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スパイのお手並みと決戦準備

 アグラートは動けない状態なのが信じられないほど街の事情に精通し、忍たちのことも調べ上げているようだった。

 その上でアグラートが提案してきたのは一度死んだことにして別人として忍たちに帯同することであった。

 足が不自由な設定のまま旅をするのは難しいという判断である。


 本来なら毒を抜くのに一週間ほどかかる予定だったが、忍の【リムーブポイズン】によって体内の毒は消滅、現在は部屋の中で足を動かして慣らしている。魔法って便利。


 肝心の死に方だが、クラゲの討伐のついでに殺されるという筋書きを提案された。

 クラゲはガスト王国の組織とは別口であり、アグラートの方でも正体を探っていたようで、忍の気づいたことをアグラートに伝えると正体がある女性に絞られた。


 その女性はカーラという冒険者ギルドの受付嬢らしい、あのフェリスと仲の良いバカーラである。

 バカとカーラを足してバカーラ、気づかなかった。


 「強化魔法をかければ問題ないですね。王よ、クラゲ討伐にフェリスを雇ってください。わたくしが殺されたように見せかけます。」


 「具体的には?」


 「教えないほうがいいでしょう。フェリスを手に掛けるようなことはございませんのでご安心を。」


 ちなみに会計士はただの小悪党で殺したほうが面倒になるとのことだ。


 「みなさん、持ち物は絶対に確かめましょう。」


 そういってアグラートが鞄の表の皮を外すとその下にはダガーやらピッキングツールやらよくわからない道具、果ては組み立て式の短弓までがぎっしり詰まっていた。

 ちなみに普通に開けても中には着替えしか入っていない。

 アグラートはそれらの中から必要なものを服の中に収納していったが見た目は全く変わっていなかった。


 「盗賊ギルドから持ち出したものを見せていただけますか?」


 忍が底なしの指輪から戦利品を取り出すとアグラートが呪文を唱えはじめた。


 「万物に付与されし力を見抜け。【サーチエンチャント】」


 唱え終わったアグラートはいくつかの武器と防具を脇に避けた。


 「お金は使用できますので、フェリスを雇うのにお使いください。こちらの武器と防具には【ナビゲート】が付与されているようですので捨ててしまいましょう。襲撃がなかったということは盗賊ギルドの付与魔法使いはこの街にいませんね。」


 「底なしの指輪の中にあっても追跡されるのか?」


 「いいえ、しかしこの場で一度取り出したと聞いております。」


 たしかに忍の指輪に移し替える時に一度取り出していた。

 アグラートはテキパキと要点をチェックをしながら準備を進めていくが、考えてもいなかったような話が山ほど出てくるので、忍は素直に聞き入ってしまっていた。

 山吹と鬼謀は感心しつつも次々に出てくる見落としの多さにダメージを受けていた。


 「では、アグラートに戻ります。いくつか欲しいものがあるのですが、購入して頂いてもよろしいですか?」


 「わかった。連れて行けばいいな?」


 アグラートは車輪付きの椅子に座ると仮面を被り忍に返答した。


 「は、はい。いろいろ、ほしいです。」


 一瞬でアグラートの雰囲気が変わる。

 忍の目の前の椅子に座っていたのはいかにも気弱そうに肩をすくめた、年相応の女の子だった。




 さて、善は急げということでアグラートを連れて二度目の外出となった。

 悪巧みなので善ではないのだが、準備は早いほうがいい。

 山吹も鬼謀もアグラートを訝しんでいて、当然のようについてくる。

 さらに二人がどうしてもと言い張ったので烏がアグラートの肩に止まっていた。


 まず、近くの雑貨屋に寄る。

 店が狭いので山吹がアグラートをお姫様抱っこした、探していたのはジャムや香辛料などをいれる小さな壺だ。

 それをなぜか十個も買っていた。


 服屋では袋などに使うような安くてゴワゴワした布と服を作るための布を何種類か。

 魔法屋では精霊の壺を一つと従魔の証を三つ、従魔契約用の魔法陣の紙を買おうとしていたので止めようとすると、それがいいのだという。


 「お屋敷のと、おなじなので。」


 『僕、怪しいやつの分なんて作る気無いよ。』


 『な、仲良くな。』


 鬼謀たちとアグラートの溝は深いが、なんとかうまくやってもらいたい。

 店を回りながら欲しいものはないかと聞いてみたのだが。


 『主殿の安全ですね。』

 『旦那様の命の保証。』

 


 『うん、嬉しすぎて何も言えない。苦労をかける。』


 色んな意味で涙が出そうになった。 主人冥利に尽きるというやつか。


 カーネギー屋で店主にカーネギーがほしいというと店の裏の飼育小屋のようなものに案内された。

 大きいウサギ小屋の天井を高くしたような掘っ立て小屋にはかなりの数のカーネギーがいた。

 眠っているものや元気に飛び回っているもの、とまり木にも数が並んでいるため忍は電線に並ぶ雀を思い出した。


 「その鳥と兎、カーネギーが怯えるから外で待たせといてくれ。」


 店主に言われてそうしようとすると山吹がアグラートを抱えて小屋の扉の横に陣取った。


 『旦那様が選ぶんじゃないんだし、先生だけでいいでしょ。』


 たしかにそうかと店主に声をかけ、忍は小屋の外で待たせてもらう。

 鬼謀の舌打ちが止まらないので小屋の中から漏れ聞こえてくるちいさな声に聞き耳を立てる。


 「カーネギーは昼に生まれれば昼に飛び、夜に生まれれば夜に飛ぶんだ。お嬢さんはどっちのカーネギーがいい?」


 「その、ご主人様にお許しいただければ、どちらも…。」


 「お嬢さん…人生長いんだ。いいこともあるさ。あんな黒マントで腹のでてる成金なんぞすぐ死ぬに決まってる。」


 「ありがとう、ございます。でも…」


 「気を強く持って頑張れな。餌はおまけしてやるから。鎧のあんちゃん、守ってやれよ。」


 山吹も一緒にいるのに店主は完全に忍が悪いと決めつけたようだ。

 会話全てを聞き取れた訳では無いがなんか腑に落ちない。


 『相槌うってるだけで店主がどんどん勘違いして旦那様が悪徳奴隷商って話になってきてるね。』


 「マジか。」


 『感心してる場合じゃないよ、いいの?』


 「まあ、太っているとはそういうものだからな。何が必要かわからないし、放置だ。」


 物語の中のスパイは仕込みが物を言う。

 噂やら人の行動やら天候やら、果ては偶然さえも味方につけて暗躍するのだ。

 忍者とも通じるものがあるのだが、アマチュアの忍と違い専門訓練を受けたプロであるアグラートがどんな計画を描いているかはわからない。


 「お手並み拝見ということで。山吹もただのやり取りじゃないと感じてるから私に聞いてこないんじゃないか?」


 『先生は旦那様が身内だと宣言してなかったらとっくに突っかかってるよ。兜の中で眉毛がピクピクしてるし。』


 鬼謀がいつの間にか取り出した片眼鏡で小屋の中を観察している。

 そういえば透視ができるんだった。

 鬼謀を頭からおろして手元で抱き、小声で注意しながら撫でる。


 「また覗きがどうと言われるぞ。離れているんだから気にするな。」


 『会話だけ耳に入ってくるから気になるんだよ。なんかもうカーネギーは選び終わってるのに店主がめっちゃ話してる。エロオヤジは自分だろ。』


 小屋の奥でエロオヤジと言われてるのか、悲しい。

 間違ってるとは言わないがもう少し山吹を気にしてくれ店主、その鎧、中身がいるぞ。


 ほどなくして二匹のカーネギーが入った籠を下げた店主とお姫様だっこされたアグラートが戻ってきた。

 山吹の表情は鎧の外からは伺いしれないが、とりあえずはお会計である。


 もちろん選ばれた二匹とも買う、餌と大きめのカゴを合わせて金貨二枚を支払い、アグラートに抱えさせた。

 店主の忍に対する視線が若干厳しい気がするのでこの店はもう利用しないようにしよう。


 「買ってくださって、ありがとう、ございます。」


 「どういたしまして。いいのがいたか?」


 「はい、かわいい、です。」


 アグラートの表情は伺いしれないが声色が笑ったように聞こえた。

 なるほど、仮面の向こうの顔を想像させればこんな芸当も出来るのか。


 「なに、か?」


 忍の反応がおかしかったせいなのか籠絡するためなのか。

 今度は不安そうな声色で聞いてくる。


 「感心したんだ。その仮面は私には使えそうにない。」


 忍が素直にそう答えるとアグラートは黙って顔を前に向けた。

 山吹が凍った路面で転びかけたので、途中から忍が椅子を押す係になった。




 数日後、アグラートの準備が整い、忍はフェリスに依頼をする。

 食堂の個室を提案したらフェリスは相変わらず嫌な顔をしていたが、アグラートに関わることだというと渋々ついてきた。

 この部屋には忍とフェリスと千影だけだ、忍の代わりに千影が内容を説明する。

 普通の人が相手でも嘘がバレバレな忍だ、作戦の詳しい内容はアグラートと千影に任せて何も聞いていない。


 「アグラートに、なにしたの。」


 「あーいや、そのー。」


 そうなんだよなぁ、ここが否定できないんだよなぁ。

 否定できないならフェリスも納得できないよなぁ。


 『忍様は何もしていません。』


 「だったらそういえばいいでしょ!」


 『言えない事情があったのです。』


 「……どうせ、無理やり、その…。」


 『アグラートが暗殺者に狙われています。相手はクラゲと呼ばれているようです。誰が味方かわからないので話すのを控えていました。』


 なるほど、情報をつかめていないということを逆手に取るつもりなのか。


 『どういうことを想像したか知りませんが、夜の営みのことを言っているのなら全くの勘違いです。忍様は女より風呂と食事がお好きですので。』


 「千影さん?!」

 「はああぁぁ?!」


 忍とフェリスが同時に声を上げる。

 間違ってない、間違ってないがそれ直接すぎんかね。

 唐突にぶっこんできた千影は意に介さず話を続けた。


 『忍様のお陰で手口の予想はついているのですが、潜伏場所や相手が誰かはわかっておりません。明日から宿を変えて滞在するので一週間ほど泊まり込みで護衛をお願いしたいのです。』


 「え、そのまま続けるの?……なんで一週間?というか情報収集ならあたい得意分野よ?」


 『クラゲという暗殺者は忍様と因縁のある相手なのです。賞金首なので忍様も千影も自らの手でと考えております。』


 フェリスは少し考え込むと眉間にシワを寄せたり歯を食いしばってみたりと百面相をしている。

 やがて頭をガリガリと掻いて忍を睨みつけた。


 「依頼、受ける。あと、技を使ったのはやりすぎだった、ごめん。」


 「いや、気にしないでくれ。怒りたくなる気持ちもわかるから。怪我ももう治ったし。」


 納得いかないようでぶすっとしているものの依頼は受けてくれるようだ。

 

 『忍様、左手に布を巻いていたのはフェリスに怪我をさせられたからでしょうか。』


 ヤバい、千影に言うとまずいと思って黙っていたのに。

 頭に響く声が低く冷たくなった気がする。


 「千影、もうなんでもないし大丈夫だから。な!フェリス、大したことなかったよな!」


 「え、あれは割と死ぬよ?!」


 「アッ。」

 『ほう。』


 「にゃ?!なんか黒いのが這い上がってー?!」


 「……千影さん、加減はしようね。」


 フェリスの自爆はともかく、これで準備は整った。

 決戦の地はスキップの予約した宿、レッドサロンである。


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