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第5章


 わたしは学園の裏門前に立ち、静かな朝の空気を吸い込んでいる。ここは普段、荷馬車が頻繁に出入りする場所ではない。正門や大きな搬入口がメインだから、王太子派閥の取り巻きもあまり注意を払っていないようだ。


「リリアーナ、こっちに荷馬車が入ってきたよ」

 クラリスが手を振って教えてくれる。見ると、昨日話をつけた倉庫街の組合員たちが馬車を走らせている。車体にはわたしのファンドのシンボルこそ描かれていないが、内部には購買部や食堂が求める食材や日用品が積まれているはず。

 組合の中年女性が笑顔で降りてきた。

「夜中に荷物を積んできたから、誰にも見られずにここまで来られた。このまま購買部に運べばいいの?」

「そう、できるだけ人目を避けて裏道を使って。購買部の店長には手を回してあるから、倉庫に直接荷物を下ろせると思う」

 女性は「わかった」と頷き、作業員たちに合図を送る。馬車がゆっくりと裏門をくぐり、校舎の陰へ消えていく。わたしはその光景を見守りながら、内心で小さく息をつく。これでクレスター商会がどれだけ値段を操作しても、購買部はわたしが用意した品物を仕入れられる。店長がそれを適正な価格で売れば、学生は不当な値上げを回避できるわけだ。


 クラリスが肩を軽く叩いて笑う。

「上手くいきそうだね。裏ルート、本当に開通した」

「まだ安心はできないけど、これで学園の物流を一手に握ろうとするクレスター商会の戦略は崩れ始めるはず」

「王太子派閥が気づいたらどうする?」

「そこは勝負どころ。気づいても、彼らがどうこうできる段階を過ぎてればいい。わたしたちがここまで準備してる以上、物流はもう止められない」

 わたしは裏門付近に軽く視線を巡らせる。幸い、今のところ王太子派閥の姿は見えない。彼らは正門やメインの搬入口ばかり監視しているのだろう。うまく隙を突けた形だ。



 その日の昼ごろ、購買部に行くと店長が興奮気味に話してくれる。

「リリアーナ様、今朝届いた商品で棚を補充したら、学生がすごく喜んでますよ。クレスター商会の在庫より割安で品質も悪くないって」

「それはよかった。店長はあまり目立ちすぎないように気をつけてね。クレスター商会に睨まれたら、表向きの取引を止められるかもしれない」

 店長は肩をすくめる。

「わかってます。いちおう『自前のルートで仕入れました』ってことにして、ファンドの名前は出さないようにしてます。でも、これで本当に助かりました。クレスター商会の押し付け商品は値段が高いし、売れ残ると損が出るかもしれなかったので……」

 わたしは満足げにうなずく。今なら学生は確実に「リリアーナ・ファンド」の存在価値を感じているはず。わたしが本当に“経済”を使って学園を守ろうとしていることを理解してくれれば、学内での支持はさらに高まる。


 午後の講義が終わったあと、校舎前の広場でクラスメイト数人がわたしに駆け寄ってくる。

「リリアーナ、購買部に新しい商品が並んでた! 学園最安値のパンとか、実用的な文具とか、あれってもしかしてあなたが手を回したの?」

「さあ、どうかしら。購買部ががんばってるんじゃない?」

 そう言いながらも、彼らはニヤリと笑って、「やっぱりそうだよね。リリアーナ・ファンドがあるから、クレスター商会の独占に対抗できるんだよね。ありがとう、ほんと助かる」と感謝の言葉を述べてくれる。

 わたしは軽く頭を下げ、「わたしはただ、学園生が困らないようにしたいだけ。王太子派閥が勝手に独占しようとしたから、仕方なく動いただけよ」と穏やかに返す。


 学生たちは明るい表情で立ち去り、そこへクラリスが現れる。

「みんな嬉しそうだったね。これはもう『リリアーナ派』の完成かな?」

「まだ完成というほどじゃないけど、ある程度の勢力はできつつあると感じる。実際、ファンド出資者も日増しに増えてるし、学園の購買や食堂も“リリアーナ派”に近いと見なされるようになってるみたい」

 クラリスが手のひらを合わせてうれしそうに微笑む。

「なら、次は王太子派閥が焦る番ね。クレスター商会と癒着しているのを疑われたりしたら、彼らもじっとしてられないかも」

 わたしはその言葉に小さく頷く。王太子エドワルドが学園の財務報告や商会との契約について説明を求められる展開は、そう遠くないだろう。


 まもなく、王太子派閥の取り巻きが「リリアーナを探している」と言いながら近づいてくる。昼の広場が大勢の学生で賑わうなか、彼らはわたしに対して高圧的な態度をとる。

「リリアーナ・アルセイド、いい加減にしろ。お前が裏で商品を搬入していることはわかってるぞ」

 わたしは真っ直ぐに彼らを見返す。

「裏も何も、購買部が普通に仕入れてるだけじゃないの?」

「とぼけるな。貴族の分際で勝手に組合を動かしているんだろう。クレスター商会の契約を邪魔するような行為は、王太子殿下に対する冒涜だ」

 彼らの声が大きく、周囲の学生が足を止めて注視している。わたしは冷静な口調で返す。

「学園は王太子殿下の私有地じゃないし、わたしが資本を動かすのは自由。むしろ、あなたたちこそ商会の力で学園を支配しようとしてるんじゃない?」

取り巻きは苛立ちを隠せない。

「お前こそ悪役のくせに学園をかき回しているだろう。婚約破棄された分際で、王太子殿下に歯向かうなんて」

「婚約破棄されたからこそ、自由に動ける。あなたたちには関係のないことよ」

 わたしの言葉に、取り巻きたちは言い返せず唇を噛む。周囲の学生は「リリアーナに一理ある」という空気を漂わせていて、どうやら取り巻きだけが空回りしているようだ。やがて彼らは捨て台詞を吐いて去っていく。

 クラリスが苦笑い。

「王太子の取り巻きも形無しだね。言葉で煽っても、今のリリアーナを潰す材料がないから」

「そうね。大規模な値下げも失敗したし、クレスター商会の独占も裏ルートで回避されつつある。彼らのプライドがズタズタになるのも当然かも」


 そんな中、学園事務局が「王太子殿下の財務報告を開示せよ」という要望を受け付けたらしい、という噂が広まっている。学生たちの有志が「学園経済を支配しようとしているなら、その資金の出所を明らかにすべきだ」と声を上げ、署名活動まで始めたとか。わたしはその話を耳にし、胸の奥で密かな期待が芽生える。もし王太子がクレスター商会から莫大な融資を受けている証拠が明るみに出れば、完全に分が悪くなるはず。


 夕方、クラリスが新聞部のオフィスから戻ってきて興奮ぎみに言う。

「リリアーナ、聞いて。今度、学園評議会で王太子に財務報告を求める動きが本格化するって。新聞部も記事にするらしい」

 わたしは心拍数がやや上がるのを感じる。

「評議会か……それは学園理事や有力貴族の子弟も顔を出す場だよね。もしそこで商会との癒着が疑われたら、王太子はどうするんだろう?」

「たぶん、なんとか誤魔化そうとするかも。でも、事実としてクレスター商会の融資をかなり受けているなら、他の貴族にも警戒される可能性があるよ。学園は王家が出資してるけど、財政難なら理事たちも協力を渋るかもしれないし」

 わたしは軽く息を吐いた。

「となると、王太子はますますクレスター商会の力に頼るしかない。だけど、その商会が学園の反感を買ってる現状じゃ、さらに厳しくなる」

 王太子がどう動こうと、結果的に足元は崩れていきそうだ。



 翌朝、学園新聞の一面には「学園評議会、王太子派閥との資金の流れを調査へ?」という見出しが躍っている。学生たちは「マジでやるのか」「これはリリアーナが仕掛けたに違いない」などと噂するが、わたしは直接手を下した覚えはない。ただ、時流がわたしに有利に働いているだけだと思う。

 食堂を覗くと、クレスター商会が猛プッシュしていた高級菓子や豪華メニューがほとんど手付かずで残っている。その隣で、わたしの裏ルートから仕入れたリーズナブルな食材を使った定食が大盛況だ。店員が笑顔で応対しながら、「今日も品切れ続出だよ。リリアーナ様に感謝しないと」とこっそり言ってくれる。

 わたしは控えめに答える。

「わたしじゃなく、組合の人たちががんばってるの。もし彼らの馬車が止められたら、即座に連絡してね。万が一、王太子派閥が嫌がらせをしようものなら、わたしが対抗手段を考えるから」

 店員は力強く頷き、「了解です。助かります」と微笑む。学園内で確実にわたしのファンドに賛同する声が増えている気配を感じる。


 そんな状況のなか、エドワルドは何も言わず俯きがちに登校しているらしい、とクラリスが耳打ちしてくる。

「取り巻きが噂を耳にして、殿下は不機嫌そうとか。商会との癒着を疑われるなんて、王太子の威信に傷がつくもんね」

「でしょうね。王太子が財務報告に応じるのか、それともはぐらかすか……いずれにしても、学園の目は厳しいわ」

 わたしがそう呟いた矢先、廊下の奥からエドワルドが姿を現す。疲れた表情で取り巻きを振り払うように歩いてくる。私と目が合うと、一瞬だけ怒気を孕んだ瞳で睨み付けるが、何も言わずに通り過ぎる。

 クラリスが「完全に凹んでるね」と噂しているが、わたしは油断しない。王太子エドワルドは根っからのプライドの塊。追い詰められれば何をしでかすか分からない。



 昼下がり、学園理事会の役員が開く小規模な会合があるらしく、エドワルドも出席するという。そこにミレイユも同席し、「王太子派閥とクレスター商会の関係」について報告を求められるのだとか。クラリスが先に情報を掴み、「ミレイユがどう説明するか見ものだね」と興味津々だ。

 わたしは遠巻きに会合の結果を待ちながら、購買部や食堂、文房具店などを回って状況をチェックする。裏ルートが確立されたおかげで、どの店舗もクレスター商会の商品以外を扱いやすくなっている。品揃えのバリエーションが増えて、客にとっては選択肢が広がった形だ。


 夕方頃、クラリスが会合の結果を興奮ぎみに伝えてくる。

「やっぱり『財務報告を出せ』って声が強かったらしいけど、王太子側は『学園のためにクレスター商会から融資を受けているだけだ』って主張したらしい。詳しい数字は出さなかったんだって」

「数字を出したら不都合があるのね。きっと王室財政が火の車なんでしょう。ミレイユが援護したんじゃないの?」

「そうみたい。『これは学園全体のための融資なので、開示義務はない』とか言ったとか。でも、理事の一部は『商会との癒着では』と追及してるらしいから、うやむやのままで終わったって」

 わたしは苦笑いだ。

「うやむやが続くほど、王太子の信用は落ちる。変に逃げ回るなら、“リリアーナ派”がますます有利になるわね」

 クラリスが同意して頷く。

「そうだね。今の学園はリリアーナの裏ルートで物資が安定してるし、王太子派閥が値下げも独占も中途半端に終わってる。生徒は『リリアーナの方が頼りになる』と思うよ」



 夜になり、倉庫街の組合から「納品が増えているので、馬車の台数を追加したい」という連絡が入る。わたしはすぐに執事を通じて追加の投資資金を用意する。ここで拡大路線に踏み切れば、クレスター商会の独占は実質的に無効化できるからだ。


 窓の外は暗く、月が雲間に覗いている。クラリスがそっと窓辺に立ち、「リリアーナ、ほんとに悪役令嬢って感じがしなくなってきたよね。むしろ“救世主”みたい」なんて冗談を言う。

わたしは小さく笑い、「悪役令嬢という名の投資家よ。王太子にとっては悪女に見えるでしょうけど、学園の生徒にとっては救世主かもしれない。それで十分」と返す。


机に戻り、最後の計算を片付けながら、今の状況を改めて整理する。クレスター商会の独占宣言は空振り、裏ルートが軌道に乗り、ファンドの支持が一気に高まった。王太子は財務報告を求められ、ミレイユも正面からは数字を出さずに逃げている。結果的に「リリアーナ派」が学園を席巻し始め、経済の実権を握りかけているように思える。


「もしかして、ここから一気に攻め込めるかもしれない」

 呟くように言ったわたしに、クラリスが耳を澄ます。

「攻め込むって?」

「たとえば、空売りや投資スキームでクレスター商会の信用を揺るがし、学園だけでなく王都にも影響を与えられるかもしれない。彼らが資本を軽視しているなら、そこが隙になるわ」

「王太子派閥だけじゃなく、商会そのものを揺さぶる?」

「そう。わたしは前世で金融や投資の怖さを知ってる。相手が軽く見てるなら、大逆転を狙えるはず」

 クラリスは興奮気味に目を輝かせる。

「すごい。もしそれが成功したら、リリアーナが学園のみならずクレスター商会まで支配しちゃうかも」

「そこまではわからないけど、可能性はある。やるなら今がチャンス。王太子が理事会で疑われているうちに、商会の信用を崩せば、一気に形勢逆転かもしれない」


 わたしはペンを走らせ、次のシミュレーションをノートに書き出す。空売り戦略、フェイクニュースの流し方、さらに株価操作など。学園内で稼いだ資金を活用すれば、商会の株式を狙うことだって不可能じゃない。

 メイドが「リリアーナ様、夜更かしは体によくありませんよ」と心配するが、わたしは笑って「ありがとう、もう少しだけ」と答える。半月の月光が差し込む部屋の中で、前世の知識がまたひとつ芽吹いていく。


 この学園で経済を支配するという目標は、単なる序章かもしれない。クレスター商会という大企業が王太子と結託しているなら、そこにこそわたしの“資本主義の牙”を突き立てるチャンスがある。悪役令嬢だからこそ、遠慮なく踏み込める領域がある。


「学園の学生を苦しめるなら、その元凶を粉砕するだけ。資産は嘘をつかない。彼らがまだ信じられないなら、わたしが証明してあげる」

 小さな声で呟きながら、わたしはノートの一頁をめくり、新たな計画を書き記す。今のわたしは王太子の婚約者ではない。ただの投資家であり、学園の悪役令嬢。それだけの立場で、ここまで大きな動きを作り出せた。ならば、次の一手もきっと上手くいくはず。

 そう思いながら、わたしはペンを置いて背伸びをする。

「あとは体力を整えておかないと。王太子や商会を相手にするなら、まだまだ消耗戦が待ってるわ」

 クラリスが微笑でみせた。

「じゃあ、そろそろ寝よう。悪役令嬢には休息が必要よ」

 わたしは薄く笑って部屋の灯りを落とす。クレスター商会の独占によって引き起こされた価格操作は、裏ルートの完成でほぼ失敗に終わりつつある。学園内の学生は自然と「リリアーナ派」へ流れているし、王太子は財務報告での不透明さを追及されている。そのバランスが崩れ始める時、わたしは容赦なく新たな一手を打つだろう。


 月明かりが静かに差し込む窓辺で、わたしはふと微笑む。

「悪役令嬢と呼ばれたっていい。大事なのは、資本で勝つこと」

 布団に入り、心地よい疲労感を感じながら目を閉じる。王太子派閥とクレスター商会を揺さぶる日は近い。今まで“権威”と“聖女”だけで支配してきた人々に、資本主義の恐ろしさを突きつけてやる。


それがわたしの決意。悪役令嬢の逆転劇は、まだまだ続く。



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