第3章 白の訪問者 No.6
デュランは肩を竦めると、少し困ったように眉根を寄せ、首を傾げた。
「別に、他意はないさ。噂どおり三人一緒に居るところを偶然見掛けたんでね、話をさせて戴く栄光に与りたいと思っただけさ。いけなかったかい?」
「貴様……。からかいに来たのか? だったら俺が相手になってやる!」
デュランの一言一言が、アルフの感に触った。怒りは弥増すばかりだ。
そんなアルフの怒りを感じ取ったデュランは、顔の前で両手を大きく左右に振った。
「おいおい、やめてくれよ。僕は平和主義者なんだから」
「俺はな、今、物凄く苛付いてんだ!」
アルフが一歩にじり寄り、デュランは一歩後退った。
アルフは更にもう一歩進み出ようとしたが、彼の行く手を阻むように躰の前に伸ばされた腕に気付き、足を止めた。
その瞬間、リオがアルフとデュランの間に躰を滑り込ませた。
「どけよ、リオ!」
アルフは言ったが、リオはその場を動こうとしなかった。背後のアルフを振り返り、小声で囁く。
「僕が話すから……」
「リオ!」
アルフは明らかに不満気な表情を浮かべ、リオの肩に手を掛けたが、もう片方の腕をルーに引っ張られて、渋々口を閉じた。
リオは、アルフとルーに小さく笑い掛けると、デュランに向き直り、ニッコリと微笑んだ。
「お話をお聞きします」
デュランがホッと息を吐く。次いで、三人の顔を交互に見比べつつ笑った。
「噂どおりだね」
リオの顔から笑みが消えた。
「僕達のことが、どのような噂になっているのか、残念ながら僕は知りません。しかし、噂で判断されるのは本意ではありません。直接お話させて戴いて、噂ではない僕達を、貴方ご自身が評価して下さい。どんな評価を下されようとも、僕は、……いいえ、僕達は、全く気にしませんから」
「可愛い顔をして、性格は見掛けどおりというわけでは無さそうだね。……面白い」
リオの深い翡翠色の瞳を見つめ返し、肩を竦めると、デュランは、今度はにこやかに笑った。
「安心したよ。君なら決して負けないだろう。『嫉妬』という名の魔物には。それに……」
リオの背後で、何時でも飛び出せるように姿勢を低く構えるアルフと、彼の腕を引っ張りながら、こちらを心配そうに凝視しているルーの姿を瞳の端に捉え、デュランは言葉を継いだ。
「君には、良い友達が居るようだからね」
リオが一瞬眼を見開く。口許に温かな笑みが零れた。
「僕には、貴方のおっしゃりたいことが、よく解りません。でも、一つだけ、お答え出来ます。僕には、本当に素晴らしい友人がいます。彼等に出逢えたこと、それだけが、今の僕の誇りです」
素直な、心からの言葉。
デュランが微かに肩を竦める。そして、リオの肩に掌を置くと、そのまま一歩前に進み、リオ達三人の間に立った。訝しむように見つめる三対の瞳の前で、デュランの顔から微笑みが消えた。
「魔法遣いを目指す者が、全員、君達みたいに無欲なわけじゃ無い。力への憧れが強ければ強いほど、妬みや嫉妬も大きくなるものだ。この先、色々な噂が君達の耳に入るかもしれない。妬みや嫉妬は、謂れの無い下卑た言葉となって君達を襲うだろう。僕も、……いや、僕でさえ、そんな噂に悩まされたのだからね。でも、噂なんてものは、自分に都合良く考えればいい。そんなもの、気にすることはない。養成学校は、君達に期待しているよ。君達は、きっと、僕など足許にも及ばぬくらいの功績と栄誉によって、養成学校に名を残すこととなるだろう。色々な障害は有るだろうが、真っ直ぐに能力を伸ばし、この世界ルリアの発展に寄与してくれたまえ。これからのルリアは変わらなければならないのだから……。我々の命の長さは、変化や発展を阻んできた。しかし、今のままではダメなんだ。ルリアに必要なのは、過去の伝統や慣習に捉われない、変革なんだ。僕は君達に期待しているよ。共にルリアの未来のために尽力しようじゃないか」
次いで、デュランは、リオに正対すると、小柄な彼を見下ろして言った。
「これは、君達と同じように噂に悩まされた、お節介な先輩からの忠告だ。荷物にはならないから、頭の何処かに残しておいてくれ」その顔に再び笑みが浮かぶ。「まあ、真面目な話は、これくらいにして……。君達に会えて、ホントに良かったよ。噂だけでは人は判断出来ない。リオ、君の言うとおりだね。何時か僕も、君の素晴らしい友人の一人に加えてもらいたいものだよ。どうかな?」
探るような問い。
リオは真っ直ぐにデュランを見つめ返した。その深い碧の瞳に木漏れ陽が映え、キラキラと輝く。
「有難うございます。でも……」小首を傾げ、微笑む。「残念ですが、多分、それは無理だと思います」
「なぜ?」
デュランはリオを真似て首を傾げた。
リオは、二人の会話にじっと耳を欹てているアルフとルーを振り返り、幸せそうな笑みを浮かべた。
「彼等は、僕にとって、本当の『家族』なんです。『家族』は、意図して得られるものではありませんから……」
デュランが一瞬、キョトンと眼を見開く。やがて、声を上げて笑った。
「これは、一本取られたよ。参った、参った」
デュランはリオに握手を求め、アルフとルーに手を振り、再び、独り、森の奥へと去っていった。
背の高い背中を見送った後、リオは二人を促して森の家へと足を向けた。
「すっかり遅くなっちゃったね。早く帰ろう。片付け、してしまわないと……」
二人は無言でリオの後に付いて歩を進めた。