第3章 白の訪問者 No.12
天上界へと戻る空の道の途中、若い天使は、どうにも納得しかねるという思いも露に、年嵩の天使に問い掛けた。彼の声には、天使としてのプライドを傷付けられたことへの強い憤慨が込もっていた。
「あの者は、いったい何者なのですか? 分を弁えず、全く、無礼な……」
「言葉を慎め!」
「は?」
訝しむ年若い天使。
年嵩の天使は大きな溜息を吐いた。
「お前には見えなんだか? あの方の背中に薄っすらと揺らめいていた金色の翼の影が……」
「は? 金色の……?」若い天使がハッと息を呑む。「まさか……」
年嵩の天使は、じっと前方を見つめたまま、無感動な口調で言った。
「あの御方は、その昔、聖天使様の位に名を連ねていらした方」
「なんと……!」
「時代が時代であれば、たかだか守護天使でしかない我々など、お言葉を掛けて戴くどころか、ご前に侍ることすら許されぬ高貴な御方なのだ」
若い天使の顔色が、瞬時に青ざめた。しかし、直ぐに落ち付きを取り戻すと、おずおずと尋ねた。先程までの威勢は、すっかり萎えていた。
「しかし、そのような高貴な御方が、なぜ今、夢幻界などにおられるのですか?」
「詳しくは、私も知らん。だが、……お主も話には聞いたことがあろう。三千年ほど前に起きた『天上界の大反乱』のことは……。天上界の威信を根本から覆したと言われるほどの大事件だった。私も、まだ幼い子供でしかなかったが、……嫌な思い出だ。……まあ、それはいい。その大反乱の後、あの御方は、独り、天上界を去られたのだそうだ。夢幻界にいらしたことは、私も最近まで知らなかった。なぜ天上界を去られたのか、去られなければならなかったのか、その理由は……、訊くな。我々が知る必要は無い。元は聖天使様とはいえ、所詮、今は堕落者でしかないのだからな」
年嵩の天使は、憤りも露わに、そう呟くと、翼を大きく羽ばたかせた。