第2話 人が良さそうな天才②
天才科学者の独壇場はそこにあった。
「それで今回の処理について、永島さんはどのような見解をお持ちなのでしょうか」
「うーん、見解というほどではないのですが、いくつか分かったことはありまして」
「それをお聞かせ願えますか」
「ええ、良いですよ」
木崎、佐藤、永島の三人は教授から永島の居室とは違う一室に案内され、そこで話を続けた。
どうやら、永島の部屋では紙が多過ぎたらしい。また、気が散るから話をしづらいだろう、と教授が気を利かせて三人を来客室へと案内したようだ。
「まず、濃硝酸と濃塩酸を一対三の割合で混合させると作れる王水で溶かせないという報告を聞きました。そのことから金・白金ではない。ということは、酸化させることができる希硫酸、濃硫酸、濃硫酸、希硝酸で溶かせることはできない。このことから、はイリジウムといった耐酸性のレアメタルの可能性が考えられます。
また、フッ化水素で溶かすことができないという話も聞いたので、ガラス等の成分を含むものではない。となれば、ポリエチレン等である、という可能性が考えられます。
次にトリフルオロメタンスルホン酸、フルオロスルホン酸といった超酸、超強酸でも溶けずに不可能。さらには現段階では最も強い超酸であると言われているフルオロアンチモン酸でも溶けなかった、という報告書も拝見させていただきました。ので、『普通』の無機物ではない、ということが証明されてしまいます。まあ、普通ではない無機物の可能性もありますが。
つまりは、この世の酸性の物をどれだけ混ぜ合わせて最強の酸性液を造っても、大怪獣の皮膚は溶けないという仮説が立ちます。勿論のこと、テレビン油、エタノール、水でも溶けるわけがないと。
要するに現時点で溶かす、酸化させるという手段では打つ手なし。燃やす、ならばことは変わるかもしれませんが、まだ予測の域を出ないので省きます。
それならば、「兵器や武器による攻撃で皮膚を破壊すればよい」と言う者も出てくるかもしれませんが、それでは周囲に甚大な被害が出てしまいます。現時点の日本の状況では無理がある方法です。
また、ニュース等ではあまりの皮膚の硬さに銃弾等が跳ね返された、という話も出ていました。私からもおすすめはできません。まず、真っ当な目的を持って大怪獣の遺体に対して武器をぶっ放す奴なんてほぼほぼ、いないでしょう。それに、そんな輩を意図的に入国させるのも国として問題だ。ましてや、核兵器の利用なんてこんなご時世でされたら大問題ですし。日本の立場で核兵器の利用をしたがる者がいたら、それこそ大問題だ。
というか、ダイヤモンド並かそれ以上の硬さを持っている可能性があるので破壊は無理かと。
微生物の分解に任せるのが一番早く、被害もない方法だと思います。ですが、人間の身からすれば途方もない時間が掛かります。何百年かかるか、分からない。第一、地球上の物質とは限らないので微生物が分解できるかどうかの判断が難しい。分解できない可能性も大いにあります。
それとまず、何故、彼があれほどに巨大なのか、元々は何なのか、何故、標的が日本だったのかというところから考えていくことが必要で」
「あの、永島さん、近いです」
木崎の言葉に永島は話していた口を閉じた。
ハッ、とすれば自分の顔が木崎のすぐ側まで近付いていた。木崎の隣に座っていた佐藤も引き気味に笑いながら、上半身を反らしていた。集中のしすぎで距離感が鈍っていた。
「あ、すみません。話に気が向いてしまいました」
「いえいえ、こちらこそ。しかし、そこまで真剣にこの案件を考えてくださっていたとは驚きです」
「私も一介の科学者ですから興味はありますよ、興味は」
そうですか、と木崎と佐藤は永島の言葉に苦笑いを浮かべ、彼の話を促す。自分達が想像していた以上によく話し、何かに集中すると周囲が見えなくなる人物だった。そして、異常に今回の大怪獣の遺体の処理に対して、真剣に向き合っていた。話に聞いていた人物とはかけ離れた人物だった。
「ああ、そういえばどうしてお二人は何故、ここに」
永島がふっ、と何かを思い出したかのように二人にそう尋ねた。自分が話しすぎていたことに気付いたと同時に、彼らが自分の話を聞くためだけにこの邸に来たとは思えなかったのだ。
「お電話でもお話しさせていただいた通り、一度、本部に訪れていただこうと思いましてお迎えに上がりました」
「内閣官房副長官補佐が直々に」
キョトンとした顔をしながら、永島は言う。
正直、高官の部類に入るであろう内閣官房副長官補佐が直々に人を迎えに行くいうのは世に疎い彼であっても、聞いたことがないことである。
「はい。総理からの命令ですので」
「というか、本部とは?」
「今回の事態に対処するために官邸に急遽、設置された部署です。大怪獣対策本部といいまして、今回の大怪獣の侵攻の対処や被害者支援の政策立案、大怪獣の遺体の処理方法についての検討、諸外国との連携等を担っています。
全体指揮は総理が行っていますが、本部で実際に命令を出しているのは内閣官房副長官です。そちらにあなたをご案内するようにと」
「はあはあはあ。確かにそれは私も行った方が良さそうですね。では一旦、準備をしてきますのでお待ちを」
永島の問いに佐藤が答える。木崎は彼の返答に感心した。本来ならば、自分が返答すべきだった答えを佐藤が返答した。その内容も完璧だった。どこも訂正するような部分はなかった。つまりは今の自体を正確に把握できているということだ。
永島は佐藤の返答に納得し、立ち上がり、自室へともどった。その間、木崎と佐藤の二人は来客室で永島の帰還を待っていた。
「すみません、遅れました。準備ができたのでもう行けますよ」
十数分して、二人の前に姿を現したのは先程とは見違えるほどにしっかしりた身なりの永島那由多の姿だった。
スーツではないものの、スウェットにラフなYシャツ。
ボサボサだった髪は梳かされていた。そのため、サラサラとはまでいかないものの、簡単に梳くことができそうな髪に変化していた。
そして、目の下にあった隈はどうやったのか、薄くなっていた。さらに眼鏡を掛けていることから分かりづらくなっていた。
「先程とは見違えましたね」
「流石に官邸に行くのに今さっきまでの服装で行くのはちょっと。こんな感じのラフな服装でも大丈夫ですかね。スーツ自体が苦手でして」
「ええ、大丈夫ですよ。他の方々もスーツでない方がきっといらっしゃいますから」
木崎の言葉にほっ、としたような表情を浮かべる永島だったが、木崎の言葉に違和感を覚えた。
「他の方々?」
「ええ。ああ、言っていませんでしたね。今回、大怪獣の遺体の処理方法を検討するメンバーがあなた以外にもいまして。その彼らも本日、本部に集合する予定となっていまして」
「そういうことはできるだけ早く言ってくれませんか」
「あなたが私達の言葉に中々、反応しなかったから言う機会を逃してしまいました」
「……それはすみません。はい、分かりました。では行きますか?」
ほんの少し、申し訳ない気持ちを持った永島だったが、頭を切り替える。二人の方を真っ直ぐに見る。木崎も佐藤もどうやら準備はできているらしく、立ち上がっている。
「行きましょうか」
「行きましょう」
三人は首相官邸大怪獣対策本部へと向かった。
ほんの少しの心を許してしまった。
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