結婚生活
フランス、リヨンに上流階級の夫婦が住んでいた。そう、私とステファン。
ベッドの上で寝ていると夫のぬくもりを感じる。夫の名前はステファンと言う。
「オディール、大好きだよ。」
旦那に求められるといつも旦那が求めるようにする。私がどうしたいか考えたことはない。
「オディール、オディール、オディール。良いよ。」
体を動かしながら私の方を見てずっと私の名前を呼ぶ。こう言う行為も最近になって少なくなったような気がする。
「ステファン、今日は何時に帰って来るの?」
「7時に帰って来る。」
旦那が何時に帰ろうがどうでも良い。私は旦那を愛していないのかもしれない。そんな自分に羞恥心や罪悪感を抱くこともない。しかし夫婦でいることは何があっても避けられない。世間は私達のことを金持ちでかなり幸せな夫婦だと。表面しか見ていない連中からしたらそう言うふうにしか見えないだろう。
「奥様、朝食の時間です。」
メイドの1人エリーズによって料理が運ばれる。どんどん料理がテーブルに並ぶ。
「エリーズ、ちょっと来て。」
「奥様、どうされましたか?」
「料理の中に虫が入ってたんだけど?どう言うつもり?それも2日連続私の食事だけに。」
「私は虫を入れたつもりなんてありません。奥様が虫を自ら引き寄せたんじゃないんですか?」
「メイドの分際でなんて態度なのかしら?あなたのようなメイドは必要としてないのよ。」
「オディール、やめろ!彼女はわざとやってないと言ってるだろ。」
ステファンが止めに入る。
「彼女のことをかばうのね?」
「そうじゃないだろ。誰にでもミスが有るって言いたいんだ。」
「ミスじゃなくてきっと故意にやったものよ。怖いわね。こんなメイドがいるなんて。」
「私も怖いですわ。こんなに疑い深い女性が家にいるなんて。いつかそこにあるナイフでさされそうわ。」
「誰のことを言ってるのかしら?」
「さあ誰でしょうね?もう分かってるんじゃないんですか?奥様!」
メイドのエリーズは私にだけ嫌がらせをして来る最悪なメイドだ。彼女の嫌がらせは今に始まったことではない。雇われてからずっとあんな感じの態度だ。
「早く食器を片付けなさい。」
「かしこまりました。」
エリーズは無表情で食器を片付ける。
「エリーズ、いつもありがとう。」
旦那がエリーズのことを気に入ってるので彼女を辞めさせることなどない。私に彼女を辞めさせる権限などない。彼女がわざと食器を乱暴に扱う音が鳴り響く。とても不愉快だ。
「奥様、以前失くされたイヤリング発見しました。」
初老のメイドポレットがイヤリングを私に渡した。
「ありがとう。」
エリーズ以外は嫌がらせとかは特にすることはない。しかしエリーズの嫌がらせは皆放置している。逆らうことをすればステファンに解雇されかねないからだ。
「ステファン、私にアクセサリープレゼントしてくれないかしら?」
エリーズが旦那にねだっている姿を見た。それも今に始まったことではない。前からずっとだ。だけど私はあの女ごときで嫉妬するような女ではない。旦那に対しては嫉妬すると言う感情を抱いたことはない。彼の望む妻としての役目を果たしているだけだ。
「ポレット、庭の掃除をしてくれないかしら?」
「かしこまりました。奥様。」
「それが終わったら。庭の配置替えをお願い。」
ポレットはエリーズと正反対に私に順従だ。言うことなら何でも聞いてくれる。
「奥様、これはどうされますか?」
「もう必要ないから捨ててちょうだい。」
「かしこまりました。」
「それとエリーズのことをバレないようにぶん殴ってくれないかしら?」
「かしこまりました。」
警察沙汰にならないことなら何でも聞いてくれる。私に一番順従なメイドだ。
「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。わたしたちの主、イエス・キリストによって。アーメン。」
私の家系では必ず行わないといけない儀式だ。もちろん旦那の家系もカトリックだ。私は厳格なカトリックのふりをしている。自分の立場を保つために。心から神に感謝したことなんてない。私にとって家系の信仰からの離脱は立場や歴史の損失だ。心の中でどう思ってようがずる賢く演技をしなきゃいけない。私の本質は無神論だ。都合の良い信仰なんてあったら今ごろ内戦してる国や世の中で起きてる犯罪の数々なんてとっくになくなっている。そもそも罪人でも救われるように出来ているのだから。信仰は社会の特権階級として生きる道具としてくらいしか思ってない。神が存在してるのなら嘘つきとして地獄送りになっているだろう。神なんて全く信じてないのに信じているふりをする演技をすることを私はまだ懺悔したことはない。私は神という虚構の存在からしたら大嘘つきに違いない。だって私は現世が得なら何でも良いし、来世が確実にあるかなんて考えるほど馬鹿じゃない。死んだ後のことじゃなくて今どう生きてるかに重点をおいてる。生き残るためには時には嘘つきにだってなる。どうせ全員骨になって死ぬのだから。死んだ後のことなどどうでも良い。信仰心のある演技をすれば良い。
「エリーズ、作業は進んでるかしら?」
ポレットがエリーズに声をかける。
「ちょっと顔を洗って来たほうが良いんじゃないかしら?」
「そうね。」
エリーズは洗面器に顔をつける。そしてポレットは変装して、背後から彼女を2回ほど殴った。
「誰よ!誰なの!」
エリーズはすごい剣幕をあげた。
「最近おかしなことが続くはあの女の仕業かしら。」
「エリーズ、どうしたのかしら?」
「ポレット、後ろから突然わけもなく殴られたのよ。こんなことするのここの奥さんに違いないわ。」
「奥様なら書斎で読書をされてますわ。」
「それなら誰かがあの女に頼まれて殴ったのよ。そうに違いないわ。最近あからさまな嫌がらせが続くからあの女の仕業よ。ポレット、あんただけはそんなことしないと信じてるわ。あとのメイドは信頼するにあたらないけど。」
ポレットはエリーズや他のメイドやステファンからも信頼を勝ち取っている。私はポレットのその信頼を利用してエリーズが辞めたくなるように仕向けている。しかしあの女はそんなことじゃ辞めないしぶとい女だ。しぶとさは私と一緒だ。
「ポレット、例の件ありがとう。」
「お礼を言うほどのことではありません。私は旦那様や奥様の言うことなら何でもしますから。」
私にとってものすごい都合の良いメイドだ。
「エリーズ、相変わらずしぶといネズミのようね。」
「それは奥様なのでは?嫌がらせの数々奥様が仕組んだことって知ってるんですよ。それでは私は作業に移りますので。」
この豪邸は表向きはキラキラとしてるが中に入れば陰湿さの溢れる場所だ。
「今度、奥様のお母様方来ると聞きましたが特に料理の希望がなければこちらで決めますが。」
1人のメイド、マリアが私に声をかけた。
「マリア、待ってちょうだい。母の友達の1人が菜食主義なの。だからその人に料理を提供する時、必ず気をつけて。デザートはハチミツの入ったものも駄目。菜食主義に見合ったスイーツを作りなさい。」
「具体的にどう言うスイーツがありますか?」
「それならマフィンでも作りなさい。何を使うのかはちゃんと考えてちょうだい。」
「かしこまりました。」
義母が私のもとにやって来た。
「オディール、元気かしら?」
「ああ、元気よ。今日は小説の続きを読んでいたわ。フランス文学は私達の国の誇りね。」
「それは良かったわ。新しい映画も今度うちにおくつもりなの。だから書斎に新しくテレビを置こうと思ってるのよ。」
義母と義父とは共同生活している。
「小説読んでくれる人で良かったけど、ステファンに息子や娘がいたらもっと良いわね。いつかそんな日が来ると良いわね。」
心奥底では義父母は不妊症の私を一家のお荷物だと思っている。私も不妊症になりたくてなったわけではない。
「早く孫の顔を見たいわね。」
私も36歳と言う年齢。子供産む為に色んな治療やセラピーを受けたが、子宝には恵まれなかった。かつては子供を欲しいと思っていたが、今となっては子供を望まなくなった。子供を望めないし望もうとも思わない。ステファンが帰って来る。
「オディール、待ち遠しかった。」
彼は私にキスをした。私は待ち遠しかったかのよう演技をした。
「オディール、話があるんだ。」
「何かしら?まさか外に女でも出来たのかしら?」
「そんなつまらないことは言わない。お前が何度も子供を授かろうと努力してるのは知ってる。だけどどうあがいても俺達は子供を迎えることは出来ない。だから養子を迎えたいと思うんだ。」
「今まで不妊症を私にせいにしてて今さら優しくするのね。」
「いつ俺がそんなこと言った?君に協力してやった。これ以上なにを求めるんだ?終わったことをいつまで掘り返すんだ?今を考えよう。そんなにネガティブにならないでくれ。」
「あなたが私にしたのはお金を出すことだけでしょ。私を悲観的にしたのはあなたよ。」
「オディール、お金だけじゃない本当に君との子供を望んでいたんだ。今度説明会に行こう。」
「あなたと数年過ごして子供を欲しいと思う気持ちが下がったの。養子縁組は考えてないわ。」
「君はいつまでも若くない。女性は男性よりも寿命が長い。その時に看取ってくれる子供がいたほうが良いだろ。誰にも看取られないより。年をとったら子供の助けが必要なんだ。」
「何それ?自分達の老後のために子供を作るつもりだったの?バッカみたい。子供を老人お助けロボットかなんかだと思っているのかしら?」
「そうじゃなくて、君は将来のことを考えられてない。もっと現実を見るべきだ。」
「現実とは十分向き合ってるわ。向き合った結果がこれよ。」
「とにかく説明会に行こう。今度は俺に協力してくれ。」
きっと義両親に子供を急かされたのかそれともステファンの強い意志なのだろうか。私は欲しいなんて思わないけど、ここで生き残るにはそうするしかない。抗えない妻としての役目だ。
「ステファン、よくよく考えたけど説明会に行くべきだと思うわ。産むチャンスがなくても、子供を迎えるチャンスは私達にはある。」
「ハニー、ありがとう。」
私達はキスをした。彼とのキスは何だか作業をしているかのようなキスだった。時々そんな自分を妻というロボットじゃないかと感じてしまう。
「スノー!良い子ね。」
この別荘にいる唯一のペットだ。白くて雪のような感じなのでスノーと名付けた。顔の整った雄猫だ。スノーにはパートナーと無縁な人生を過ごして貰う。とっくに去勢してある。
「スノー、愛してるわ。」
彼のことを優しく抱きしめる。
「マリア、スノーにちゃんとご飯をあげたかしら。」
「もちろんです。私の管轄なので。」
「それなら良かったわ。くれぐれも忘れないで。」
「かしこまりました。奥様。」
スノーから私は遠ざかる。そしてエリーズと無言ですれ違う。
「エリーズ、掃除は終わったかしら?どうやら私のことで頭いっぱいだって聞いたけど。」
「奥様、そんな簡単なこととっくに終わらせているので。私はお金出して誰かに何かしてもらう生き方はしてないですので。奥様、心配なさらないでください。」
「さっきまで私の名前出して錯乱としてたからちょっと心配しただけなのよ。何か変なもの食べたか知らないけど、誰かに嫌がらせ受けて罪のない人を疑って取り乱すとは思わなかった。貴方らしくないわ。」
「私は用事があるのでここで失礼します。」
立場が悪くなったのか早歩きでその場を去った。
「あー、ムカつく!あの女!一言一言がムカつくのよ。あんな女は札束しか価値のない女よ。」
ポレットはエリーズの愚痴をいつも聞く。彼女は彼女に対して何も言わない。
「そろそろ寝る時間だから私の部屋を出て。エリーズ。」
ステファンは3人のメイド一人一人に部屋を与えている。メイドがこれ以上増えても分け与える部屋はまだある。子供を迎え入れてもちゃんと子供の部屋も確保してある。うちはそれほど広い豪邸なのだ。
「ハニー、出かけよう。」
旦那と一緒に養子縁組の説明会に言った。説明をずっと聞いた。義両親は2人で旅行に行ってる。全員が留守の間は3人のメイドに全てを任せている。もちろん私の部屋の掃除はポレットにお願いしてる。エリーズは私が厳重に保管してるアクセサリーの数々を盗む可能性があるからだ。
「ハニー、何を考えてるんだ?」
家に帰って旦那と寝室で抱き合っていた。
「この寝室のことよ。何だか新しく絵を飾りたいと思うの。だから今度一人でギャラリーに行っても良いかしら?」
「もちろんだ。金は出してやる。好きな絵を見つけろ。」
「ありがとう。大好きよ。」
暗闇の中で旦那との重なり合った。