特級冒険者と報酬の魔術書
冒険者ギルドは閑散としていた。
いつもの活気は見る影もなく、五つある受付も現在は一つしか稼働していない。
「じゃーおじさんたちはちょっとまっててね。あたいは報告してくるから。」
「帰りたい。」
「スワン、見張っといてー。」
「えっ?!」
フェリスは言うが早いか個室のある方へ行ってしまった。
スワンはオロオロしているが、困らせるのもあれなので大人しく椅子に座る。
三人掛けの椅子も忍と山吹が座ると二人でいっぱいなのでスワンに席を譲ろうと忍が立ち上がると山吹も立ち上がった。
最終的に三人とも待合で立ちっぱなしという奇妙な集団になってしまったので、帰ってきたフェリスに大笑いされた。
個室のある廊下の奥の扉の先に二階に繋がる階段があった。
階段の先はギルドのバックヤードのようで、階段を上まで上がってすぐのところに他のものよりも装飾の豪華な扉があった。
「大体のギルドで個室の先の階段の上にある豪華な扉がギルドマスターの部屋になってるの。ノックしてから入るように、覚えといてね。」
フェリスがそういうと部屋をガチャリと開けて忍たちを招き入れた。
そこには痩せぎみでスキンヘッドの男が机に山のように積まれた書類と格闘していた。
傍らには力を入れすぎて破損したのであろうガラスペンが数本落ちており、鬼気迫る勢いで書類に向かう。
忍はどこか見覚えのある男を凝視してしまうが、男は書類に必死で気がついていないようだった。
「マスター黒狼の魔術師を連れてきたよー。マスター。ハゲー。」
「誰のせいでハゲてると思ってるクソ上司があぁ!!…………はっ。」
なんだか胃薬を常用してそうなギルドマスターである。
「マスター、こちら黒狼の魔術師、忍さんだよ。」
「……申し訳ない、取り乱したね。スーパーノヴァの冒険者ギルドマスターをしている、プレパラートだ。長いから好きに呼んでくれ。」
「ぷれ、ぱらーと、さんですね。はじめまして、忍です。」
なんだろう、マクロムは宇宙だけじゃなくて理科も好きだったのかな。
「早速なんだが時間がなくてね。手短に説明しよう。忍さんは冒険者の中でも有数の実力の持ち主と認められた。よって、特級冒険者として登録させてもらうことになった。」
「上級ではなく特級冒険者ですか?!」
「にゃはははははは!!」
忍の頭に疑問符が浮かぶ、何の話か全くわからない。
スワンはなんだか驚いているようだがフェリスは腹を抱えて爆笑している。
混乱している忍を置いてプレパラートは話を進めた。
「魔法と同じく冒険者には初級、中級、上級という階級が存在する。しかしこれは上級以上の冒険者にしか開示されない情報だ。ほとんどの冒険者は中級以下だからな。上級冒険者は全体の上位一割にも満たない。強いだけではなく問題が少ないという点も加味されるからだ。」
「上級は掲示されていない高難度依頼やギルドの待遇が良くなるのですが、大昔に全てを開示して階級制にしたところ冒険者同士の殺し合いが多発したようで現在は非公開とされています。」
スワンがプレパラートの説明を補足してくれる。
忍はついていくのに精一杯だがプレパラートは待ってくれない。
「上級以上の冒険者は会員証を受付に渡すと秘密裏にギルドマスターに通達が行き直接ギルドマスターに情報開示を求めたりすることもできる。上級の詳しい説明はスワンさんに任せよう。忍さんはさらにその上の等級、特級となる。」
「特級ですか。」
「うむ。特級はギルドマスターと同じ権限を持ち、秘匿情報を含めた冒険者ギルドの集めた情報を提供してもらうことができる。依頼書をタダで掲示できるし常に四割引きで買い物もできる。」
なんだろう、既視感がある。
そうだ、フォールンにはじめて会ったときだ、メリットばかりを並べ立てられて騙されているような感覚。
ものすごく居心地の悪い感じだ。
「なんだか色々言われていますが、条件はないんですか?」
「……では、他の特典は時間があるときにでもどこかのギルドマスターから確認してくれ。条件はほぼ無いも同然だが。一つだけ。冒険者ギルドの不利益になることをできるだけしないでくれ。」
「んんん??」
それは、なんというか。
ギルドの所属していれば当たり前のことな気がするのだが。
「問題が起こりそうなら先に連絡をしてくれれば便宜を図れることもある。規格外の力を持つ相手に対して頼むから問題を起こしてくれるなというお願いをするための階級、それが特級なのだ。」
「んんんんん?!!」
まて、冷静になれ。
なんでそんな話になってるんだ?
なにかバレたのか?
『ついに忍様の偉大さがわかるものが現れたということですね。』
『おめでとうございます、主殿!』
絶対違う、厄介者に対する物言いだ。
「えっと、私が規格外だなんて何でそんな与太話が……?」
「……ドラゴン種、まあ竜が目撃された後、街は封鎖され各地への連絡はカーネギーを使う従魔術師に一任されていた。その中のひとりがある夜、大魔術を目撃したのだ。」
「ごめんなさい、わかりました。すいませんでした。」
従魔術師恐るべし、というかカーネギーって夜でも飛べるんだね。
「にゃはは、それで特級かー。どんな魔術?」
「風と雷とのことだ。」
「え、え、あれ?忍様は確か水魔法使いとおっしゃっていませんでしたか?」
「掘り下げないで。また一つこの監視社会の恐ろしさが身にしみてるから。」
うう、どこで誰に見られているかわかったもんじゃない。
たしかにあれだけ大規模で目立つならそういうこともあるよな。あるよなあ。
落ち込んでいる忍を気にせず、あくまで事務的にプレパラートは説明を続ける。
「最後に、冒険者に階級が存在するのは秘密だ。広く知られれば争いの種になりかねない。よって上級や特級の冒険者は横のつながりを作るのが困難だ。フェリスとスワンはどちらも上級なので、もしパーティを組むのであっても足手まといにはならないだろう。いざという時に仲間がいるというのは心強いものだ。大事にすることを勧める。以上だ。」
プレパラートは机の中から忍の新しい会員証を取り出した。
会員証は何も変わらない普通のものに見えるが、中身が変わっているのだろう。
視線を戻すとプレパラートはまた黙々とガラスペンを走らせる書類仕事に戻っていた。
「ギルドマスター、国内の書類の最終確認をするんだってさ。ぜーんぶ。」
「いつでもあの調子なので心配ですわ。仕事をはじめるとまわりの声も全く耳に入らないようなんですの。」
「それにしてもフェリスの呼びかけ方はひどくないか。」
「にゃはは。おじさんも色々気にしすぎるとこうなるよー。」
「……一生懸命やってくれてる人を、笑うなよ。」
忍の敵意を叩きつけるような声にフェリスの笑顔がひきつる。
忍は人付き合いが苦手だ、直前までにこやかに話していてもスイッチが入ったように怒りが湧いてくる。
フェリスにとってはいつものこと、なんでもない軽口だ。
おそらくなぜ怒りを向けられているかもわからないだろう。
ただ、忍はいつも通りにおどけたフェリスがなんだかギルドマスターを馬鹿にしているように見えた。
人の考えがそれぞれだというのなら忍のこの怒りもそのひとつ。
他者から他者への扱いだが、忍自身がやられていれば間違いなく腹を立てていたであろうことだ。
勝手にそれを他者に適用して怒ってしまった、これは余計なお世話というものだ。
「すまないフェリス。」
「……なにそれ。意味わかんない。」
ペンの走る音が聞こえる、空気は最悪だった。
忍たちはそのまま無言で従魔車に乗り、次の目的地であるオリオン邸に急いだ。
オリオン邸につくまでの従魔車で会話はなかった。
フェリスと忍はお互いそっぽを向いており、スワンは場の空気が重すぎて言葉を発せないようだった。
千影も山吹も一言も発さず、門の前について御者が扉を開けると待ってましたとばかりにフェリスが飛び降りた。
忍はこの状況に既視感を覚えていた、どちらが悪いということがなくても自我があれば人は争うのだ。
今回は怒りをぶつけてしまった忍が悪い、しかし謝る以上の対応を忍は思いつかなかった。
「あの、忍様?」
「すみません、フェリスさんを気にしてあげてください。」
忍はスワンに先を譲ると山吹にも譲って自分は最後に下りた。
オリオン家の別邸は立派ではあったが、殺人事件があったせいかこの重い空気のせいか、なんだか不気味な雰囲気を醸し出していた。
通された部屋で待っていたのは一人のメイドと魔術師、そして車輪のついた椅子に座った女性だった。
椅子に座った女性は服装こそきれいなものだったが左手は肘の先あたりからなくなっており、顔にはつるりとした材質の真っ白な仮面をつけている。
椅子の背もたれににかかるような長い黒髪は、隣に立つメイドと同じ色をしていた。
「当家の主人から言付かっております。ようこそ忍様。スワン様もご一緒だったのですね、そちらのお嬢様は?」
「フェリス。」
「はじめましてフェリス様。皆様オリオン家へようこそおいでくださいました。わたくしは当家の使用人をまとめております。マハラトと申します。」
「お久しぶりです。マハラトもお元気そうで何よりですわ。」
スワンはマハラトと面識があるようだ。
「申し訳ございません。本日は魔術書の受け渡しのみということでしたので……スワン様、フェリス様、よろしければ別室で紅茶でもいかがでしょうか?」
「いえ、こちらこそ不躾な訪問になってしまい申し訳ございませんわ。本日は忍様の付き添いに過ぎませんのでおかまいなく。」
「それでは、済ませてしまいましょう。忍様、ご所望の魔術書です。」
そう言ったマハラトが忍の前に車輪のついた椅子を押してきた。
マハラトも椅子に座っている女性……おそらくはアグラートも本などは持っていない。
「魔術書をいただくことになっているはずなのですが、これは一体?」
「主人は魔術書の写しを渡せと、これが忍様のご所望の魔術書の写し、アグラートでございます。」
完全に想定外だった、忍は契約書を取り出して内容を確認するが、魔術書の写しを渡すと明確に記述はしてあるが、それが本だとは一言も書いていない。
「こちらで奴隷契約を行う魔術師もご用意いたしました。契約内容は忍様のお好きにとのことです。」
「ちょ、ちょっとまちなよ!人が魔術書の代わりってこと?!なにそれ?!」
「アグラートも了承しています。もちろん当家の用意した報酬にご不満とのことであればお断りいただいても構いませんが。」
「はああぁ?!」
フェリスが騒いでくれて逆に冷静になれた。
おそらくオンブルはアグラートが邪魔だったのだろう、フェリスの話では婿入り夫の妾の子で歩くこともできない状態だ。
そのうえフォンテーヌ殺しの容疑者でもある、フェリスの思いつく筋書きを近親者が考えていないはずがない。
しかし、オリオン家は悪徳貴族の家という感じなのだろうか、忍はとても好きに慣れそうにない。
「いいでしょう。契約内容は私への絶対服従、契約魔術は私がやります。これが終われば彼女は私のものですから、どう扱おうと自由となりますがよろしいですか?」
「は?!おじさんこのまま話進めるの?!」
「フェリス様、これは当家の主人と忍様の正当な契約です。お静かにお願いいたします。」
おそらくこのマハラトというメイドがアグラートの母親なのだろうが、これだけ言っても眉一つ動かさない。
フェリスは取り乱しすぎて今にもマハラトに殴りかかりそうだ。
『主殿、マハラトというメイド、かなり強いですね。フェリスを止めましょうか?』
『フェリスより強いのか。それは怖いな。』
『おそらく千影殿にも気づいております。気を抜かないでください。』
マハラトが只者ではないのはわかった、もしかして自分の娘を奴隷にするのもなにか意図があるのかもしれない。
それともただ髪の色が似ているだけで親子じゃないのか、わからない。
「アグラートさん、顔を見せていただけますか?」
アグラートは無言でのっぺらぼうのような仮面を外す。
左目から頬にかけてひどい火傷痕があったが、視線は忍を追っているので目は見えているようだ。
「足は歩けないだけですか?それとも感覚がない状態でしょうか?」
「……感覚、は、あります。」
「やっと喋ってくれましたね。奴隷になることは本当に了承していますか?」
「…はい。」
「魔法や魔術が使えて、それを私に伝えることはできますか?」
「……はい。」
『主殿、フェリスがそろそろ。』
『いざとなったら止めてくれ。』
振り向くと青筋を立てて毛を逆立てているフェリスの背中をスワンがさすって宥めていた。
さっさと済ませてしまおう。
「では、契約書類はこれで、魔法陣と…じゃ、はじめます。」
「な、はなして!この鎧、どこさわってるのよ!!しゃべらないくせに!!」
「フェリス!気持ちはわかりますが邪魔しちゃ駄目ですわ!」
後ろでなにか騒いでいるが、無視して儀式をすすめる。
心情的には最悪でも契約書もある合法な取引だ、それにここで下手に断ればこのアグラートという娘はさらに悪いことになりかねない。
「我と歩みを共にするもの、汝に従者の証を授けん!主たる我が名は、忍!汝の名は、アグラート!」
魔法陣はアグラートの首のうしろに現れた、黒髪に隠れてそんなに目立たないのが救いかもしれない。
「あー!最低!おじさんドへんたッ……」
「山吹様?!」
急に静かになった。
振り向くと山吹がフェリスを絞め落としており、スワンが右往左往していた。
『ご安心を、気絶させただけゆえ。』
『く、くれぐれも丁寧にな。間違っても殺すなよ。』
山吹の怪力を知っている忍は正直心配だったが、泡を吹いて寝かされたフェリスは呼吸しているようなので胸をなでおろした。仰向けは窒息するから横にしとけ。
「お引き渡しは以上です。これでアグラートは忍様の所有となります。」
「はい、今回はお取引いただきありがとうございました。アグラートさんの荷物などはありますか?」
「移動のための椅子とこの鞄のみでございます。それでは皆さまをお送りいたしましょう。」
もう帰りたい気持ちでいっぱいの忍はマハラトの案内に素直についていく。
山吹がフェリスを担いで玄関に向かい、スワンはその後ろを心配そうについてきた。
従魔車を用意してくれたのは助かった、スワンたちと乗ってきたものは四人乗りだったのでアグラートを乗せる余裕がなかったためだ。
先にスワンと気絶したフェリスをカシオペア邸に送り届け、忍たちは宿へ向かった。




