要求と演技
私は書斎でレコードを流していた。そしてベルナールの絵を眺めていた。ポストカードに何が描いてあるか何度も見返す。謎に包まれた絵だ。でもどんどん知りたくなるような絵だ。
「ベルナール、あなたは何て不思議な人なの。」
絵を見てるとまるでベルナールがそばにいるような感じだった。
「この絵は何をイメージした絵なの?どんな気持ちで描いた絵なの?教えてちょうだい。」
知りたくて知りたくてしょうがない。そう言ってもベルナールはすぐには現れない。
「オディール、さっきから何やってるんだ?」
旦那が書斎にやって来た。
「ちょっと絵を見てただけよ。」
「何だこの音楽は?」
「アンドシンヌの曲よ。良い曲でしょ?」
彼は何も言わずレコードを止めて、他のレコードを取り付けた。
「趣味の悪い曲だな。聴く価値がない。レコードで流す曲はクラッシックとかにしてくれ。あとなんだその絵は不気味で最適な絵だな。そいつの頭はまともじゃなさそうだな。」
「絵を見ただけで画家の何が分かるの?」
「どう考えてもまともな絵じゃないだろ。絵は美しくないと意味がないんだよ。」
「ステファン、あんたの芸術ってそんな狭量なものなの?」
「僕の感想だよ。理解されない芸術は意味がないんだよ。」
「謎だから面白いのよ。」
「君が何を言おうとこんな絵は好きなれないね。」
「勝手にすれば良いわ。それにアンドシンヌの曲が趣味が悪いだなんてあんたの趣味もだいぶ悪いわ。このクラッシック中毒者め。」
私はポスカードを持って書斎を出て行った。そして寝室に行く。
「やっと着いたわ。ベルナール。」
私は彼の絵画の前にいた。そして服を脱ぎ捨てる。
「ベルナール、今の私を見て。」
そう言うと絵の中ベルナールらしき青いシルエットが出て来た。
「やっと姿を見せてくれたのね。」
私は彼の方に向かっていく。彼は無言で表情も見えない。全てが不明瞭だ。
「ベルナール、待って。行かないで!私をおいて行かないで!」
彼を追いかけ続ける。彼は走り続ける。
「どこに行くの?」
何も返答がない?
「前会ったみたいにベルクール広場なの?黙ってないで教えて!」
それでも彼はしゃべらない。だから私は走り続ける。早く彼に触れたい。彼のことを抱きしめたい。同時に抱かれたい気持ちもある。
「ベルナール、ベルナール、ベルナール!」
私は彼を追い続ける。もうどこか分からない暗闇にたどり着いてしまった。そして霧がかっていて何も見えない。よく見えない。彼に触れられない。
「オディール、オディール!」
気がついたら私は床に転がっていた。
「どうしたんだ?飲みすぎたか?」
「どうやらそのようね。」
旦那は私に毛布を被せた。
「オディール、一緒に寝よう。」
彼と一緒にベッドで寝る。そして彼が抱きついて来る。
「ステファン。」
「何だ?」
「私のこと愛してる?」
「もちろんだ。」
私は彼と暮らしてる限り妻としての役目を果たさないといけない。旦那がいるときはレコードはクラッシックや賛美歌以外は駄目だし、旦那好みの趣味に合わせないと行けない。旦那にはお金を稼いで地位や名誉を守る役目がある。ここにいるメイドにもトランティニャン家に忠誠心を見せる役目を果たさないといけない。この屋敷ではどんな意思を持ってようと役目を果たさないといけない。
「オディール、美しい。」
いつものように私を求める。そして日が過ぎた。
「奥様、おはようございます。朝食の準備が出来ました。」
エリーズは無言で私に言った。
「こちらへ。」
私は転んだ。明らかにエリーズが足をひっかけたのだ。
「あら、奥様、大丈夫ですか?」
彼女の口元はニヤついていた。
「これくらい平気よ。」
「もしかしてですが、私がやったと疑われるのかと思いました。いつも奥様私に冷たい態度を取られるので。」
私はエリーズに足をひっかけた。
「そうね。私はあなたのような忠誠心のないメイドには冷たいのよ。引っかけられて傷ついたかしら?」
「全て私のせいだと言いたいんですか?」
「そうよ。これから前みたいに私に襲いかかるつもり?そんなことしても無駄よ。」
私は旦那が他の女と写ってる写真を見せた。
「これを使って、旦那が私とエリーズの関係に口出し出来ないようにしたのよ。旦那に気に入られてるようだけど助けを求めても無駄よ。」
「奥様は相変わらずずる賢いですね。」
「あなたには負けるわ。ネズミのように暴れ回るメイドさん!」
エリーズは私のことを殴りたくても我慢していた。騒動を起こしても旦那がひいきしてしてくれないと分かったから。これでエリーズがここのメイドを辞めてくれると良いが。
「朝食はこちらです。」
エリーズは私のことをずっとにらむ。
「オディール、どうかしたのか?」
「何もないわ。今日も仕事が長引くのかしら?」
「仕事意外にも付き合いがあるんだ。だけど安心してくれ。養子を迎える時はちゃんと時間を過ごせるようにする。」
私はエリーズににらまれても何も無かったかのように振る舞った。
「念願の子供、楽しみね。」
朝ご飯を食べ終わるとステファンは出かけた。メイド3人はお皿の片付けをする。
「マリア、またあの女威張り散らしてるのよ。ついには旦那まで脅したのよ。」
エリーズはマリアに声かけながら作業をした。ポレットは常に無言だった。
「これじゃあご主人様にひいきされなくなるわ。ムカムカするわ。」
「それなら今までとやり方を変えて、嫌がらせしないでメイドの仕事をすべきよ。」
「ポレットはどう思うの?」
「私は奥様もご主人様も素晴らしいお方だと思います。エリーズ、奥様と違う歩み方をしたら奥様も心を開くと思いますよ。」
「そんなことしたくないの!」
エリーズがこの屋敷でメイドを続けてるのは旦那から特別な待遇を受けているからだ。旦那がエリーズと私との関係に口出ししないことが禁止になっても、彼女への特別待遇は変わらない。そんな条件を捨ててここのメイドを辞めるつもりは一切ない。
「あの女をずっと調子に乗らせるのは納得行かないのよ。ここは戦略が必要よ。」
立場が追われそうになってもエリーズはひるむことはない。
「良い作戦が思いついたわ。」
「どんな作戦?」
「あんた達には秘密よ。奥様に密告する危険性があるからね。」
ポレットは興味がないような感じだった。
私は車で専属情夫のルイのことを迎えに行った。
「待ってたわ。」
お互いにビズをした。そしてキスもした。そして屋敷の方に向かって行った。ドアを開けるとポレットが待っていた。
「マリアとエリーズはいないよね?」
「大がかりな作業をさせてますのでご安心ください。もしそちらの方がお帰りになる際はベルを鳴らしてください。駆けつけますので。」
私とルイは旦那との寝室に行った。
「これで2人きりね。」
ルイはいきなり服を脱がせようとした。
「やめて!あなたは私の情夫なのよ。私の命令に従ってちょうだい。」
「命令とは?」
「私、今ベルナール・ノディエと言う有名じゃない画家と恋してるのよ。見てこれが彼の作品よ。」
ルイに作品を見せた。
「何が描いてあるのかさっぱり分からない。旦那ともその画家とも関係を持ってるのか?」
「そんなことで驚くの?私の旦那はたくさんの女と男と性的な関係になってるのよ。まさに絶倫な男ね。あんただって女好きの絶倫でしょ?何を今さら驚いてるのよ。私はいたって普通なのよ。」
「いや、聞いただけだ。」
「あなたにはそのベルナールと言う男を演じて欲しいの。」
「そいつとはしたことあるのか?」
「してないわ。ギャラリーで1回話して、この前ベルクール広場で電話番号を交換しただけの関係よ。」
「そんな深く関わったこともない相手の演技なんてやってられない。」
「お金を払うのに私の命令が聞けないのかしら?それならお金は払わないから今すぐ帰ってちょうだい。」
「待って、分かった。やれば良いんだろ。」
自分のプライドより彼はお金を取った。
「まずはベルナールらしく私のブラウスを脱がして。」
「分かった。」
彼は少し笑いながらボタンを外した。
「全部外したよ。」
そして私を押し倒した。
「やり直しよ。ベルナールは笑いながら相手のボタンを外さないわ。あまり慣れてない手つきを演技してボタンを外しなさい。それと突然何も言わずに押し倒すこともしないわ。」
「たったの2回話しただけで彼の何が分かるんだ?」
「良いから聞いて。これは私が考えるベルナールの人物像よ。何度も絵を見て彼のことを分析したわ。私の言ってることは確実なのよ。やり直しよ。」
ルイはベルナールを演じて慣れない手つきでブラウスのボタンを外す。ゆっくりと体に触る。
「ベルナール、その調子よ。」
ついにはルイのことをベルナールと呼んだ。
「続けて。」
そして彼はキスをした。焦っている感じを演出した。
「まだまだね。キスの仕方がベルナールらしくないわ。キスをする時は彼は焦ってキスをしないの。私の方を見てされるがままにキスをするのよ。キスの時の主導権は私。ベルナールは私に託してるのよ。ルイ。」
ルイはもう一度やり直す。私が主導でキスをした。
「次はどうすれば?」
「それくらい自分で考えなさい。ベルナールがどんな人物かちゃんと考えなさい。」
彼はキスしながら下向きになってゆっくりとベッドの方に倒れて行く。
「そうよ。続けて。」
お互い触り合う。まるでベルナールが私に触れているようだった。
「ベルナール、続けて。」
「オディール、ずっと君を待っていたよ。」
「全部脱いで。」
彼は服を投げた。
「ルイ、やり直しよ。」
「何がそんなにいけないんだ?」
「ベルナールは画家よ。自分の作品の前に服を投げつけると思う?自分の作品をそんなふうに扱わないわ。もう一度さっきのシーンからやり直しよ。早く服を持って来て。」
彼は自分の服をベッドの端に置いた。
「オディール大丈夫?」
「待って!ベルナールはそんなに経験がない男性よ。相手を気にかけてる余裕がないの。気にかけてる余裕がなく頑張って行為と向き合ってる様子をちゃんと演じて。」
私はルイに何回もやり直しを入れた。
「今日は満足よ。最初にしてわ出来てる方だけど、まだベルナールになり切れてないわね。」
私は財布から金を出した。
「850フランよ。受け取って。」
「ありがとうございます。」
彼はベルを鳴らしてポレットに誘導されて屋敷を出た。そして私は彼を送り届けた。
「ルイ、次もよろしく。」
彼を車から降ろしてその場を離れた。ついでにベルクール広場に寄った。しかしそこにはベルナールはいなかった。帰り道にもベルナールはいなかった。屋敷に戻って日常に戻った。