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第4章


 わたしは学園の購買部の前に立っている。少し前まで王太子派閥の値下げが話題を攫っていたが、今は違う噂が駆け巡っている。クレスター商会が学園の供給網を独占するらしい——そんな話をちらほら耳にするのだ。


「リリアーナ様、噂はご存知ですか?」

 購買部の店長が落ち着かない様子で声をかけてくる。

「クレスター商会が公式に学園と独占契約を結ぶとかで、仕入れルートを一本化する話が進んでいると……」

 わたしは頷く。

「聞いてるわ。王太子派閥が値下げで無茶をしたせいで、商会側もかなり混乱しているみたい。そこで表立った流通を一括管理して、こちらに買い叩かせないようにする気かもしれない」

 店長が不安そうに顔を曇らせる。

「そうなると、わたしたちの店はクレスター商会から商品を仕入れるしかなくなり、わたしや学生がリリアーナ・ファンドのポイント制度を使おうにも、価格が吊り上げられる可能性がありますね」

「その可能性が高い」

 わたしは静かに答える。


 前世の知識でいう“サプライチェーンの一元化”のような手法だ。大手商会が物流を押さえれば、市場価格を自由に操れる。学園内で何かを買おうと思えば、クレスター商会を通らざるを得ない構造になる。王太子や聖女ミレイユが裏で糸を引き、価格を上げ下げすれば、わたしのファンドがポイントや配当で囲い込もうとしても苦戦するかもしれない。

 それでも、わたしは落ち着きを失わない。


「大丈夫。裏ルートを用意するつもり。もしクレスター商会が物流を握って価格を操作してきたら、わたしが直接手配した商品を購買部に回してもらえればいい」

 店長が目を丸くする。

「裏ルート、ですか? そんなものがあるんです?」

「ある。もし今のままクレスター商会に支配されるなら、学園側は一方的に損をするでしょう? だったら、そこを狙う業者もいるはずよ。わたしのファンドが出資する形で、別の流通網を動かす可能性がある」

 店長は感嘆の声を漏らす。

「なるほど。もしそんな供給ができるなら、わたしたちはクレスター商会の高止まり価格に従わずに済むかもしれませんね」

「そういうこと。まだ公には言えないけど、いざとなればやってみせるわ。だから、店長は焦らずにいて」

わたしがそう言うと、店長はほっとした顔になった。

「わかりました。リリアーナ様を信じます」



 購買部を後にすると、クラリスが駆け寄ってきて小さな声で囁く。

「リリアーナ、実は倉庫街に小規模な輸送業者が集まる組合があるって情報を掴んだの。王太子派閥との仕事が減って暇を持て余してるらしい。そこ、裏ルートに使えないかな?」

 わたしは頷いた。

「わたしも考えてた。クレスター商会が独占状態を作るなら、取りこぼされた業者がいるはず。王太子派閥に見捨てられた輸送会社が協力してくれれば、こっちは独自の物流を構築できるかもしれない」

 クラリスが目を輝かせる。

「じゃあ、わたしは情報操作で『クレスター商会の独占は危険』という噂を広めるわ。そうすれば王太子派閥のイメージも落ちるし、裏ルートでリリアーナが動きやすくなる」

「お願い。学園新聞をうまく使って、学生たちに“気づかせる”ようにして」


 そう言った瞬間、廊下の向こうから王太子の取り巻きらしき学生たちがこちらを睨むように通り過ぎていく。彼らはわたしとクラリスを見下すような目つきをして、「悪役令嬢め」「王太子に楯突いてるからな」と低い声で呟いている。

 クラリスは小声で嫌そうに言う。

「感じ悪いね。王太子派閥がセールで失敗したから、イライラをぶつけてるのかな」

「そうかも。でも、今度はクレスター商会の独占が始まれば彼らは笑うでしょうね。学園の全てを支配するって」

「ふふ、でも甘いと思う。リリアーナが裏から手を回して物流を握れば、逆にクレスター商会が行き詰まる可能性だってあるもの」

 わたしはうなずいた。

「一度、直接組合に行ってみるわ。彼らがわたしの提案を受け入れてくれるかどうか確かめないと」



 翌日の放課後、校舎の外れから続く裏道を歩く。普段、貴族の子弟が使わないような細い道だが、その先に倉庫街があると聞いている。クラリスは少し裾を気にしながら、「リリアーナ、本当にこんなところに行くの?」と心配気味だ。


「王太子派閥に気づかれずに組合と接触するには、この道が近道なの。わたしが普段通り正門から出たら、取り巻きの目に留まるでしょ?」

 クラリスは苦笑いをして「確かに」と返す。道なりに進むと、古い倉庫が並ぶ一帯に出る。そこでは荷馬車や小さな運送業者らしき人々が行き交っていて、学園の華やかさとは無縁の空気が漂う。


 小柄な中年男性がわたしとクラリスを見て怪訝そうに声をかける。

「あんたら、こんなとこで何してる? 貴族の娘が来るような場所じゃないぞ」

 わたしは意を決して口を開く。

「こんにちは。わたしはリリアーナ・アルセイド。学園で投資ファンドを運営しているの。ちょっとお尋ねしたいことがあるのだけど、この辺りの運送組合はどこにある?」

 男性が目を丸くする。

「リリアーナ・アルセイド……あの悪役令嬢か。王太子との婚約破棄騒動があった?」

「そんなところ。婚約破棄されて自由の身だからこそ、今こうして自分の足で動いてるのよ」

「なるほど。組合なら、あそこの大きな倉庫の奥に事務所を構えてる連中がいる」

 男性は苦笑して倉庫の奥のほうを指した。わたしは軽くお礼を言って、そちらへ向かう。


 倉庫の中では大きな荷馬車や荷物の山があり、作業服を着た人々が慌ただしく働いている。わたしが声をかけると、中年女性が眉をひそめて振り向く。

「何の用だい? ここは貴族の娘が来るような場所じゃない」

 わたしは真っ直ぐ目を見て答える。

「話があるの。あなた方は今、クレスター商会に仕事をだいぶ取られて苦労してるんじゃないかしら?」

 女性は驚いたように目を見開く。

「どうしてそれを……まあ、そうだね。王太子派閥が独占状態を作ろうとしてて、わたしたち小さな運送業者はろくに出番がない」

「なら協力してほしい。わたしのファンドが資金を出すから、裏ルートで学園に必要な商品を運んでほしいの」

 女性は唸るように息を吐いた。

「クレスター商会に逆らうってこと? そんなことしたら後が怖いよ」

「確かにリスクはある。でも、そのまま指をくわえてても仕事は増えないでしょう? わたしのファンドは学園で勢力を伸ばしているから、もし成功すれば利益も大きい。投資するから、荷馬車や人手の確保にお金が必要なら言ってほしい」


 女性は腕を組んで考え込む。周囲の作業員も動きを止め、わたしに注目している。クレスター商会と王太子派閥が牛耳る物流網に逆らうのは相当な覚悟が必要だろう。だけど、ここにいる人々は“余り物”のような立場に追いやられている。わたしが資金を出し、学園側の需要を拡大できれば、両者にメリットがあるはず。

 女性はやがて重い口を開く。

「……興味はあるけど、クレスター商会の妨害が本格化したらどうする? あそこは大きな商会だよ。わたしたちは簡単に潰されるかもしれない」

「それはわたしが対処する。学園の購買部や食堂、文房具店をこちらの仕入れルートでカバーできれば、クレスター商会に頼らなくても品物を入手できる。あちらが妨害してきたら、わたしが学園の学生たちと一緒に声を上げるわ。公爵令嬢の立場もフルに使う。悪役令嬢だろうと、権力を奪われたわけじゃない」


 女性はわたしをじっと見つめている。わたしも目を逸らさない。すると、彼女は苦笑いを浮かべた。


「おもしろい娘さんだ。わかった、仲間に相談してみる。返事には時間がかかるかもしれないけど、それでもいい?」

「もちろん。すぐに決めろとは言わない。でも、あまり悠長に構えているとクレスター商会がさらに独占を強めて、動きづらくなるかもしれない。お返事は早いほうが助かる」

 女性は頷き、「考えてみるよ」と言い、話を打ち切る。わたしは一礼してその場を後にした。


 倉庫街を出る頃にはすっかり日が傾いていて、クラリスがほっと息をつく。

「やっぱり荒っぽい雰囲気だったね。大丈夫? 上手くいくのかな」

「わからない。でも、可能性はある。あちらも仕事が欲しいし、クレスター商会に押さえつけられたままは嫌でしょうから」

 クラリスは手を合わせるように胸の前で組む。

「うまくいくといいね。もし成功したら、リリアーナが学園の物流を半分握るようなものだし」

「ありがとう。わたしも期待してる」



 その晩、宿舎の部屋で執事とメイドを交えて打ち合わせをする。わたしは倉庫街でのやり取りを説明し、「あとは彼らが首を縦に振ってくれれば、ファンドで必要な資金を回す。商品仕入れや馬車の修理費を出して、学園への定期便を走らせる」と話す。

 執事が渋い顔で尋ねる。

「もしクレスター商会が本気で妨害に来たら、リリアーナ様はどうされるおつもりですか?」

「妨害される前提で考えてる。わたしは学園内での需要を確保しているから、取り扱う品が一定以上売れる見込みがあるし、王太子派閥に邪魔されないよう裏ルートを利用する。組合が了承してくれれば、王太子派閥とは別の輸送ルートを作れるわ」

メイドが不安そうに言う。

「でも、聖女ミレイユの家がクレスター商会ですよね。王太子殿下との繋がりは深いから、いろいろとやりにくいのでは……」

「確かに、ミレイユは学生たちに“優しい聖女”という印象を与えてる。もし彼女が表向きに『リリアーナのファンドは悪』と断じれば、わたしのイメージが悪くなるかもしれない。でも、わたしには実績がある。空売りで利益を出し、ポイント制度で学生に還元してきた。その実利は噂に勝る。だから、そう簡単に押しつぶされないわ」

 執事とメイドは納得したように頷き、「リリアーナ様がお決めになったなら、わたしたちも全力でサポートします」と答えてくれる。


 翌朝、学園に来ると、「クレスター商会、学園の供給網を正式に独占へ」という大きな張り紙が目に入る。王太子の肖像画がデザインされたポスターが貼られ、「すべての店舗はクレスター商会の商品を優先的に扱うように」と書かれている。


「やっぱりやるわね……」

 わたしは軽く息を吐いてから、周囲を見渡す。生徒の中には「ついにクレスター商会が本気を出したか」と期待半分、不安半分で囁く者もいる。


 クラリスが隣で眉をひそめる。

「学生たちが急に値上げされないか心配してるわ。王太子派閥のセールは終わったし、これからはクレスター商会が価格を好きに操作できるかもって」

「だろうね。だからこそ、わたしが裏ルートを確保する意味がある。学内でクレスター商会の値上げを嫌う学生が増えれば、わたしのファンドに流れてくる」

「なるほど。さらに、この独占発表が逆に反感を買う可能性もある」


 わたしは心の中で作戦を整理する。今、クレスター商会の支配が始まったばかりで、いきなり価格をつり上げることはしないだろう。でも、ある程度経ったら商品を段階的に値上げする可能性が高い。そのときこそ、わたしの裏ルートによる供給が鍵になる。学生は「リリアーナのルートなら安定して買える」と思ってくれれば、自然とファンドへの信頼度が高まるはず。


 昼休み、購買部を覗いてみると、品揃えが微妙に変わり始めている。クレスター商会から送られてきた新商品が目立つように配置され、店内のスタッフが「これからは商会が全面的にバックアップしてくれます」と客にアピールしている。

 しかし、あまり活気がない。店長がわたしを見つけて小声で話しかけてくる。


「クレスター商会さんが、今日からこの商品を目玉に売れと命じてきました。でも、学生はそれほど興味を持っていないみたいで……」

「興味がわかない理由は?」

「値段が少し高めだし、学生向けとは思えない高級路線の菓子が多いんです。おまけに半強制で仕入れさせられてるから、店としては在庫リスクが怖い」


 わたしは店頭の商品を手に取り、値札を確認する。確かに、お洒落なパッケージだが学園生が日常的に買うには割高だ。王太子派閥をバックにした商会が「高級感」を押し付けているのだろう。


「やっぱり、このやり方は長続きしないと思う。学生は必要なものを手頃な価格で買いたいのよ。いずれ不満が出るはずだわ」

店長が不安そうに首を振る。「そうですね。でも、クレスター商会に逆らうと仕入れを止められる恐れがあって……」

「わかってる。わたしが手を打つから、もう少し耐えて」


 そう言い残して購買部を後にすると、クラリスが廊下で待っていた。

「この間の倉庫街の女性から連絡が来たよ。正式に会いたいって」

「本当? それなら今晩にでも会いに行きましょう。これが成功すれば、クレスター商会の独占は形だけになるわ」


 夜、クラリスと一緒に再び倉庫街へ足を運ぶ。先日会った中年女性が組合仲間を何人か連れて待っている。皆、厳しい顔をしているが、その奥には期待の色が混ざっているように見える。

 わたしは女性に声をかける。

「連絡ありがとう。答えは出た?」

女性は短く息をついた。

「あんたの提案、受けてみようと思う。クレスター商会に従ってるだけじゃ、うちの組合は干上がるのが目に見えてる。王太子派閥が無茶な値下げをした分、商会が赤字を取り戻そうとしてるのか、こっちへの仕事が激減してるんだ。だったら、最後の賭けに出るのも悪くない」

「そう言ってもらえて助かる。じゃあ早速、学園への定期便を走らせましょう。わたしが必要な資金を用意するから、あなたたちには商品を運んでもらう。購買部や食堂が在庫を切らす前に、裏門からこっそり補充するの」

 女性が目を丸くする。

「裏門? そんなことができるの?」

「できる。わたしが学園内で手を回すから、表向きクレスター商会にバレずに納品してほしい。運送料金はわたしのファンドが払うし、商品を卸す業者とも直接契約を進める予定。あなたたちは運んでさえくれれば、商会のルートを介さなくても稼げる形にする」

 隣にいる男性作業員が低い声で尋ねる。

「運ぶ商品はどこから? クレスター商会に押さえられてる仕入れ先が多いはずだろう」

「そこも既に別の取引先を用意してる。学外の小規模工房や農家、文具店など、王太子派閥と敵対していないが、利権の外にいる業者たちがいる。わたしが資金提供するから、彼らは自力で売り先を探すより安定した契約が欲しいはず。彼らもクレスター商会に収めるより、直接学園に卸すほうが利益が大きい可能性があるわ」

 組合の面々が顔を見合わせ、「なるほど」「考えられてるね」と囁き合う。女性が改めてわたしに向き直る。

「わかった。あんたがそこまで準備してるなら、話は早い。すぐにスケジュールと費用の見積りを出す。運賃も安くないけど、いいの?」

「いい。最初は投資。いずれ利益が返ってくれば問題ないから」

 女性は薄く笑って、「じゃあ決まりだね」と手を差し出す。わたしはその手をしっかり握り、「協力感謝するわ」と微笑んだ。



 倉庫街を出る頃には、夜のとばりがすっかり降りている。街灯の少ない道を急ぎ足で戻りながら、クラリスが興奮気味に言う。

「これで物流を抑える算段ができたわね。クレスター商会が値段を吊り上げても、リリアーナが裏から商品を入れて学園の価格を安定させることができる」

「そう。これで王太子派閥の独占が完全には成立しなくなる。もちろん、向こうがいつ気づくかはわからないし、バレたらバレたで対策してくるだろうけど、もはや手遅れになる可能性が高い。学園の生徒は安い方やポイントが付く方を選ぶし、商会が商品を制限しても別ルートがあるなら困らない」

 クラリスが小さくガッツポーズをする。

「いい展開! 新聞部にもこの動きを匂わせる記事を書かせるわ。まだ裏ルートとは明言しないけど、『リリアーナ・ファンドが新たな供給網を構築中か?』みたいに書けば、学生は期待するし、王太子派閥は焦る」

「やりましょう。でも、詳細が漏れると組合が危なくなるから、そこは気をつけて」

 クラリスはわかってるよ、と微笑む。わたしも胸の奥で安堵を感じる。クレスター商会の独占発表は一見脅威だったが、こっちが裏から動けばむしろ好機だ。独占で価格を上げたい商会が、物流を抑えて学園を困らせたら、一気に生徒たちの反発を買う。そこにわたしが商品を回せば、ファンドへの支持は加速する。



 翌朝、学園ではすでに「クレスター商会がいずれ値上げするかもしれない」という噂が強まっていて、一部の学生が王太子派閥を不審の目で見るようになっている。これまで安く買えたならまだしも、最近は半額セールも終了していて、特別にお得というわけでもない。その上、商会独占で競争がなくなれば好き放題されるんじゃないか、と疑う声が上がるのは当然だ。

 購買部では、昨日よりもわたしのポイント制度を利用する学生が増えたようで、店長が驚き混じりに言う。

「リリアーナ様、今日は朝からポイントカードを作りたいという生徒が多いですよ。みんな『いずれクレスター商会が値上げしたら困る』って言っていて……」

「それで正解だと思う。ファンドに出資してポイントを貯めれば、仮に商会の価格が上がっても特典で実質的に割安になるから」

「はい。学生の間にそれが浸透してるようで、こちらとしても助かります。わたしたちは相変わらずクレスター商会からも仕入れますが、裏でリリアーナ様から回してもらえれば心強い」

「わかった。正式に流通が動き出したら連絡するわ」



 午後の授業で王太子やミレイユの姿を見かけるが、彼らはわたしを無視するかのようにこちらを見ない。いろいろと策を練っているのかもしれないが、今のところ大々的に値下げを再開する様子はない。それどころか、周囲の学生が「やっぱりクレスター商会は王太子派閥と結託してるんだ」と言い始めていて、以前のような崇拝ムードは薄れている。


 クラリスがこっそり笑う。

「王太子が睨んでるよ。でも、手がないんじゃない? 値下げ策は終わったし、独占契約で裏目に出たらもう逃げ場がないもんね」

「まだ油断は禁物だけど、学園の流れは確実にこっちに来てると感じる。あとは聖女ミレイユがどう動くか……」


 そう言いかけた時、廊下の角からミレイユが現れる。わたしたちと目が合うと、彼女はそっと微笑む。

「こんにちは、リリアーナ。最近、ますます精力的に活動しているみたいね」

 わたしは警戒しつつも答える。

「ええ、いろいろ試行錯誤してるわ」

 ミレイユは清楚な笑顔を浮かべた。

「王太子があなたを敵対視しているのは知っているけど、わたしは対話の余地があると思ってるの。クレスター商会も学園を豊かにしたい意志はあるし、あなたのファンドも経済を活性化させる意義を感じる。上手く共存できればいいのだけど」

「共存? でも、そちらは独占契約を結んだわよね」

「ええ、そうなの。だけど、それは学園の安定供給を守るための手段でもある。あまりに王太子派閥が無茶をして、在庫が枯渇したことがあったから。わたしは商会を安定路線に戻したいだけなの」


 わたしはミレイユの言葉を真剣に聞きつつも、その裏を探ろうとする。もし彼女が本気で安定供給を望むなら、独占で値上げを企むことはないはず。でも、クレスター商会のやり口を見ると、それだけでは済まないと感じる。


「なら、学園生が不当に高い値段で苦しむことはないのね?」

「もちろん。わたしは“聖女”として、困っている人を放っておけない。でも、あなたが裏で別のルートを築いていると聞くと、正直心配になる。対立が深まると、学生の混乱が増えるんじゃないかしら」

 わたしは微笑む。

「それは学生が判断することよ。わたしが裏ルートで品物を入れれば、価格が不当に上がらないで済むかもしれないわ。もし本当にあなたが“高値を狙う”つもりじゃないなら、むしろ歓迎するのが普通じゃない?」

 ミレイユは視線を落とした。

「そう……まあ、あなたがそう思うならいいけど。わたしは混乱が起きないことを祈るだけ」

そう呟いて、あっさり去っていった。

クラリスが小声で言う。

「ミレイユ、何か含みがあるね。表向きは穏やかだけど、裏で何を仕掛けるつもりか読めない」

「たぶん、まだ大きく動く気はないんでしょうね。わたしとしては、早めに組合とのルートを確立してしまって、学園の価格を安定させる準備をしたい」


 わたしたちは連れ立って廊下を歩きながら、学内での次の一手を考える。クレスター商会が公式ルートで支配するなら、こちらは裏ルートで対抗する。それだけのこと。前世の経験上、独占状態で価格を操作しても必ず抜け道ができる。そこに資本を投下すれば、わたしの側が有利に立てるはずだ。



 夜、部屋で紙の上に書き出した計画を見つめながら、わたしは決意を新たにする。クレスター商会の独占発表は、いわば大手の宣戦布告。だが、すでに倉庫街の組合が動き出し、ファンドの出資者も増えてきている。王太子派閥とミレイユがどれほど妨害しようと、学園の生徒が“安定した物流”と“適正価格”を求める限り、わたしのファンドの勢いは止まらない。

 メイドがカーテンを閉めてくれながら、「リリアーナ様、今日はもうお休みになりますか?」と尋ねる。


「あと少しだけ作業したら寝る。明日はもう一度組合の人と会って、正式に契約書を取り交わす予定。忙しくなるから早めに休まないとね」

 メイドは「了解しました」と頭を下げる。

 わたしはペンを持ち直し、独占が本格化したときの学園市場の動きを想像する。もし商会が大幅値上げをすれば、一時的に混乱が起きるだろう。しかし、そのタイミングでわたしが裏ルートの物資を流し込めば、学生は喜んで“リリアーナ派”を選ぶ。結果的にクレスター商会の支配力は落ち、王太子派閥も苦しくなる。


「いつかエドワルドが後悔するでしょうね。婚約破棄なんて宣言しなければ、もう少し優位に立てたかもしれないのに」


 わたしは胸の奥で小さな笑みを浮かべる。悪役令嬢と呼ばれたからこそ、今のわたしは自由に行動できる。資本でこの学園の仕組みを変えてみせる。それが自分に課した挑戦だと感じながら、ペンを走らせ続ける。


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