第3章
朝の校舎の廊下を歩きながら、わたしはクラリスの小さな叫び声に耳を傾ける。
「リリアーナ、聞いた? 王太子派閥がとうとう三割引から五割引、そして今度は一部商品を七割引にするとか!」
「七割引?」
わたしは靴音を響かせながら眉を寄せる。昨日までは半額セールが売りだったのに、さらに値段を下げたというのは想定外だ。ここまで極端に下げるということは、相当焦っているか、あるいはわたしのファンドを潰すために本気になっているかのどちらか。
クラリスが鞄を抱えて言い募る。
「でも、大丈夫なの? いくら大資本でも、ここまで値下げしてやっていけるのかな」
「普通なら赤字覚悟になるわね。王太子派閥の資金が潤沢だとしても、長期戦はきついはず」
「それでも攻めるってことは、短期決戦でリリアーナのファンドを壊滅させようとしてるんじゃない?」
わたしは落ち着いた声で答える。
「そうかもしれない。ここでわたしが値下げ合戦に乗ってしまったら、体力勝負で負けるのは目に見えてる。だからこそ、付加価値を強化するわ。ポイント制度とファンド配当をさらに魅力的にする」
クラリスはノートを開き、「ポイントアップキャンペーンを拡大する?」と尋ねる。
「うん、購買部と食堂だけじゃなく、学園の書庫や文房具店とも提携できないか探る。学生が生活必需品を買う場所を押さえれば、値引きよりポイントを重視してくれるかもしれない」
「わたし、新聞部のつてを使って文房具店の店主に会ってみるわ。あそこは王太子派閥とは無関係だから、きっと前向きに考えてくれるはず」
わたしはありがとう、と言いながら、同時に頭の中で計算を回す。値下げは目の前の安さを求める層には絶大な効果がある。それでも、わたしのファンドが今、着実に増やしている支持者は「長期的にお得」であることを期待して参加している。だから、王太子派閥が極端な値下げをすればするほど、いずれ息切れする可能性が高い。そこに賭けるのがわたしの戦略だ。
教室に入ると、すでに席にいるクラスメイトたちがわたしを観察してくる。視線を感じながら席に着くと、隣の席の女子生徒が躊躇いがちに口を開く。
「リリアーナ様、ちょっといい?」
「なに?」
「わたし、王太子派閥のセールを利用してるんだけど、さすがに七割引は凄いと思うの。いままでこつこつ貯めてきたお小遣いを有効に使えるし。でも、友達は『リリアーナ・ファンド』に出資してて、ポイントや配当があるから長く続くならそっちがお得じゃないかって言ってて……どっちが正解かわからない」
わたしは困惑する彼女に軽く微笑む。
「どちらも一長一短よ。目の前の安さを取るか、将来のメリットを取るか。あなたの価値観次第。無理にわたしを選べとは言わないけど、長期的に見れば王太子派閥のセールはいつか終わると思ってる」
「そう……そっか。ちょっと考えてみる」
彼女はうつむきながらも、わたしの言葉に納得した様子でうなずく。悪役令嬢と呼ばれながらも、こうして話を聞いてくれる生徒が増えつつあることを感じる。
休み時間、クラリスが駆け込んできた。
「リリアーナ、さっき文房具店の店主と話したわ。ポイント制度の導入に興味があるって。店主いわく、王太子派閥と無理に組むと商会から卸価格の値上げ圧力がありそうで怖いんだって」
「やっぱりそうなのね。となると、こっちにとって好都合じゃない?」
「うん。店主は『学生が増えてくれれば儲けになる』って言ってた。だから、店舗に“リリアーナ・ポイント加盟店”って張り紙を出してもいいってさ」
わたしはクラリスの報告に満足げにうなずく。
「助かる。購買部に続いて文房具店まで抑えられれば、学園生活に必要な用品のかなりの部分をカバーできる。半額セールが終わったときに“リリアーナ派”に流れてくる学生を一気に囲い込めそう」
クラリスは手帳にメモしながら目を輝かせた。
「じゃあ学園新聞に『新たな提携店、続々参入』みたいな見出しの記事を書いてもらう。これで半額だけに飛びついてる人にも“こっちも捨てがたい”って思わせる効果があるかも」
「いいわね。早速やりましょう」
昼下がり、経済講義の教室へ向かうと、すでにエドワルドとミレイユが最前列に陣取っている。王太子派閥の取り巻きも多く、かなり圧が強い。わたしはクラリスと並んで少し後ろの席に座る。
教授が入室し、ローデリア王国の交易史や市場構造について講義を始める。魔力と血統だけでなく、資本がどう国力を支えてきたかという内容だ。わたしはノートを取りながら、前世との共通点を探る。こちらの世界でも「需給バランス」や「為替」の概念はあるようだし、大商会が国の経済に絶大な影響を与える点はまったく同じだ。
教授が質問を募ると、エドワルドがさっと手を挙げ、「教授、先ほどの『大資本と小規模ファンドの競争』について、もう少し詳しく教えていただきたい。学園でも似たような現象が起きているようなのでね」と切り出す。
教室がざわめき、教授は少し戸惑った様子で口を開く。
「そうですね。大資本は一時的に赤字を出してでも相手を潰す戦略を取れますが、長期的には体力が必要です。一方、小規模ファンドは付加価値や差別化戦略を使い、価格以外の魅力を訴求できます。どちらが勝つかは、市場の動向と消費者の選択次第と言えるでしょう」
エドワルドはまっすぐわたしを振り返り、「教授、学園で言うと“王太子派閥の商会”と“リリアーナ・ファンド”のことですね。もし小規模ファンドが無謀に戦うと潰れる可能性が高いのでは?」と声を張る。
わたしは内心で笑いながら、敢えて黙っている。
すると、教授が「無謀かどうかは、そのファンドの経営能力次第ですよ」とまとめて、終わろうとする。そこにエドワルドが追い打ちをかけるように言った。
「でしたら、一度その小規模ファンドを立ち上げた者に直接質問したい。リリアーナ、前に出ろ」
周囲が息を飲む。こんな形で指名されるのは想定外だが、わたしは動じずに立ち上がり、ゆっくりと教壇の近くまで歩いていく。クラリスが心配そうな目で見つめているが、ここで怯むわけにはいかない。
「リリアーナ、教授に代わって聞きたい。お前は大商会に対抗する術があると豪語しているが、具体的には何を根拠にしている? 実際、お前のファンドは規模が小さいし、今のところ半額セールに負けている面もあるだろう」
エドワルドは腕を組み、高圧的な態度を崩さない。ミレイユは隣で静かに微笑んでいる。学生たちは「これ、公開処刑じゃない?」と囁いている気配があるが、わたしは冷静に視線を返す。
「根拠は簡単。王太子派閥の半額セールがいずれ行き詰まると見ているから。たとえ大資本でも、ずっと大幅値下げを続ければ資金が尽きる。おまけに、学園で何かあったら王宮からの干渉だってあり得るわ」
エドワルドは鼻で笑う。
「何もわかっていないな。王室はクレスター商会と固い繋がりがある。資金は十分だ。それに、学園でお前を封じ込めれば、もう誰もファンドに興味を持たなくなる」
「でも、実際にファンドへの出資者は増えてる。購買部や他の店舗と提携し始めているし、今後さらに広がる予定」
「いつまで続くかわからないだろう。小規模なファンドが拡大しようとするのは無理がある。そんなに市場は甘くない」
わたしは表情を崩さない。
「市場は甘くないというのは同意。でも、王太子派閥の値下げ路線だって甘いと思う。長期的に利益を削るやり方は、元を取れる見込みがなければ無謀でしかない。わたしは配当とポイント制度で支持を集める。あなたたちが価格を戻した瞬間、学生は一気にこちらに流れてくる可能性があるわ」
周囲がざわつく。教授は困った顔をしているが、すぐには止められない様子。エドワルドは更に苛立ったように声を上げる。
「仮にこの学園で成功したとしても、王太子派閥にとっては痛くも痒くもない。お前は婚約破棄され、もう後ろ盾がないんだ。所詮は悪役令嬢の悪あがきでは?」
わたしはそこではじめて笑みを浮かべる。
「確かに、わたしはもう王太子の婚約者ではないし、貴族社会から見れば不利かもしれない。でも、ここは学園。資産を武器に動けば、身分を超えた力を発揮できるのよ。悪役令嬢だと言われても、わたしには前世で培ったノウハウがあるし、現に運用益を出している」
エドワルドは戸惑った表情を一瞬浮かべ、それから「前世?」と聞き返す。
「……意味不明だな」
「そんなことはどうでもいいわ。要は、あなたの値下げ攻勢に乗らない学生を取り込む手段があるということ。もし半額や七割引がずっと続くなら、それは本当にありがたいわね。でも、それはないと思う。あなたたちがいくら資金を持っていても、利益が出ない商売を長期間続けるわけにはいかないでしょう?」
ざわめきが大きくなる。王太子派閥の取り巻きが「殿下に口答えするなんて」「これだから悪役令嬢は」と息巻いているのがわかる。それでも、今のわたしは引かない。婚約破棄で落ちてしまった名誉など、もうどうでもいいから。
教授が痺れを切らしたように咳払いをして纏めようとする。
「ここは講義の場なので、政治や商売の話はほどほどに……」
ミレイユが静かに口を開く。
「ごめんなさい、教授。王太子を刺激するような展開になってしまいました」
教室が水を打ったように静まる。聖女ミレイユがわざわざ口を挟むのは珍しい。清楚な微笑を浮かべたまま、彼女はわたしを見つめる。
「リリアーナ、あなたのファンドを悪く言うつもりはないわ。でも、学園の秩序を乱すほどの価格競争に発展するのはよろしくないと思う。王太子派閥もあなたも、もう少し歩み寄れないかしら?」
わたしは彼女の透き通った瞳を凝視する。裏ではクレスター商会を経営し、王太子を操っているという噂もあるが、表向きは慈愛あふれる聖女の立場だ。この場ではあくまで調停役を装っているように見える。
「歩み寄れと言われても、そもそも婚約破棄で追い出そうとしたのは王太子の方。わたしは自衛のためにファンドを設立しただけ。むしろ、秩序を乱しているのはそちらじゃない?」
ミレイユはわずかに瞳を伏せた。
「そう言われると痛いところ。けれど、エドワルドも学園経済を活性化させるために値引き策を取っている。あなたのポイント制度が魅力的なのはわかるけど、もう少し衝突を避ける方法がないかと考えているの」
「わたしが衝突を望んでいるわけじゃない。ただ、王太子派閥にとっては、わたしが存在すること自体が衝突原因みたいだから。つまり、どうしようもない」
そうはっきり言い切ると、ミレイユは何か言いたげに口を閉ざす。教室内には重たい空気が流れ、教授が「ええと……そろそろ本題に戻りましょうか」と苦笑いを浮かべて講義を再開する。
講義が終わると、わたしはクラリスと一緒に教室を出る。後ろから数人の学生が追いかけてきて、「リリアーナ、さっきの発言、かっこよかったよ」「ミレイユに遠慮せず言うなんて、すごい度胸」と興奮混じりに話しかける。
「大したことじゃないわ。ただ、わたしの主張を言っただけ」
そう言うと、彼らは「王太子派閥がどれだけ値下げしても、いつか限界が来るのは当たり前。だから俺たちはリリアーナ・ファンドの方が将来的に有利だと思ってる」と言ってくれる。
クラリスが目を輝かせ、「ありがとう、出資金は少額でも歓迎だから、もしよかったらファンド事務局に来て」と誘導する。こうして少しずつ、わたしの考えに賛同してくれる学生が増えていく。派手なセールより、将来性を見抜く者がいるのは心強い。
夕方、購買部や食堂を回ってみると、王太子派閥の値下げ商品が確かに売れているが、一部の棚が補充されていないのが気になる。わたしは店長に声をかけた。
「どうして商品が減ってるんです?」
店長は渋い顔で答える。
「王太子派閥が独占的に在庫を確保しているので、わたしたちには十分な量が回ってこないようです。半額セールで在庫が一気に出ると、追加発注が間に合わないらしくて……」
「なるほど。つまり、物流面でそろそろ厳しくなってる可能性があるのね」
わたしは内心でうなずく。ここまで大幅値下げをやり過ぎれば、在庫を捌くスピードも速くなる。仕入れの確保が追いつかないようなら、王太子派閥の商会側も不満が出るはず。もしこの状態が続けば、いずれ価格を戻さざるを得ないだろう。クラリスがわたしの耳元で囁く。
「リリアーナ、チャンスが近いかもしれないよ。あちらの値下げが続けば続くほど、仕入れコストが上がるかもしれない。物流網が混乱したら、王太子派閥は補充のために高い代金を払わなくちゃいけないし」
「そうね。そこを突くのが狙い。わたしたちは価格を下げず、ポイント拡充だけで対抗する。彼らが値段を戻した瞬間、学生がガッカリしてこっちに流れてくる構図を作ればいい」
わたしは頷きながら補充されていない棚を眺めて、冷静に次の手を考えていた。
夜、学園の中庭でひっそりとした空気に包まれながら、わたしはクラリスと一日のまとめをする。
「今日の出資申込みは昨日より少し多かったみたい。セールに流れる人もいるけど、逆に『このセール、いつまで続くの?』って不信感を持つ人も出てるの」
「いい傾向ね。“いつまで続くのかわからないセール”と、“将来ずっと続くポイント”なら、後者を選ぶ人が一定数いるのは当然だわ」
クラリスは微笑んだ。
「あとは王太子がどこまで高圧的に攻めてくるか。でも、経済講義でのやりとりを見る限り、あまり余裕がないようにも感じたよ」
「そう思う。エドワルドはプライドが高いから、自分の策が崩れるのを認めたがらない。だから必死に値下げを加速させている印象」
わたしは手帳を取り出し、今後のスケジュールを確認する。ポイント加盟店の拡大と、ファンド出資者向けの配当制度強化、さらにクラリスの新聞広報で世論を煽っていく流れだ。王太子派閥が値段を戻すタイミングを見極め、その直後に大々的なキャンペーンを打てば、学園の“経済派閥”はわたしの方に傾く可能性が高まる。
星々が瞬く夜空を見上げながら、わたしはそっと息を吐く。
「婚約破棄された直後はどうなるかと思ったけど、やりようはいくらでもある。資本を操れば、学園のヒエラルキーなんて簡単に揺さぶれるんだわ」
クラリスが笑い混じりに、「まさに悪役令嬢の快進撃って感じね。面白い」と言う。
「悪役で結構。わたしはただ、理不尽に支配される学園を変えたいと思っただけ。王太子や聖女が高みから見下す構図は飽き飽きだし、前世の知識を活かせるなら活かす。婚約破棄は、ある意味チャンスだったわ」
翌朝、学園に着くと衝撃的な張り紙が目に入る。
「王太子派閥、緊急値上げのお知らせ。仕入れ費用高騰のため、一部商品のセール終了」
「やっぱりね。限界が来たか」
わたしは淡々とポスターを見つめ、クラリスに声をかける。
「行こう。今が勝負時よ」
クラリスはうれしそうに笑う。
「すぐに新聞部に報告してくる。『リリアーナ・ファンドの安定感が証明される』みたいな記事を書かせるわ」
わたしは大きく頷いた。
「購買部と食堂にも知らせる。『リリアーナ・ポイント』を拡充する絶好のタイミングだし、出資者が増えれば増えるほど王太子派閥の立場は悪くなる」
こうして王太子派閥の値下げは突然幕を引き、生徒たちの間には疑問が広がる。
「何だったんだ、あの七割引」「いきなり値上げされるなんて聞いてない」などと、戸惑いと不満が噴出している。
その声を尻目に、わたしはファンドの事務所に急ぎ、スタッフたちに今日の指示を出す。
「今こそ『長期的に安定したポイント還元』を打ち出すチャンス。王太子派閥に裏切られたと思う学生を全力で受け入れる。購買部や提携店も巻き込んでキャンペーンを拡大しましょう」
スタッフたちは「了解しました!」と熱気にあふれている。クラリスが新聞部へ走り、すぐに臨時号の発行を要請する。学園中に「王太子派閥セール終了、ファンド安定」という言葉が駆け巡るのは時間の問題だ。
日が暮れる頃、購買部で店員と話していると、わたしの耳に多くの生徒の声が飛び込んでくる。「やっぱりリリアーナ・ファンドにしておけばよかった」「もう遅くないかな?」など、セール打ち切りに落胆する人たちが大勢だ。
わたしは店員に微笑み、「ここからが本当の勝負ね。新規出資者は歓迎だから、もし質問があれば事務所に誘導してほしい」と頼む。店員もわたしの自信に触発されるように、「承知しました」と笑顔で応えてくれる。
この瞬間、王太子派閥がかき回していた価格競争はわたし側に有利に傾き始めている。今後はさらに学園内の経済派閥が二つに割れ、「王太子派」と「リリアーナ派」が鮮明化していく見込みだ。わたしはその事実を噛みしめながら、心の奥で静かに熱いものが沸き立つのを感じている。
悪役令嬢と呼ばれたって構わない。資産の力さえあれば、この学園を変えられる。今日の結果がそれを証明してくれた。もう、王太子の後ろ盾を失ったところで怖いものはない。
夜になり、クラリスと二人きりで事務所の片付けをしながら、わたしは明日の予定を整理する。
「明日は経済講義がある日だけど、もう王太子がわたしを公開質問攻めにするようなことはないかもしれない。あっちはセール終了で立場が悪いし」
クラリスはくすっと笑う。
「そうかもしれない。逆にあの聖女ミレイユが何か言ってくるかも。彼女も王太子を支える立場だし、クレスター商会との絡みがあるから」
「確かに、そこは警戒しておく。クレスター商会が本気を出したら、もっと大きな動きがあるかもしれないから」
事務所の窓から夜空を見上げると、満天の星が瞬いている。わたしはその光を見つめながら、微かな決意を口にする。
「まあ、どんな手を打たれても資本で対抗するだけ。前世の知識を応用すれば、まだまだやれることは多い。学園の生徒がわたしを選んでくれる限り、ファンドは揺るがないわ」
クラリスが明るい声で言う。
「本当に婚約破棄されてよかったね。こんなに活き活きしてるリリアーナを初めて見る気がする」
わたしは小さく笑う。
「意外とそうかもしれない。公爵令嬢として王太子妃になる未来を淡々と受け入れてたら、こんな刺激的な戦いはできなかったもの」
クラリスはエプロン姿のメイドに手伝ってもらいながら資料を片付け、「じゃあ、少し休んで。夜更かしは厳禁よ」といたずらっぽくウインクをする。
「わかってる。明日も忙しいしね」
事務所の灯りを消し、わたしは小さく息を吸う。過酷な値下げ攻勢を耐え抜いて、ファンドへの信頼をじわじわ広げた今、ひとつ大きな山を越えた気がする。王太子派閥を侮るつもりはないが、確実に一歩リードを奪えた実感がある。
扉を開けて廊下を進むと、月明かりが足元を照らし、冷たい夜気が肌を撫でる。クラリスが横で「リリアーナ、悪役令嬢らしさ全開ね」と冗談めかして呟くので、わたしは笑って肩をすくめる。
「いいの。悪役でも何でも。資本で勝てば、誰にも文句は言わせないわ」
そう応じながら、わたしは王太子エドワルドの傲慢そうな顔を脳裏に思い浮かべる。彼が本当の意味で焦りを感じる瞬間は、まだ先かもしれない。だけど、必ずその時は来ると確信している。学園経済を動かすのは、もはや貴族の身分や聖女の力じゃなく、純粋な“資本”だということを突きつけてやりたい。
闇が深まる夜道を歩きながら、わたしは心の奥で静かに決意する。学園の空気は次第に変わり始めている。あとはこの流れをコントロールし、王太子派閥やクレスター商会の支配を崩すだけ。実際、値下げが失敗に終わった今、彼らが次に取る策は限られているはず。
この先、王太子エドワルドがどんな手段を使おうと、わたしは引かない。前世の知識を頼りに、悪役令嬢として“正面突破”するだけだと思いながら、わたしは夜の寮へ帰っていく。
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