第3章 白の訪問者 No.14
そんな、口下手な黒髪の友の心の中を見透かすように、ルーが問い掛ける。
「リオさ、校長先生のご用だからって言って、凄く慌しく出掛けてったよねぇ。何時もと違って理由も行き先も教えてくれないし……。ちょっと変だった。ねぇ、なぜだと思う?」
「知らないよ。それに、あいつのお手伝い好きは、今に始まったことじゃないだろ」言葉とは裏腹に、不機嫌そうなアルフ。「それより……、お前達って、校長先生と知り合いなのか?」
「うん」コクリと頷いた後、ルーは小首を傾げ、訝しむようにアルフを見た。「あれ……、言ってなかったっけ?」
「どんな知り合いなんだよ」不満気な声。
ルーが楽しそうに友の顔を覗き込む。
「へえ……、気になるんだぁ?」
「何だよ! 気にしてなんかいないよ!」
口調は荒いが、酷く照れくさそうな表情。
「アルフ、変なのぉ」ルーがポツリと呟く。
その声は、幸いなことにアルフの耳には届かなかったようだ。
何を言っても全く堪えないルーの様子に焦れたのか、アルフは、遂には地面を叩き、拗ねたように唇を尖らせた。
「いいよ、別に」
そのまま、片膝をついて立ち上がりかけた。
ルーは、大袈裟に肩を竦め、ペロリと舌を出すと、悪戯っぽく笑った。
「教えてあげてもいいよぉ。その代わり……、アルフも教えてよ」
「……何をだよ」
座り直したアルフに顔を寄せるルー。彼の表情は、珍しく真剣だった。
「君は、ボク達以外の誰とも友達になろうとしないよね。どうしてなの? どうして、何時も独りぼっちで居ようとするの?」
「……どうして、そんなこと訊くんだよ」
ルーから躰を引き離し、少し訝しむ態で見つめるアルフ。何時もはボンヤリしているくせに、妙なところで聡い。ルーのそんなところが、アルフは少し苦手だった。
更に、ルーは諦めが悪い。アルフの腕にしがみ付き、下から覗き込むように顔を寄せる。
「教えてよぉ!」
「訊いたって、しようが無いだろ!」
何とかその場から逃れようとするアルフ。だが……。
「アルフ!」
鋭いルーの声に、反射的に動きが止まる。ゆっくり振り返る。真剣な、今にも潤みそうな、大きなトパーズの瞳が、じっと見上げている。視線を逸らせなかった。
「……心配なんだもん」ルーは少し拗ねたように唇を尖らせた。「君が、もしも独りになったらって思うと……、凄く、心配なんだよ」
アルフは眉根を寄せた。
アルフの腕にしがみ付いたまま、表情を緩めたルー。視線を落とし、それでも言葉は途切れない。
「そりゃあ、ボクもリオも、ずっと、ずっと、君と一緒に居る。だから、そんな心配は必要ないって、ボクだって思うよ。でも、……それでも、時々、凄く心配になるんだよ」
それは、決して嘘では無く、大袈裟でも無い、正直なルーの、そして、きっとリオの想い。
だが、今、心を満たす、この温かな感覚を、どんな言葉で表現すればいいのだろうか。アルフは、適当な言葉を持っていなかった。そんな自分が少し不甲斐なくて、我知らず、口調が僅かにきつくなる。
「お前、……結構、お節介だな」
言い過ぎたか?
一瞬、そう思った。
だが、ルーには全てお見通しのようだ。気にする素振りもなく、ニコニコしている。
何も気負う必要の無い友の存在。そんな友を得られた幸福を噛み締め、自然と口許がほころぶ。
「リオから、何も聞いてないのか、俺のこと……?」
ルーは心外だと言わんばかりに、鼻が触れるほどに顔を近付けてきた。
「リオは、そんなこと勝手に喋るような子じゃないよ。知ってるでしょう?」
「悪い……」気まずげに俯き、素直に謝る。
ルーの表情に潜む言外の不満は尤もだ。自分の発言を後悔する。
胡座をかき、前屈みに膝の上で指先を組む。眼前に広がる静かな湖面。差し込む木漏れ陽がキラキラと反射する。そこに、今ここにはいない友の姿を重ねた。
心が、あの日に帰っていく。