引越しと受験
三題噺もどき―ごひゃくごじゅうなな。
窓から入り込む空気が冷たい。
曇り空なこともあってか、今日はずいぶんと寒いようだ。
パジャマのままでいると手足が冷えて仕方ない。寒い言いながら半袖を着ている。
かと言って着替える気にも靴下を履く気にもならないんだけど。適当にひざ掛けでもかけて居ればいいのだ。
「……」
自室のクローゼットから、お気にいりのイルカの柄のひざ掛けを引っ張り出して肩にかけている。ブランケットでイルカ柄ってあんまり見なかったから衝動で買った。色も水色基調なのでかなり気に入っている。
「……」
靴下はあまり好きではないので、履きたくない。家の中では基本裸足がいい。
しかし寒いのは寒いので、今度どこかで冬用のスリッパでも買って来よう。もこもこのやつ。去年使っていたのがあったと思っていたのだが、どうやら捨てたようだ。どこにも見当たらなかった。
「……」
部屋にある机に向かい、何をするでもなくパソコンとにらめっこをしている。マウスを使いながら、画面の中を動かし、うんうん心の中で唸っている。
適当になにか動画でも流そうと思ったのだが、どうにも最近飽き気味で……これでも妹に勧められて新しい動画を見るようになったはずなのだけど、限度がある。
「……」
適当にクリックして流しては止め、別のものを見ては途中で止め、を繰り返している。
そんなことをしている暇があるなら、別のやるべきことをやれと言う感じだが。
そのやるべきことをやる、気力を起こすためにこうしてやっている。
……とまぁ、言い訳じみたことを言い聞かせながら何もできずにいる。
「……?」
なんだかなぁと、さすがに画面を見続けるのも疲れてきて、集中が途切れたあたりで。
外から物音が聞こえた。車が止まる音というか、トラックポイ音がする。
今日なにか荷物でも届く予定だっただろうか……最近母が通販に目覚めたのか、便利なのをいいことにあれこれ頼んでいるみたいだが。
「……」
トラックの後ろがあくような音がしたと思い、チャイムが鳴るかなと思ったがそんなことはなく。しかし車が動いた音も一向にしないので、何だろうと気になってくる。
自室からは道路の様子は見えないので、今は誰も居ない妹の部屋の窓から覗きに行く。
「……」
肩にかけたひざ掛けが落ちないように手で押さえながら、立ち上がり、部屋を出る。
2,3歩あるいて妹の部屋のドアを開け、道路側に面している小窓を覗く。
「……」
あぁ、なるほど。
狭い住宅街の道路に、引っ越し業者のトラックが止まっていた。
どうやら、お引越しのようだ。荷物を載せているので、こちらからどこかに行くのだろう。
「……」
へぇ、この時期に引越しかぁ。珍しいような気がする。そうでもないのかな。
だってもう年末に向けて世間は動いている。
あぁ、でもその年末を新居で迎えるためにとかなら分からなくもない。どこに引っ越すのかは知らないが。
「……」
そういえば、私の三度目の引越しもこれぐらいの時期だった気がする。何ならもっと遅かった。12月とかにしなかったか……。記憶が曖昧だが、受験の時期だったのは覚えている。高校受験……か大学受験どちらか。忘れた。
「……」
しかし、そう考えると、受験生を抱えているその時期に引越しをすると言うのは、なんというか当人にとってはたまったものじゃないかもな。
人生の分岐点手も言える大事な時期に、それまで整えてきた周辺の環境が崩れるのは……リスキーな気がする。
「……」
まぁ、私はそんなに敏感な方ではないと言うか、正直言うと受験勉強というのをちゃんとした記憶がないので、そこまでだった。それでもそれなりの成績ではあったので、教師に心配されることも親になんだかんだ言われることも塾に行ったりすることもなかった。それはまぁ、金銭の問題もあるけど……金銭の問題でしかないか。失言かもしれん。
「……」
こういうのを言うと気分を害する人もいるかもしれないが、我が家の人間、割と勉強をちゃんとはしていない。1人目の妹はそれなりにしていたが、良くも悪くも真面目なのだ。2人目の妹は私と同じぐらいかそれ以上に勉強していない。その癖にいい方にいるから周りからそういう風にみられる。良くも悪くもここでも、器用貧乏が発揮された障害だろう。
たいしていいことでもないので、自慢にもならないが。
「……」
今引越しをしているあの家に、受験生がいるかどうかなんて知らないが。
居たらなんとなく可哀想かもな、なんて思ってみる。
自分には関係ないので、どうでもいいのだ。
「……」
しかし、引越しかぁ。あれはなかなかに面倒なんだよなぁ。
箱に詰めたり、いらないものを捨てたり。
「……」
いや、ほんと。
受験の時期によくそんなことしてたな。
お題:引越し・崩れる・イルカ