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第3章 白の訪問者 No.11

 年嵩さの天使は、天使特有の柔らかな、けれど、何処か無機質な微笑みで校長先生に向かい、ゆっくりと口を開いた。

「大変ご無礼致しました。この者には、言葉遣いから教え直しますゆえ、なにとぞご容赦下さい」

「ぜひ、そうして戴きたいものですな」

 校長先生は言い、瞳に鋭い光を宿したまま、再び椅子に躰を沈めた。

 年嵩の天使の口許に僅かに苦笑が浮かぶ。

「……先程、この者が申し上げましたとおり、本来であれば、下界の住人に天上界の事柄を語ることは、掟に反することなのですが……、まあ、良いでしょう。貴方には、正直に申し上げます。ですが、このことは他言無用。この場だけの話として戴きます。宜しいですね?」

 校長先生は無言で頷いた。

 それを確認した後、年嵩の天使はゆっくりと語り始めた。

「……実を申せば、この地で『リオ』と呼ばれている彼の者は、我々の手違いにより、天上界から夢幻界に堕ちてしまった、我々の仲間なのです」

「なっ…!」

 校長先生が言葉を失う。

 天使は続けた。

「本来であれば、即刻連れ帰るべき処ではありますが、彼の者が、この地に堕ちてからの年月の長さを考えますると、天使としての素質及び能力を失っている恐れも充分に配慮せねばなりません。それ故、天上界に迎えるにあたって、事前に、その力量を確認しておきたい、というわけなのです。……ご理解いただけますでしょうか?」

 年嵩の天使は、窺うように白髭の老人を見た。

 先生は、暫くの間、机の上で組んだ掌を、無言で凝視していたが、ゆっくりと顔を上げ、視線を眼前の天使達へ向けた。

「……先程のご質問にお答えする前に、一つ、お訊きしたい。なぜ、あの子は堕とされなければならなかったのですか。天上界において手違いなどということがあろうはずが無い。そんな、いい加減な話しでは、私は騙されませんよ。何か、必ず理由が有るはずです。それを、お教え戴きたい」

「……それは、残念ながら、申し上げることは出来ません。何卒お許し下さい」

 天使は、それきり、その件について硬く口を閉ざした。

 先生は暫く考え込んでいたが、突然、弾かれたように顔を上げた。顔色が、明らかに青ざめていた。

「まさか、あの子の、……リオの瞳か? あの深い碧の瞳のために……」

「どうか、もう、それ以上は……」

 年嵩の天使は、真っ直ぐに手を差し出し、先生の言葉を制した。

 窓から差し込む光は、何時の間にか、淡い月明かりに変わっていた。その光に照らされ、校長先生の顔に刻まれた皺が、より深く浮かび上がった。蒼い瞳には、深い哀しみが宿っていた。

 暫く無言だった先生が、ゆっくりと口を開く。

「……私の見る処、あの子……、リオには、魔法遣いとしても、天使としても、充分以上の素質があります。しかし……、言葉だけでは、お信じにはなれますまい。貴方達が、ご自分のその眼で、直に確かめられると良い」

「……と、言われますと?」

「彼に一つ、課題を与えましょう。その結果を見て、貴方達が判断されてはいかがですかな?」

「なるほど……。解りました。では、お言葉に甘え、そうさせていただきましょう」

 答えるが早いか、天使達は早々に踵を返した。

 先生は椅子から立ち上がり、先に立って扉を開けて、天使達を送り出した。

 年嵩の天使が、再度、校長先生に向き直り、軽く会釈した。

「ご配慮、感謝いたします」

 先生は小さく微笑んだが、次いで、微かに眉根を寄せ、重い口を開いた。

「このことは、本人にも…?」

 年嵩の天使が頷く。

「今はまだ、内密に願います。彼の能力の程が解るまでは」

「本当に……、本当に、あの子は、天上界に受け入れられるのですか?」

 不安気な先生の言葉。

 天使は、それを、にこやかに笑い飛ばした。

「ご安心下さい。素質があれは、必ず天上界に迎え入れます。何より、彼は元々、我々の仲間。天使なのですから」

 天使達が去った後、校長先生は独り、校長室の椅子に深く躰を沈め、物思いに耽った。

 室内には、窓から差し込む月明かり以外、灯りは無かった。

 彼は、机の上に肘をついて指を組み、その中に顔を埋めて深い溜息を吐いた。

「ここ暫く、天上界から何も聞こえてこぬと思っておれば、……馬鹿者どもめ! 何と愚かなことを……!」

 天使達はエリート意識の塊。そんな世界が、理由はともあれ、一旦下界へ堕とされたリオを、本当に受け入れてくれるのか。否、それ以上に、リオが堕とされた理由が、彼の、あの深い碧の瞳であるのなら、天上界に彼の安住の場所があろうはずもないのだ。

 校長先生は、生まれて初めて、自分の下した判断に迷いを感じていた。

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