表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/72

第3章 白の訪問者 No.1

≪===== 第三章   白の訪問者 =====≫



 ポラリスの森の東端に位置する魔法遣い養成学校は、真夏の森の深緑に、ひっそりと溶け込みながらも、その佇まいからは、歴史と実績とに裏打ちされた伝統と威厳とを漂わせていた。

 時計塔の鐘の音が、今日一日の授業の終了を告げ、高らかに響き渡る。その重い響きが、森の隅々にまで伝わり、消え去った頃、明るい笑い声と共に校舎から駆け出してきた生徒達は、次々と校門を潜り、思いおもいの方角へと散っていく

 通常であれば、授業終了と共に、生徒の波は養成学校の隣の敷地に建つ寮へと続く道に押し寄せる。けれど、今日は前学期の終了日。明日から夏休みを迎えるというわけで、生徒の多くは、いそいそと帰省の途に着いた。

 養成学校は、原則として全寮制。生徒の殆どは親許を離れ、独りで寮暮らしをしている。一般の生徒にとって、親許に帰れるのは、休暇がまとまる夏休みと冬休みの二回だけなのだ。彼等の心が漫ろになり、一旦寮へ帰る時間すら惜しんで一刻も早く帰省しようとするのも頷けようというものである。

 けれど、勿論、何事にも例外はあるもので……。

 自然と足早になる生徒の波の中、何時ものようにゆっくりと、肩を並べて歩く三つの影。確かに、彼等は寮へ向かってはおらず、正反対の森の奥へと続く道を進んではいるが、次々と彼等を追い越していく多くの生徒達にみられるような浮き足立った様子は微塵も無かった。

 彼等は、周囲の様子などお構い無し、顔を見合わせながら一つの話題に熱中していた。

「ねえ、やっぱり、もう少し片付けた方が良いと思うよぉ」

 相変わらず、おっとりとしたルーの口調。

「あのな……」それに答え、アルフは、今日何度目かの深い溜息を吐いた。「何度も同じこと言わせるなよ。充分、片付いてるだろ? とにかく、俺は、あれでいいんだ。俺の部屋なんだから、片付いていようが、いまいが、俺が良ければいいじゃないか。そんなに片付けたけりゃ、居間だって玄関だって、場所は他にいくらだってあるだろ?」

「そこはね、いいの。もう、ぜーんぶ綺麗になってるから」

 ルーはニコニコと笑いながらアルフの正面に立ち、腰に手を当てた。

「君は良くても、ボクは困るのぉ」彼の言葉は、無邪気な笑顔に似合わず、辛らつだった。「物を大切にするのは凄く良いことだし、君が何処に何を仕舞ったのかさえ覚えていてくれれば、ボクだって何にも言わないよぉ。でもね、探し物の度に手伝えって言われても、ボクだって困っちゃうんだよ」

「手伝えなんて言ってないだろ」不満気に抗議するアルフ。

「言葉で言わなくたって、凄く困った顔して扉の前に立たれたら、気にしないわけにはいかないでしょう?」先程のお返しとばかり、これみよがしに大きな溜息を吐く。「大体、アルフ、この間の日曜日、予定より早いけど、引越し済ませちゃおうって、突然、君が言い出してさぁ。だからボク達、魔法……」

 滑ってしまった口許を、アルフが素早く抑える。

 肩を竦めながら、ルーは周囲を見回したが、彼等の会話に注意を払っている者など誰もいなかった。そのことを確認し、二人は揃って肩から力を抜いた。

 口許を覆っていた手が離れた途端、ルーは声を落として言葉を継いだ。

「……魔法で荷物を運び出して、片付いたね、良かったね、これで夏休みは、この家でゆっくり出来るねって言ってから、今日までに、ボク、もう五回以上、君の探し物、手伝ったよ。それもさぁ、明日の授業で遣うものばっかりなんだもん。放っとけないじゃないかぁ」

 するとアルフは、少し情けなく見えてしまうほど、顔を顰めた。彼のこんな表情には滅多にお目に懸かれない。

「何だよ。別に、俺は……」言い淀む。

 けれど、今日のルーは容赦が無かった。余程、腹に据えかねていたものとみえる。

「ボクはね、手伝うのが嫌だから、こんなこと言ってるんじゃないんだよ。でもさ、アルフ、何時だって、リオには見付からないようにって、うるさいんだもん」

「僕、気付いていたよ」リオがニコニコしながら言う。

 アルフとルーは顔を見合わせ、揃って気まずげに頭を掻いた。

「チェ……」

「知ってたんだぁ……」

「二人でごそごそやってればね、嫌でも気付くよ」リオが足早に二人に近付き、小首を傾げてアルフの顔を覗き込む。「どうして僕には手伝わせてくれないんだろうって、声を掛けてくれるのを、ずっと待っていたんだけどな」

 陽に映えて、深い碧の瞳がキラキラと輝いた。

「だって、お前は、さ……」アルフは後手に手を組み、戸惑うように、気恥ずかしげに視線を逸らした。「忙しいかなぁって、思ってさ」

「どうして?」

「先生の手伝い。頼まれたって言って、家に帰ってからも、何やかやとやってるだろ……」

 リオが眼を見開く。次いで、少し気まずげに俯き、瞳を伏せた。

「……ごめん」

 逆に驚いたアルフが、顔の前で両手を強く振る。

「いいんだ! 俺は、別に……」

「ううん……」リオが顔を横に振る。「そうだよね。これからは、やめる。ごめん、僕、全然気付かなくて……」

 一瞬、彼等の間に気まずい空気が流れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ