第3話 首相官邸地下一階にて
今、六人の救世主達は集う。
王緑仙は建物の中へと入っていく。一度も来たことのない日本という土地。分不相応のように感じられる、日本の内閣総理大臣の官邸。
溜息をつきながら、王は足を進めた。
首相官邸地下一階、大怪獣対策本部管理室前
王は国連の職員である。そして、今回、日本で起きた大怪獣騒動の後始末の記録係兼国連からの言伝を伝える役目を主として、日本に派遣された。
国連内でも、そこまで高くない地位の彼には大仕事であった。
「よお、あんたが国連から派遣されて来たとかいう王緑仙だよな」
大怪獣対策本部の管理室にもうすぐ着くというところで、王の頭上から一人の男の声が掛かる。
声の頃からして二〇代ほどか。声色は緊張している様子もない。
ましてや、こんな関係者以外立入禁止である場所に立ち入ることができる立場の人間。
地上にいる人間の頭上から声を掛けることができる、高い運動能力を持つ人物。
流暢なため口の日本語を喋る人物。
「そうですが、何か。確か、リーサルウェポンさんと言いましたっけ」
「そうフルネームで呼ばれると厨二病みたいだから、リーサルって呼んでくれ」
「分かりました、リーサルさん」
リーサルウェポン。
大犯罪者とまではいかないものの、世界各地の紛争地域等で武器を売買している武器商人。
本名や実年齢、出身等、その身分を証明するものは一切不明。大犯罪者と彼のことを揶揄する者もいる。悪魔と彼のことを揶揄する者もいる。
どの国からも歓迎されないはずが、実力と交渉力から国際指名手配もされないような奇異な人物。
「それにしてもあんた、日本語上手いな。情報によると中国人だって聞いたんだが」
「国連に勤めているからには、できるだけ多くの言語を話すことができた方が良いでしょう。中国語、英語、ロシア語のみならず、できる限り主要国家の言語は押さえておくべきです。あなたも同様では?」
一言間違えれば、その場で射殺される可能性もある王は言葉に気を付けながらも、声のする方を見上げる。
そこには金髪碧眼の三〇代後半ほどと思われる見た目の一人の男がいた。男は管理室のすぐ側の部屋の扉の『上』に座っていたようで、よく見れば、彼が座っている部屋の扉は開いていた。
音もなく現れ、音もなく扉を開き、音もなく、理由もなく、扉の上部に座る。常人ならば何故、そのようなことをするのかさえ、理解ができない不可解な行動だった。
勿論のこと、王も何故、彼が『そこ』に座っているのかは分からない。
「ま、そうだな。仕事上、語学力が必要ってところは立場が違っても同じってことか。いやあ、若いのに大した心掛けだこと」
「あなたも二、三〇代に見えますが」
「俺よりは下だろ」
真顔でツッコむリーサルに「それもそうですが」と王は不本意ながらも頷く。素性不明の武器商人。そんな彼と話すことがあるとは一生を通しても「ある」とは考えてもいなかった。
そんな王の隣に下りてくるリーサル。リーサルは王の困ったような顔を見て、ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「……先に入りますか?」
「いいや、お先にどうぞ。あんたの方が先にドアノブに手を掛けたからな」
「ではお先に失礼します」
王はリーサルの表情に子どものようだと呆れながらも、管理室の扉を開けた。管理室の扉は重そうな見た目とは反してドアノブを少し捻り、押すだけで簡単に開いた。警備状態はどうなっているのだろうか、と心配になるほどに扉は簡単に開いた。
管理室には何十人もの官僚や職員達。彼らは管理室内を走り回っていた。
一部の職員達は王が扉を開けた瞬間に二人には目もやらず、部屋を飛び出していく。スーツ姿の者もいれば、自衛隊の隊服を着た隊員、白衣を着た者、警察の制服を着た者、ラフな服装をした者等、多くの者達がいた。
王とリーサルは管理室への中央へと向かう。そこには円卓台のような円状の鉄製のテーブルがあった。その周囲にはスーツ姿の仰々しい男達が何人もいた。だが、その中でも異質さを放っている二人の人物がいた。
一人は茶髪にダークブラウンの目の色をした、40代もしくは50代ほどの軍服姿の欧米人男性。軍服は米国空軍のものであった。体格は良いが、その顔には若干の疲れが滲み出ていた。
もう一人は鈍い金髪に淡いグリーンの色の眼をした20代後半ほどの年頃の容姿をした、欧米人男性。どこにでもありそうなジャンパーを着ていた。その顔は明るく、室内の雰囲気にまったく合っていなかった。だが、どこか、『彼らしい』と思わせる表情をしていた。
「Oh, there you have it, a global arms dealer on an emissary from the UN.(お、国連からの使者に世界的な武器商人のお出ましだな)」
「That's a very harsh thing to say, All.(随分と棘がある言い方だな、オール)」
「You wouldn't welcome me with open arms.(あんただって喜んで歓迎はしないだろう)」
「Well, yes, I would. Especially about Lethal Weapon. (まあ、そうだな。特にリーサルウェポンに関してはな)」
「Would you please not talk shit in front of him in a language he understands? (当人の目の前で当人が理解できる言語で悪口言わないくれます?)」
「Oh, I'm sorry, Lethal Weapon.(おや、すまないな、リーサルウェポン)」
「Call me Lethal, soldier.(リーサルって呼んでください、米軍兵士さんや)」
「Let's not provoke each other in a place like this, gentlemen. Each of you has your own position. You don't want to make your position worse, do you? If you don't care about your positions, be my guest. (こういう場所での挑発のし合いは止めましょう、お三方。それぞれに立場もあるでしょう。立場を悪くしたくはないでしょう? 立場をお気になさらないならどうぞご勝手に)」
「That hurts my ears, Wang.(耳が痛い話だな、王)」
「あ、あの、何をお話ししているんですか!!」
「ああ、すみません。皆様のことを忘れていました」
あまりの高速な言い合いに職員の一人が王に声を掛けた。
王は英語から日本語へと言語を切り替える。
王とリーサル、そして今彼らの目の前にいる欧米人二人は日常では英語を主として話していた。だから、自然と英語での会話を行っていたが、ここは日本である。日本人全員が英語で会話することを得意とするわけがない。それを忘れていた王は言語を日本語へと切り替えた。
「ふむ、英語での言い合いは、これにてお終いか」
「おやおや、米国兵士さんは日本語も喋れるんだなあ。だからここに推薦されたんかな」
「そうだな。……いい加減、その米国兵士という呼び方を止めろ、リーサルウェポン。私にはルイ・ルミナリエと言う名がある」
米国兵士、ルイ・ルミナリエはリーサルの呼び方に顔を顰めた。ルミナリエにとって、自分が米国の兵士ということは間違いなかった。だが、それは職業上の簡易的な呼び方であってこの場で呼ばれるに相応しいものではない。
リーサルは明らかに顔を顰めたルミナリエに呆れながらも、彼の言葉に頷いた。米国を呼び方如きで敵にはしたくなかったのだ。米国は彼にとって最大のスポンサーであり、取引相手である。だからこそ、余計なことはできなかった。
「というか、全員日本語喋れるからここにいるんだろ」
「おう……オールさんも日本語喋ることができたんですね」
「勿論。各国言語叩き込まれてきたからな、ここ十五年で」
オールは王の言葉に誇らしそうに言った。周囲は彼の反応にどういう反応をすれば良いのか、戸惑っていた。官僚や職員達にとって、米国は今回の事態の収拾においての最大の支援者だ。だからこそ、口を滑らせることができなかった。だが、そんな彼らの前でオールは米国を遠回しに批判した。
「それは流石ですね。そしてさらには超人という付加も付くわけですね」
「超人の力を付加と例える人間を俺、初めて見たよ」
王はその場にいたオールとリーサル、ルミナリエ以外の全員の気持ちを推察した上でオールに言葉を掛けた。
「ところでメンバーはこれで全員なのか。言われていたよりも少ないように思えるのだが」
「いえ、確か御二方、日本人の方が来ていません、ルミナリエさん。私達に連絡をした内閣官房副長官補佐の方と日本政府が推薦した科学者の方が」
「その科学者、とやらはその界隈ではある意味、名前が有名な奴だよな」
「そのようですね」
「確か、そいつが実力を出せばどうのこうのって、言われてる奴」
「そんなに私は有名なんですか」
ルミナリエの疑問に答えた王と、王の言葉に反応したリーサルの会話に誰かの声が混ざる。声は王とリーサルが入ってきた扉の方からしてきた。
その場にいた全員がそちらを見れば、そこには三人の男がいた。一人は木崎、一人は佐藤、そして最後の一人である永島は苦々しそうに顔を歪めていた。
「おや、いらっしゃいましたか、御二方」
王は見覚えのある木崎と永島の姿に薄く笑みを浮かべた。佐藤は木崎の部下だった。だから、今回の主要メンバーではない。だが、木崎の部下であるから常に彼の側にいることは当然なのだろうと考えた。
木崎と永島は王自身に大怪獣の遺体の処理の話が回ってきたときに資料にその顔と背格好が添付されていたから見覚えがあったのだ。
勿論のこと、王はそれ以外のリーサルやルミナリエ、オールに関する情報も全て収集済みだった。それこそ、国連職員という特権があったからだ。
「遅れて申し訳ありません。内閣官房副長官補佐の木崎圭人といいます。こちらは私の部下の佐藤です」
「初めまして、永島那由多です」
木崎と永島は日本人らしく、お辞儀をしながら自己紹介をする。佐藤も遅れながら、二人に倣って頭を下げた。
「いえ、私達も先程着いたところですから。初めまして、国連職員の王緑仙といいます」
「アメリカ合衆国空軍兵士、ルイ・ルミナリエだ」
「世界的武器商人、リーサルウェポンでーす。気軽にリーサルって呼んでくださいねー」
「最後に、俺はオールだ」
木崎と永島の自己紹介に王を筆頭に、その場にいた四人は倣って自己紹介をした。ここは日本だ。日本のやり方に倣って行動をした方が良いと四人は判断した。
「では遅ればせながら、大怪獣の遺体の処理について話し合いを始めましょうか」
王のその言葉とともに六名の話し合いが開始した。
この場で一番の嘘つきは『僕』だった。
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