第3章 白の訪問者 No.2
それを、のんびりと間延びした声音が、見事なまでに打ち破る。
「ほらぁ、アルフ」
「何だよ!」
苛々と答える。
だが、大概の相手なら怯えてしまうであろう鋭い声も、この相手には効果はないらしい。相変わらずノンビリ口調のままだ。
「やっぱり、もっと綺麗に片付けようよぉ。そうしたら、余計な時間も使わなくていいんだしさぁ」
言いたいだけ言うと、ルーは、そのまま背を向けて、さっさと歩き出した。
その背中を、アルフの不満気な声が追う。
「チェッ……。ルー、お前、最近、口が悪くなったぞ」
「君の影響です! ねぇ、リオ」
くるりと振り返り、褐色の髪を揺らしながら言う。視線の先では、深い碧の瞳が笑っていた。
「君の部屋だもの、君が居心地が良いなら、今のままでも構わないけど……」
つい先程までの気まずい雰囲気など何処へやら、リオの笑みに、アルフもホッと表情を崩す。
何時でも、そう。雰囲気を明るくするのはルーの役目。そして、じゃれ合うようなアルフとルーの話をまとめるのはリオの役目なのだ。
「でも、探し物をする時間を減らすのは、いいことじゃないかな。その分、一緒に遊んだり、話をしたり出来るしね。これからは、僕も、家には学校のお手伝いを持ち込まないようにするから。ね?」
リオの提案は、いちいちもっともだ。不満などあるはずがない。
ルーは頷きながらニコニコとアルフを見上げた。
当のアルフはといえば、何となく上手く乗せられたような気はしたものの、リオの提案が充分に満足出来るものであることは確かだった。ちょっと考え込む素振りの後、コクリと一つ頷く。
「……解った。そうするよ」
「大丈夫だよ。ボクも、リオも、ちゃんと手伝ってあげるからねぇ」
「心配しないで、アルフ」眉根を寄せるアルフを気遣い、リオも補足する。「君が使い難くなるようなことは絶対にしないから」
「そんなこと、気にしちゃいない。ただ……」
「ただ?」リオとルーの声が重なる。
アルフは照れくさそうに長めの前髪を掻き上げ、ポツリと呟いた。
「……悪いな」
一瞬、なんのことか解らず、顔を見合わせるルーとリオ。
言葉の意図するところが分かった瞬間、ルーはアルフに抱き付いた。
「ばっかだなぁ、アルフは」
続けてリオが言う。
「僕もルーも、お節介で手伝うんだ。君は、迷惑がったって良いんだよ。それに……」
「君等は、相変わらず仲が良いね」
三人の会話に、突然割って入る声。
急に背中に投げられた、しかし、聞き慣れた声に、リオが振り返る。
そこには、リオ達と同じ基礎初等Aクラスの面々がいた。見知った顔に、リオがニッコリと笑みを返す。
「やあ、サライ。君、今日は家に帰るんじゃなかった? いいの、こんなにノンビリしてて?」
サライは唇の両端を上げて答えた。
「僕の家は、そんなに遠くないからね。今から出ても、夕方までには着くさ。それより……」
「それより、お前等、寮から引っ越したんだって?」サライが言い掛けた言葉を、彼の背後から顔を出したシューが横取りする。「どうしてだ? 皆と一緒の寮暮らしも悪くないと思うけどなぁ? 此処はメシも美味いし、掃除だってしてくれるし」
「それは、ね……」
言い淀むリオを庇うように、アルフが間に割って入る。
「お前等、何にも解ってないんだな」余程、腹に据えかねていたのだろう、珍しく多弁になる。「理由が訊きたけりゃ、俺が教えてやるよ。俺達が寮を出たのはな、お前等がうるさいからだ。俺達は先生じゃないんだぞ。放課後とか休みの日まで部屋に押しかけて来て、課題教えてくれなんて言うなよな。その話を校長先生にしたら、今すぐに寮を出てもいいってさ」
そんなの嘘だ。
リオとルーは内心そう思ったが、一瞬視線を合わせただけで、口に出しはしなかった。
歯に衣着せぬアルフの話し振りは何時ものことで、皆、慣れたもの。誰も気にはしなかった。
「ひっでーなぁ」そう言いながらも、笑っている。
「大丈夫。食堂はね、これからも使っていいて、校長先生の許可、貰ってあるんだぁ」
アルフの無骨さを補い、ルーが無邪気な笑みを浮かべながら言った。
「でもさ、お前等が住む家って、そんなに遠くないんだろ? なぁ、夏休みが終わったらさ、課題、教えてもらいに行ってもいいか? 先生に訊くより、お前等の方が解り易いんだよ。頼むよ」
「お前、俺の話、聞いてなかったのか?」
アルフが、身を乗り出し、さも不満気に言う。