第3章 白の訪問者 No.5
後に振り返り、ルーが思い出し笑いをしたように、リオ達が初めての夏休みを明日に控えた『その日』は、色んな人に出会う日だった。
クワイの事が、とりあえず一段落し、三人が揃って新しい家へと向かう途中の小道でのこと……。
突然、木陰から、独りの青年が飛び出してきたのだ。
二人との会話に夢中になっていたリオは、直前にアルフに腕を掴まれ、後方へ引っ張られなければ、恐らく、その青年と真正面からぶつかっていたであろう。
「あ! す……、すみません!」
アルフに肩を支えられ、咄嗟に、そう言葉にし、リオは深々と頭を下げた。
いっぽう、青年の方はというと、初めのうちこそ驚きに眼を見開きはしたが、三人の姿を認めると、不思議そうに首を傾げた。そして、リオ達の顔を順番に見渡していくうちに、彼の表情は徐々に笑みへと変わった。
「君、……『リオ』、だね。こんなふうに君に会えるなんて、森の中をぶらついてみるのも悪くないな」
リオとは対照的に、浅黒い肌に銀髪の青年は、印象的なブルーアンバーの瞳を細め、ニッコリと微笑んだ。
見ず知らずの相手に名を呼ばれ、リオはきょとんと眼を丸くした。
「なぜ、僕の名を……?」
しかし、皆まで言い終わらぬうちに、リオを背に庇うように、アルフが間に割り込んだ。
「誰だよ、あんた」
アルフは、相手を上目遣いでじっと凝視した。疑心に満ちた鋭い視線だった。
けれど、青年は一向に臆すること無く、更に表情を崩した。
「やあ、元気な子だね。黒髪の君は『アルフ』、……だったかな?」
「お兄さん、ボクの名前、知ってる?」
眉を顰めるアルフの横からルーが顔を出し、問い掛けた。その表情には、屈託など欠片も無かった。
青年は、ルーの視線に合わせて屈み込み、小首を傾げて笑みを浮かべた。
「大きな円眼鏡の君は……、『ルー』だね。どうだい? 合ってるかな?」
ルーが無邪気に驚いてみせる。
「当りぃ。三人とも当りだよ。凄いや。でも、どうしてボク等の名前、知ってるの? お兄さん、誰?」
素朴な疑問。
青年は、首を回して自分の姿格好を確認すると、頭を掻きながら大声で笑った。
「ああ、そうか。今日は制服を着ていないから、その質問も道理だね。失礼したよ」背筋を正して、三人に握手を求めるべく腕を伸ばす。「僕は、魔法遣い養成学校の、……いわゆる、君達の先輩ってところかな。でも、君達は僕のことなんか知らないよね。初めまして。僕の名前は、デュラグリス。友人はデュランと呼ぶよ」
「デュラグリス……さん?」
リオが驚きに眼を見張る。珍しく、アルフの表情にも緊張が走った。
二人の驚きの理由は、眼を輝かせながら身を乗り出したルーによって代弁された。
「デュラグリスさんって、今、卒業課程にいて、来年には卒業間違い無しって言われてる、あのデュランさん?」
デュランは膝を折り、視線の高さを三人に合わせた。その顔には温かな笑み。
「僕の名前、知っててくれたの? 光栄だなぁ」
「養成学校にいて、お兄さんの名前、知らないわけ無いよ。五百年ぶりに、養成学校の最短卒業記録を十年も更新するだろうって、すんごい噂だもん」
ルーが無邪気に言った。
その隣で、アルフは相変わらずリオを背に庇うように立ったまま、相手をじっと睨み付けている。
その視線に気付いたデュラン。笑顔が苦笑いに変わる。
「でも、僕が来年卒業出来るかどうかは、まだ解らないんだよ。卒業課題、チョッと手間取ってるしね。それに、今は、僕なんかより君達の方が有名だよ。養成学校始まって以来の優秀な三人組のことは、最近、あまり学校へ行っていない僕の耳にまで届くほど、専らの噂だ。その噂の君達に、こうして会えるなんて、ホントに光栄だよ」
「あんた、何が言いたいんだ?」
アルフは、不愉快さを隠すこと無く、投げ付けるように言い放った。