第2章 新しい暮らし No.1
≪===== 第二章 新しい暮らし =====≫
「ここ……、だったよね?」
「うん」
「思ったより、……凄い、ね」
「うん……」
リオは出来るだけ言葉を選び、普段どおりの表情を心掛けたつもりだった。それでも、頷くルーの声は徐々に小さくなっていく。リオは、そんなルーを少しでも元気付けようと別の言葉を探したが、リオが口を開くより早く、アルフが深い溜息を吐いた。
「冗談じゃないぞ」
こんなとこ、住めるわけが無い。言外に、そんな思いが込められた溜息だった。
それまでションボリと肩を落としていたルーが、とうとう切れた。普段はニコニコと大人しい彼が、アルフに負けじと言い返す。
「そんなこと言ったって、しようがないでしょう! 外からだけじゃ解らなかったんだもん!」
「だけどさ、……限度ってモンがあるだろう」
「アルフだって、良い家だって言ってたじゃないか!」
ルーの見幕に押され、アルフは決まり悪そうに頭を掻いた。
「そりゃ、そうだけど……」
三人の少年は、丸太小屋の玄関前に立ち、主を失って久しい、荒れ放題の家の中を見遣りながら、揃って大きな溜息を吐いた。
この家を見付けた翌日、リオ、アルフ、ルーの三人は校長先生に面会を求め、許可された。
校長先生は、なぜか、この家のことをよく知っているらしく、リオが懸念していた家自体の所有権について、一切問題無いと断言してくれた。そこは、もう長い間……どのくらいの期間か、その点について校長先生は明言を避けたが……誰も住んでおらず、管理もされていないとのことであった。
そして、話は次の問題へと進んだ。
魔法遣い養成学校は、原則全寮制。入学して間もない子供三人が寮を出て、彼等だけで生活したいという要求は、いくらなんでも無謀過ぎる。すぐに認められるはずは無いだろうと、内心、リオ達も覚悟していた。それでも、諦めるつもりはなかった。長期戦は覚悟の上だった。
そして、学校側の先生の多くは、事実、予想どおりの判断を下した。
「彼等は、我々の保護下に置くべきです」
その主張に、殆どの教師が賛同した。
しかし、豊かな白い口髭を撫でながら、校長先生は逆に問い掛けたのだ。
「独り立ちをする時期は、人それぞれ。能力的にみて、彼等は充分、独り立ち出来る時期を迎えていると思いますよ。そんな彼等を引き止めて置かなければならない理由とは、いったい何ですか?」
「それは、彼等が、まだ子供だからです」一人の教師が即答する。
「子供……、ですか」校長先生が一つ溜息を吐く。「この学校を全寮制としたのは、そのような意図からではありません。先生方も、無論、ご存知のはずですね」
その指摘に応えられる教師は誰一人いなかった。
眼前に並ぶ先生達を見渡し、校長先生は言葉を継いだ。
「哀しいかな、この世界ルリアでは、種族、部族間の排他意識、差別意識が未だ根強く残っています。ですが、少なくとも、この学校で学ぶ間、子供達には、そのような愚かしい差別意識から解放され、一個人として友情を広げ、己の内に潜む能力を磨いてほしい。それこそが、素晴らしい魔法遣いになるための必須条件であると、私は信じています。その意味で、彼等は充分独り立ち出来ると思っているのですがね……」
「しかし、前例が……」
「アイゼンロック先生」
「はい」
「前例のないことを、躊躇の理由とするのは、感心しませんね」
アイゼンロックは恥ずかし気に口を閉ざした。
校長先生が続けて言う。
「前例は、誰かが作らねば永遠に生まれることなど無い。前例を作る機会を得られたこと、私は誇りとすら思います」
そこで一つ大きな溜息を吐く。
魔法遣い養成学校を作って早や三千年余り。その間に組織は大きくなり、自分の意思とは懸け離れた方向に向かって動き始めている。それが良い事なのか、それとも悪い事なのか、正直、判断に迷うこともしばしばだ。だが、彼には信念があった。神の庇護から離れたこの世界が、独自の道を歩むことは、決して容易いことではない。だからこそ、心の強い子供を育てていきたい。そのために、この世界に自分が示した道は正しかった。そう信じていた。
「私は、この世界に初めて『学校』という組織を創りました。その後、私に続く者は現れてはいませんが、この組織自体、悪い前例ではなかったと、今でも自負していますよ」
その場にいる全員が、ただ頷くことしか出来なかった。
そういうわけで、リオ達の願いは、彼等自身、驚くほどあっさりと認められた。そして、その裏で、このような議論が交わされていたことなど、無論、一介の生徒であるリオ達が知る由もなかった。