女の欲求
ある朝、ステファンは満足すると私から離れる。彼は熱く接触することもあれば、冷たく突き放して娼婦のように私を扱うこともある。旦那との情事にも不満や刺激の物足りなさを感じることがある。旦那はスーツを綺麗に着こなして上品なブルジョワ階級の男として働く。本当の姿を知っているのは私だけ。義両親はステファンの良いところしか見ていないから。体だけの関係の女達はステファンがどんな性格かなんてどうでも良い。権力やお金や名声だけで彼を見ている。
彼が外出すると、私は1人ベッドの上に乗って、ベルナールの作品を見て考え事をする。私の下にベルナール作品がある。上に乗っていると何故だか快感を感じる。すると絵から黒い影が出て来る。黒い影はだんだん姿をあらわにする。
「オディール、ずっと待ってた。待ち遠しかった。」
「私も待ってた。」
私の息がだんだんと荒くなっていく。天上まで私の息に混ざった声が響く。そして私はゆっくりと服をベッドの下に落として行く。ついには落とす服すらなくなった。
「オディール、愛してる。」
黒い影がもっと姿を現す。
「ずっと絵に閉じ込められてたのね。」
「閉じこもっているのは君なんだよ。」
ついには黒い影の全身が絵から出た。黒い影の顔はよく見えなかった。でも誰なのかは分かる。
「どう考えても絵から出て来たあなたよ。ベルナールでしょ?」
「ベルナールはただの名前。」
私と黒い影は抱き合ってキスをする。キスをすると黒い影も私が乗っていた絵画も消えた。
「奥様…」
妄想ばっかりに気を取られていて、寝室が閉まっていないことにやっと気がついた。
「エリーズ、何のようかしら?邪魔よ!」
「奥様こそ、何故ドアを閉めないんですか?ずっと見てたんですよ。雌犬のように欲情する姿を。綺麗なドレスで着飾ってるけど、どんな犬でも相手する雌犬と変わりないわ。」
「私は自分に正直に向き合おうとしただけよ。そんなに見てるなら、一緒に参加するかしら?」
「は?頭おかしいんじゃないんですか?誰があなたとそんなことするんですか。気持ちが悪い!」
エリーズは急いでドアを閉めた。ドアが閉まる音が屋敷中に響いた。
「結局は妄想か。」
私の服はベルナールの絵の下に落ちていた。それを拾って私は着る。もちろん彼の書いた絵の前で。もっと私のことを見て欲しい。そんな気分に私はかられた。私は退屈になり、寝室の窓を開けて外を眺める。いつもと何も変わらない光景だ。また何かを考えたい。
「マリア、聞いてよ。」
「エリーズ、そんな慌ててどうしたの?」
「さっきとっても気持ち悪い光景見たのよ。あの女が一人で自慰行為してて私を誘おうとしてたのよ。思い出すだけでも吐き気が止まらないわ。」
「あの女って誰のこと?奥様?ポレットのこと?」
「奥様しかいないに決まってるでしょ。本当に鳥肌が立つわ。」
「待って、すぐその場を離れなかったの?」
「ちょっと監視してたのよ。声が聞こえて様子が変だったから。それから一部始終を見てたのよ。」
「エリーズ、覗き見は最低よ!奥様に失礼よ。すぐ寝室のドアを閉めれば良いでしょ。それはエリーズにも非があるわ。」
「鳥肌が立って動けなかったのよ。」
「だからってこうやって話のネタにすることないでしょ。」
「2人とも何について話してるのかしら?」
私はエリーズとマリアのところに来た。
「何でもありません。それでは掃除をしますので失礼します。」
「待って。2人とも私のことで話してるのはお見通しなのよ。だけど気にしてないのよ。私は刺激となるものと正直になるって決めたのよ。さっきの光景をエリーズに見られたからって動揺するような女じゃないのよ。怒るつもりなんてない。エリーズ、自由に悪口でも言えば良いわ。あ、分かった。あんたフリジッドでしょ?」
「何それ?どう言う意味ですか?」
「性的快感を何も感じられない人のことよ。フリジディテよ。マグロ女でしょ?」
「何ですって?」
エリーズは私に掴みかかり髪の毛を引っ張った。
「私を勝手にマグロ女にするな!この淫乱女!」
「何度でも言えば良いわ。」
「ちょっと2人ともやめて!」
「何の騒ぎだ!」
義両親も騒ぎを聞いて駆けつけた。
「2人ともやめるんだ!無駄な争いはやめろ!」
「馬鹿な争いはやめなさい。」
「エリーズが勝手に髪の毛をつかんだのよ。正当防衛なのよ。」
「違う。この女は嘘つき女なのよ。私のこと不感症だって決めつけて罵って来たのよ。許せないわ。」
「とにかく落ち着くんだ。」
エリーズはマリアと義母ニコルに抑えられた。私はポレットと義父のアランに抑えられた。
「お父様、お母様、このことは私達の問題よ。だから今後はこんな喧嘩するつもりないわ。だからエリーズ無駄な争いはしないって約束して。」
「分かったわ。」
エリーズはかなり納得いってない感じだった。
「エリーズ、いくら何でも暴力は駄目。何も解決にならないわ。」
マリアはエリーズに言った。
「そんな都合の良いこと言ってるけど、正直あの女は死刑になっても良いと思ってるわ。メイドだから下でに出てるけど、ブルジョワの旦那の力借りて威張ってるのがムカつくわ。権力がなくなれば所詮は中身も何もないただの女よ。」
エリーズは怒りながら作業に戻った。
「奥様、ちょっと良いですか?」
ポレットが私を呼び止めた。
「さっきエリーズと取っ組み合いになった件のこと?ポレットは彼女に言ったこと失礼だと思うかもしれないけど、あの女は私が不妊症だってこと何度も馬鹿にしてきたわ。それくらい言わないとあの女は分からないわ。いや言っても無駄ね。期待する価値もないメイドなんだから。」
「いえ、私がお伝えしたいのはその件とは全く関係ありません。」
「それなら何のようかしら?教えて。」
「ご主人様の不倫現場を数枚撮影しました。」
私はその写真を一つ一つ見る。
「他にもこんな写真もあります。」
写真を手に取るとステファンが40代くらいの男性とホテルで裸になってキスをしている写真が出て来た。
「あら、うちの旦那は両刀使いだったのね。」
「他にもあります。」
また写真を手にした。
「あらこんな写真まであるのね。」
金の力で女だけではなく、男とも性的な欲求を満たしていた。
「あなたはよく仕事が出来るわ。これをあげる。」
私は小切手をポレットに渡した。
「こんなの受け取れません。」
「私の依頼以上に働いた分よ。遠慮しないで受け取って。」
「ありがとうございます。それで奥様はこれからどうされるんですか?ご主人様にはこんなにも外に女や男がいるわけですし。」
「今のところは別れるつもりなんてないわ。上流階級の男の中ではそう言う男もいる可能性があるからよ。最初から覚悟を決めて結婚したし、親が決めた結婚相手よ。こんな理由で離婚なんてしたら失うものが多すぎるわ。これをきにたくさんお金を使わせて貰うつもりでいるわ。金だけが彼の魅力なんだから。」
「奥様は割り切れててすごいですね。私ならそんなのすぐに別れて新しい相手を見つけます。」
「私の旦那のような男を持っていても?」
「さあ、分かりません。でも一つ言えることは奥様がいるおかげでトランティニャン家で働くのが毎日楽しいと思えるんです。私にとって奥様は大事な存在ですから。」
私はポレットに軽く抱きついた。
「そう言えばポレットには好きな男性はいるのかしら?」
「奥様にだけに話しますがいますよ。でもその人はとても遠い存在なんです。どうやっても手に入らない人で。」
「もしかしてステファンのこと?」
「まさか、そんなことありませんから。」
私はポレットをからかった。
「その人とはどう言うつながりなの。」
「これ以上は話せません。」
「それならポレットの恋を応援することが出来ないわ。」
「もう大丈夫です。自分の問題は自分で解決しますので。」
ポレットは作業に戻った。
「これも別の女ね。」
書斎で夫の不倫現場の写真を見ていた。
「私も刺激的なことをしたいわ。そう言えば、ベルナールって画家はまだギャラリーやってるのかしら?」
私は車に乗って彼がいたギャラリーまで向かった。
「ベルナール・ノディエって画家はここにいませんか?」
「誰それ?」
「知らないわ。」
「知ってる。」
「俺も知らないな。」
「この前ここで絵を買ったんですよ。」
ギャラリーのオーナーが調べた。
「彼の展示はグループ展ね。もうとっくに終わってるのよ。奥様。」
「そうなのね。」
彼に会いたくて仕方なかった。
「私はここのオーナーよ。毎回同じ画家がここで展示してるわけではないの。残念だけど彼の絵を買う機会はもうないと思ったほうが良いわ。」
結局ベルナールには会えなかった。彼に会えなくてとても残念な気持ちだ。絵だけじゃ物足りない。旦那じゃ物足りない。旦那じゃとても退屈だ。何か刺激が欲しい。財布の中のお金を見た。
「そうだ。金よ。」
私は旦那に内緒で夜頃クラブに寄った。クラブは人で賑やかだった。どこからもタバコの臭いが広がっていた。私はお酒を飲みながらある男性に声をかける。
「あんた私と踊らないかしら?」
男はニヤついて私と踊った。
「あんたよくここに来るわけ?」
「はじめてだ。君は?」
「私は2回目よ。」
適当に嘘をついた。
「私の名前はオディールよ。」
「俺の名前はルイだ。」
「良い名前ね。」
「もっと踊ろうぜ。」
私と彼の足は交差する。どんどんお酒が口の中に入る。足が勝手に動く。そう言えば、クラブなんて人生で一度も行ったことがなかった。36年間生きて。そしてバーとかも一度も行ったことがない。私にとって新鮮な経験だ。旦那と踊るような踊りとは違う。
「この後、ホテルに行かないかしら?」
「もちろんだ。」
私はルイに抱きついてキスをした。旦那じゃ感じられない口づけ。彼は私のペースに合わせてくれる。旦那と私では主導権がある。主導権を取り合うこともなく常に旦那が主導権を握っている。
「一緒にベッドに行こう。」
お互いの体が触れ合う。触り合ったり、こすり合ったり。とても快感を感じる。旦那の時に感じられなかった快感を感じた。でも何かが物足りない。性的快感はあるのに。そうだ。ベルナールが足りないんだ。でも今は彼が私のことを満たしてくれる。
「痛くない。」
「全然痛くないわ。とても最高な気分だわ。」
「良かった。」
ルイは私を強く抱きしめた。お互いの声が響く。快楽の連鎖反応だ。
「オディール。」
「ルイ。」
暗闇の中お互いの名前を呼び合う。そして2人だけの密会は終わり、ホテルで寝た。