第3章 白の訪問者 No.13
☆ ☆ ☆
家の前の草原に大の字に寝そべり、アルフは、ボンヤリと空を眺めていた。
今日も良い天気だ。蒼い空に、白い雲がゆっくりと流れていく。
その時、彼の耳に、軽く草を踏み、近付いてくる足音が聞こえた。聞きなれた、ペタペタとした音。それを無視し、空を見上げ続けていると、視界の端に褐色の髪が映った。
ルーは、寝転がるアルフの隣に腰を下ろすと、真上から友の顔を覗き込んだ。
「さっきから、何見てるのぉ?」
ノンビリとした話し方。
アルフが気だるげに答える。
「ん〜。……空」
「ふ〜ん。それで、何が見えるの?」
「別に……」
気のない答え。
ルーは後手に腕をつき、躰を反らしてアルフの視線を辿り空を見上げた。そこには、何時もと同じ、見慣れた蒼い空があるだけだった。
ルーは、そのままの姿勢で、首だけを回してアルフを見下ろし、少しからかうように声を掛けた。
「アルフ、リオのこと考えてたんでしょ? 心配?」
アルフは、視線だけをルーに向けた。
「そんなこと無いさ。あいつは俺なんかよりずっと強いんだ。心配なんかするわけないだろう」
「嘘ばっかり。じゃあ、どうして空なんか見てるの? 何も見えないんでしょう?」
アルフが大きく溜息を吐く。
「俺だって、たまには物思いに耽りたい時だってあるわけ」
「へえ……。そうなんだ。随分『たまに』なんだねぇ」
ルーの憎まれ口に、アルフはフンと鼻を鳴らし、聞き流すように視線を空に向けたが、流れる雲をボンヤリと見ながら、再び口を開いた。その声音は独り言のようでもあり、ルーに語り掛けるようでもあった。
「ただ、さ……」
「ただ?」ルーが先を促す。
「たださ、何となく……、リオは何時も何を見て、何を考えてるんだろう……って、思ってさ」
次いで、片肘をついて躰を起こすと、そんな似合わない言葉を口にしてしまった自分自身を恥じるように、言い訳するように言った。
「だって、あいつはさ、学校に行く途中でだって、授業中だって……、雨の日だってだぜ、暇さえあれば空を見上げて、妙に嬉しそうな顔していやがるから……。だから、あいつの碧の瞳は、この空の中に、俺には見えない何かを見てるんじゃないかな……、なんて、そんなふうに思ったりしてさ。だから、あいつが見てるもの、探してみたくなったんだよ。……ただ、それだけさ」
アルフは無造作に仰向けに寝転がった。
「でも、いくら見てても、結局、俺には、何時もと同じ蒼い空しか見えないんだよな……」
「へえ……」
ルーの瞳に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。膝を抱えると、アルフを真似て空を仰ぐ。
「アルフはさ、リオのこと、ホントに大好きで、ホントに大切に思ってるんだねぇ」
思い掛けないルーの言葉。
「な……、何言ってんだよ、急に」
アルフが飛び起きる。
ルーはニヤニヤと笑いながら、からかうように言った。
「ほぉら、慌てた。君が慌てるなんて、滅多に無いじゃない? ……ってことは、やっぱり図星ってことだよねぇ」
「バカ言うなよ!」
「なんで『バカ』なの? だって、誰かと同じものを見たいって思うのは、その人と同じ心を持ちたいってことでしょう? それは、その人のことが好きだからだよね。誰かを『好き』って思う気持ちって、凄く素敵なことだよ。リオだって、そう言ってた。どうして隠すの? アルフ、可笑しいよ」
アルフは、傍らの草を千切りながら、何やら口の中でモゴモゴと呟いていたが、やがて、その場に胡座をかくと、諦めたように一つ溜息を吐いた。
「……そりゃあ、好きだぜ。お前だって、リオのこと好きだろう?」
「うん。大好き!」
屈託の欠片も無いルーの答え。
アルフは、少し面食らったようにルーを見つめたが、苦笑いと共に、視線を再び空へ向けた。