第3章 白の訪問者 No.15
「俺が小人族に拾われて、育てられたってことは、知ってるよな」
静かに始まるアルフの言葉。独白に近い。
応えるルーも、ただ無言で頷く。
それを眼の端で確認し、アルフの告白は続いた。
「俺はさ、自分は小人族で、両親は本当の父さんと母さんなんだって、ずっと信じてたんだ。眼や耳や鼻の形が違っていても、そんなのは子供のうちだけのこと。きっと、何時かは、父さんみたいになれるはずだって、信じて、……疑ったことなんか無かった。大好きだったんだ、ホントに。でも……」過去の時を思い出し、スッと眼を細める。「俺は小人族じゃなかった。どんなに待ったって、俺の耳は絶対に尖らない。鼻も目も、丸くて大きくはならない。そのことを思い知らされたのは、……七歳の頃だったかな。俺の背丈が、父さんを追い越した時だ」
その瞬間、組んだ指先が小刻みに震えた。
「俺が小人族ではないらしいって噂は、あっという間に一族中に知れ渡った。そしたら……、急にだぜ。それまで優しかった一族の奴等が、全員、敵になった。俺は、子供達の遊びの輪から仲間外れにされ、石を投げられ、蔑まれ……、遂には一族を追われたんだ。まるで狩り立てるように。だから……、逃げた」
ルーの表情が曇る。
「小人族は、他の種族と交わることを嫌うっていうのは……」
「ああ。ホントさ」アルフの深い溜息が言葉となる。
突然、ルーがアルフの腕にしがみ付いた。
「ごめん、アルフ。もういいよ。もう、やめよう」しきりに首を横に振る。「……ごめんね、ボク……。訊かなきゃ良かった。こういうこと訊くのって……、凄く哀しくなるんだね。知らなかった。ゴメン……」
ルーは顔をアルフの腕に押し付けていたので、アルフには、その時の彼の表情は見えなかったが、その声の調子から、今にも泣き出しそうだということは容易に想像出来た。
アルフは、唇の片端だけを持ち上げ、ルーがしがみ付いたままの腕とは反対の腕で、柔らかな褐色の髪を撫でた。
「訊けよ。いや……、訊いてくれよ。訊いておいて欲しいんだ。お前は俺にとって本当に大切な友達だからさ」
顔を上げたルーの瞳は、アルフの予想どおり潤んでいた。それでも、大きな瞳を見開き、見上げてくるルーに優しく微笑みかけ、次いで、視線を空に向けて、アルフは言葉を継いだ。淡々とした口調。それが余計に、ルーを哀しくさせた。
「俺は何もしていない。ただ、別の一族だった。それだけだ。そんなこと、子供だった俺は知らなかったし、ホントに小人族なんだと信じてたんだ。なのに、あいつ等は、まるで俺が奴らを欺いていたかのように、俺を忌み嫌ったよ。疫病神だって、言われた。……哀しかった。俺は村のみんなが大好きだった。なのに、掌を返したような態度。俺は子供だったから、あの時の気持ちを上手く言葉で表現出来なかった。……絶望っていうんだよな、あの気持ちは……。もう、誰も信じられない……、そう、思ったんだ」
アルフは自嘲たっぷりに笑った。
「もう、忘れたと思ってた。でも……」乱暴に前髪を掻き上げる。「ダメだよな、俺も。未だに心のどっかに引っ掛かってんのかな。どうしても、誰かと接するのが……、怖いんだ」
アルフを見上げるルーの瞳が哀しみに潤む。
「アルフ……」溢れそうになる涙を右手の甲で拭った。「……ボク等は?」
「え?」
「ボクとリオは……?」
一瞬、ルーの言葉の意図する処が解らず、アルフは眉を顰めた。しかし、次の瞬間、納得の態で小さく笑った。ルーの髪をクシャクシャと、少し乱暴に掻き回す。
「小人族に居た頃、俺は、毎日が辛くて、淋しくて……、この場から逃げたくて……、わけも解らず、当てもなく、家を飛び出した。森を彷徨って、彷徨って……、三日目だったかな、リオと……、そして、お前に出逢った」
胡座をかき直し、鼻の頭を親指で弾く。
「リオはさ……、笑ってくれたんだ」口許に照れくさそうな、無邪気な笑みが宿る。「なんだ、そんなことって、思うかもしれないよな。でも、その時の俺にとっては、多分、何ものにも変え難いほどに嬉しいことだったんだ」
暫し、無言でアルフを見上げていたルーは、小さくコクリと頷いた。
「うん……。解る、気がする」
それを確認し、アルフが言葉を継ぐ。
「あいつは、俺が誰かなんて関係無しに、笑って、手を差し伸べてくれた。その時の俺には、そんな何気ない言葉が、すっごく嬉しかったんだ。俺は生きていて良いんだって……、此処に居たいって、素直に、そう思ったよ」
話は、そこで終わった。
ルーは暫く無言のままだった。慰めの言葉を探しているのだろう。アルフは思った。そして、口許を僅かに歪める。何の言葉も要らない。今、腕に触れる、この温もりだけで充分なのだ。けれど、ルーには、そんなことを言っても解るまい。今は何も言わずにおこう。
アルフはルーの髪を、再び、優しく撫でた。
見上げるトパーズの瞳に、そっと笑い掛ける。
「……これで、いいか?」
小さく、それでもはっきりと、ルーが頷く。
「うん。……ありがと、アルフ」
手の甲で涙を拭う。まだ濡れている頬。
それを、アルフが指先でそっと撫でた。ルーは恥ずかしそうに袖口で顔を拭き、無理に笑った。
「じゃあ、次は、ボクの番だね」
「もう……」いいよ。
アルフは、そう言おうとした。自分達の過去には、何時だって暗い影が付き纏う。解っていた。ルーが今から話そうとしているのは、リオの過去にまつわること。それによって、彼は、きっと、再び哀しい想いをするに違いない。それくらいなら、訊かない方が良い。訊く必要など無いのだ。
だが、アルフの考えを先回りするように、ルーが首を横に振った。
「大丈夫。約束だから」両腕で膝を抱える。「こんなこと、ホントはボクが話すべきじゃ無いんだろうけどね……」
そう前置きして、ポツリポツリと、言葉を選びながら話し始めた。