赤ん坊だったリオを森の中で見付けたのって、ホントは……、校長先生なんだって。校長先生は独身だし、お年だから、ラウ博士夫妻にリオを預けたらしいの。リオって名前も、校長先生が付けてくれたみたい。何処かの言葉で『神の河』っていう意味らしいんだ」一つ息を吐く。「それでね、先生、今でも、リオの本当の両親、探してくれてるみたい。だから、もしかしたら、今日出かけたのも、そのことなんじゃないかなぁ。」
ルーの言葉を、アルフは黙って聞いていた。しかし、話が終わった時、ちょっと納得出来ないというように眉根を寄せた。
「……話は解った。でもさ、そのこと、お前が知ってるのに、どうして俺は知らないんだ?」
わざと意地悪気に言い、ルーににじり寄る。
何時もの二人のテンポに戻っていた。
ルーは両手を前に突き出し、それを振りながら慌てて言い訳した。
「ボクだって、リオから聞いたんじゃないよ。僕、暫くの間、リオと一緒にラウ先生の所に居たでしょう? その時、ラウ博士とお母さん……、ラウ夫人が話してるの、たまたま立ち聞きしちゃったんだよ。だから、ボクが今話したこと、リオが自分から言い出すまで、聞かなかったことにしておいてね。お願いだよぉ」
「そうか……。そういうことなら、まあ、仕方ないな」
アルフは、やっと納得した態で腕を組み、頷いた。
ルーがホッと一つ安堵の息を吐く。
「言っておくけど、ボク、本当は嫌なんだよ。こんなふうに、告げ口するみたいなのって。でも……」僅かに顔を顰める。「約束、したでしょう、これからは一緒に住むんだから、隠し事は禁止にしようねって。だから、ボク……」
「解ってるって」
アルフは、わざと悪戯っぽく笑うと、ルーの首に腕を回した。
「ありがとな、ルー」
照れくさそうに小さく微笑み、再び、両腕を枕にして、草原に寝転んだ。先程と変わらず、雲の流れる空を見つめる。
その隣で、ルーが幸せそうに笑いながら、自分の頭に手を置いた。その様は、真っ直ぐに空を見つめるアルフの眼には映らなかった。
ルーは両膝を抱え、暫く空を見ていたが、キラキラと輝く風が通り過ぎるさまを眼で追った後、何事かを思い切るように口を開いた。
「あのね、アルフ……」
「ん〜? 何か見えたのか?」
アルフが気の無い声音で答える。
ルーは苦笑いを浮かべた。
「ううん。そうじゃなくてね……、ボク……」
「どうした?」
「うん……」
言い出したくせに、その後、言葉を濁す。
訝しんだアルフが、寝転んだまま視線だけをルーに向けた。
「何だよ、どうかしたのか?」
ルーはモゾモゾと躰を解し、再度、膝を抱えた。
「全然、関係ない話なんだけどさ……」
「構わないさ。言ってみろよ」
アルフに促され、ルーがコクリと頷く。
「ボク、何となくね、ずっと思ってたことが、あるんだ」少し哀し気に俯く。「ボクには、想い出が無い。……なぜなんだろうって」
「ルー……」
何か言いかけたアルフを制し、ルーは自嘲気味に微笑むと、抱えた膝を引き寄せた。
「解ってるんだよ、ボクも。こんなこと、いくら考えても、どうしようもないって。今のボクには何の関係もないことなんだって」伏せた瞳が切ない。「でもね、君にもリオにも、子供時代の記憶があるのに、ボクには……、何も無いんだ。それが、時々、凄く淋しくなるんだ」
「……嫌、か?」
流れる雲に視線を移し、アルフが問う。そうしなければ、辛過ぎた。
「ううん。そういうことじゃないんだ」ルーがニッコリ笑い、アルフを見る。「だって、ボクには、君達が居るから」
「そうか……」
「ごめん。ただの愚痴だよね。忘れていいよ」
「バカ野郎。忘れられるかよ」
アルフは勢いよく躰を起こし、その勢いのまま、ルーの頭を腕に抱えた。
「アル……?」
驚いて逃れようとするルー。
だが、それを押さえ込み、柔らかな髪をクシャクシャに撫でながら、アルフは言った。