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貴族たちの事情とスワンの事情

 ニカとシーラはスカーレット商会の事務所で帳簿作業を手伝っていた。

 奴隷契約は無事に成立し、ゴラン、サラ、ファルの三人はシーラの奴隷ということになった。


 「はじめての実践が奴隷契約とはびっくりですウオ。」


 シーラは半ば呆れたようにそう話したが淀みなく詠唱を終え危なげなく魔術を発動した。

 契約書もゴランたちが用意したものなので特に問題はないはずだ。


 それからは商会の仕事を手伝いながら忍からの連絡を待っている。

 ビッグバンに帰ってきて数日だが、連絡待ちは辛かった。


 「まだかなー。」


 「ご主人様のことですから、心配ないですウオ。」


 「うん、でも、さみしいな。」


 「朝から手が止まるたびに言ってますウオ。」


 ちなみに白雷は雲を食べにお出かけ中である、それで発覚したのだがどうやらこのドカドカ雪は魔物が降らせているらしい。

 白雷が話しかけたが喋ることはできなそうだと言っていた。


 「忍さんのお水、のみたいな。」


 「もう少しの辛抱ですウオ。そろそろゴランさんたちも帰ってきますし、今日はここまでにしますウオ。」


 「はーい。」


 シーラは手伝いはじめて数日ですでに戦力となっており、ゴランとファルがその仕事ぶりに本当に商会で働かないかと勧誘していた。

 かなりの高待遇だったようだがシーラはにべもなく断っていた。


 ニカが時計を確認する、忍からの連絡が来るなら仕事が終わったこのくらいの時間だからだ。

 しかし、本日も忍からの連絡は来ず、代わりに毎日のように通い詰めてきている男がやってきた。

 すでに大武力祭の予選記事から尋ねてきた商人への対応はほぼ済んでおり、現在は事務所にゴランもいないので対応せずにお帰りいただきたいところなのだが、事務所の出入り口の外に陣取っていてなかなか帰りそうもない。

 どうやら忍や山吹と知り合いのようなのだがニカは見たこともないし、連絡も取れないため困っている。 

 確認が取れれば連絡すると宿の名前も控えてあるのだが、冒険者ギルドの依頼を受けているようで毎日直接確認に来るのだ。


 「タルドさんはゴランさんが対応しないとダメですウオ。」


 「でも、あそこに放置はちょっとかわいそうだよね。うーん。」

 

 お茶くらい入れてあげたいのだがニカもシーラも事務所から出ないように言い含められている。

 ニカは少し悩んだ後に温かいお茶を入れたポットとカップをカゴに乗せ、縄を取っ手に結びつけた。

 窓から体を乗り出してゆっくり下におろす、雪も積もっているので外はかなりの寒さだ。


 「よかったらどうぞー!」


 「あ……アザッス!」


 一瞬どこから声をかけられたかわからなかったようだが雪の上にカゴをおろしているニカの姿を見つけると大きな声でお礼を言った。

 ガリガリでちょっと怖い雰囲気の人だが、どうやら悪い人ではなさそうだ。

 一杯飲み終わる前にゴランが帰ってきて連絡なしと聞くと帰っていった。


 「ニカさん、ダメですウオ!例の精霊使いと鉢合わせでもしたらどうするんですウオ!」


 「ご、ごめんなさい。」


 そういえばアレもマクロムにいるのだった。

 最後の情報ではメテオライトに滞在しているようなのだが、移動手段を持っていないとも限らない。

 ニカはなんだか一気に心細くなって、シーラに抱きついた。

 シーラはニカの頭を優しくなでてくれた。

 忍からの連絡はまだ来ていない。




 「にゃははは!おじさん、なにそれ!」


 「寒いから。」


 翌日の待ち合わせ場所にフェリスはいつも腰に巻いている毛皮を着込み、マントを羽織って立っていた。

 忍も毛皮を着込む気でいたのだが山吹のフルプレートの下が湯着一枚なのを思い出して、フレイムフェンリルの毛皮を譲ったのだった。

 ビリジアンの決闘のときのように倒れられても困るので仕方ない。

 毛皮は加工に時間がかかるのでこれ一枚しか処理ができておらず、忍は緊急措置として加速装置を使うサイボーグのように首元に布を巻いていた。


 「で、どこに行くんだ?早く屋内に入りたい。」


 「まあ、友達のとこ?悪いけど少し歩くんだよね。」


 「従魔車とかないのか?」


 「貴族か!まあ貴族でも冬は乗らないけどね、事故るし。」


 忍側の参加者は山吹と姿を隠した千影だ。

 対するフェリスは一人で精霊の気配もない、なんだか複雑な裏道を抜けてたどり着いたのは割と大きめの屋敷だった。

 忍はフェリスの提案があったタイミングから竜絡みでお偉いさんに引き合わせられると予想していたが大当たりのようだ。

 屋敷の裏の門柵に刻まれた紋章はここがカシオペア家の屋敷であることを物語っていた。


 「おまちしておりまし……た?」


 「あ、お久しぶりです。えー…ピジョンさん。」


 「にゃ?知り合い?」


 あぶなかった。

 顔を見たら名前が出てきて事なきを得たが、彼女はビリジアンで出会ったスワンの従者だ。


 「ここではなんですので、中に。すでに皆様お待ちになっております。」


 案内に従って速やかにお屋敷に入る。

 しかし、皆様ということは一人じゃないのか。

 冒険者ギルド、騎士団、貴族、大穴が盗賊ギルドと考えていたが、複数の代表がいるのかもしれない。

 通された部屋では茶髪の高貴そうな身なりの男と真っ白な鎧を着た黒髪の若い男、そしてスワンが席についていた。

 真っ白の鎧の男は兜を取っているが、おそらくはヴォルカンだろう。

 あの派手な鎧が複数いるとも思えない。

 フェリスがなんでもない顔をして話し出す。


 「つれてきたよー。こちら忍さんと山吹さん。黒狼の魔術師と血まみれ鎧って言ったほうが早いかな?」


 「忍殿、山吹殿、お初にお目にかかる。オリオン家当主代理のオンブル・オリオンだ。」


 茶髪の男は忍たちに対して名乗るがその目は仇でも見ているかのように鋭く光っている。

 色々やらかしているが何か掴まれているのだろうか。

 ヴォルカンはそっぽを向いて忍に目を合わせようともしない、ゴードンと違って人の顔は覚えているようだ。


 「どうぞおかけになってください。わたくしはスワン・カシオペア、こんな再会に驚いてはおりますが、ビリジアンではお世話になりました。そちらの白い鎧の殿方はヴォルカン・ヘラクレス。わたくしたちは貴族三家の代表としてここに来ております。」


 ヴォルカンがフンと鼻を鳴らす。帰りたい。


 「この度は竜と話したという忍様の話をお聞きしたくてお呼び立てした次第です。忍様はどのような状況でそのようなことになったのでしょう。」


 「えー、うちの奴隷が暗殺されまして警戒をしていましたところ、そちらのヴォルカン様が貴族の暗殺犯として私達を捕らえると言い出しまして、散り散りに街の外へ逃げたのです。その時にたまたま遭遇してブレスを吐かれまして、命からがら生き残ったら話しかけてきました。」


 嘘は言ってない、昨日のうちに回答を練ったので淀みなく喋れたはずだ。

 三人の貴族の反応は三者三様だった。

 考え込むスワン、憤慨するヴォルカン、懐疑的な表情が全面的にでているオンブル。


 「嘘を付くな犯罪者め!お前がフォンテーヌ・オリオン様の暗殺犯であることは明白!」


 「なんでよ!どう考えても無理だってギルドからも報告が行ってるはずでしょ!」


 忍が釈明する前にフェリスがヴォルカンに反論した。

 この場で一騎打ちをしかねない勢いで二人が言い合っているが、内容は薄っぺらい子どもの喧嘩のようだった。

 ただ一つだけ、ヴォルカンは明白と言っているが証拠も動機もなにもないようで、むしろ往来で恥をかかされた私怨で忍を犯人と言い張っていることがわかった。


 「ヴォルカン殿、そのくらいで。スワン嬢、ペットの躾がなっていませんな。」


 「申し訳ございません、フェリスもそのくらいで。」


 ヴォルカンもフェリスも素直に引き下がる、これはかなり意外だった。

 オンブルという男はかなりの発言力を持つのだろう。


 「さて、暗殺事件はさておき、ドラゴンは複数のブレスを放ち、強大で屈強な体をもつ脅威である。討伐せねばならない。」


 「もちろんだ!騎士団の総力を上げて素っ首落としてやろう!」


 「わたくしは反対です。今日はそのために忍様の意見を聞きたく、お越しいただいたのです。忍様はドラゴンに勝てるとお考えですか?」


 二人の意見に対してスワンは討伐には消極的なようだ。

 忍は素直に意見を述べる。


 「マクロムがどの程度強い国かはわかりかねますが、難しいんじゃないでしょうか。少なくとも私は戦う気はないですね。」


 「国に所属する百人余の上級魔法使いの一斉攻撃を受ければいかに竜といえど耐えられますまい。」


 戦いというものに疎い忍でもわかる、無理だ。

 忍の知っている中で上級魔法がまっすぐに飛ぶのは風、火、光の三種、それ以外は【タイダルウェイブ】のような広範囲攻撃なのだ。

 国に所属する上級魔法使いのうち、半分が使えるとして計算してもとてもデストを落とせるとは思えない。

 さらにデストも生き物なので避けたり逃げたりするし、忍に降参するくらいなので死ぬまで戦いそうにない。

 あのときはデストの魔力がほぼ尽きていることを知っていたから反撃することができたが、魔力が万全ならブレスを放たれて全滅となりそうだ。


 曇っていく忍の顔を見てフェリスとスワンは反対するが、反対派で実質的な発言力を有しているのはスワンだけである。

 話は討伐の方向に進んでいく。


 「さて、忍殿、竜についての情報を今のうちに聞いておこう。」


 当然のように聞いてきたオンブルにイラッときたので仕掛けてみる。


 「それ、話すメリットがこちらにないです。情報料は何をいただけるんですか?」


 「ほう、それなら名誉爵位か金か好きな方を選ぶがいい。」


 「どちらもいりませんね。」


 オンブルが片眉を吊り上げ怪訝そうな顔をしている。


 「理由は何かね?我が国の名誉爵位はどの国でも通用するものだ、金なら言い値で払ってもいい。」

 

 「金には困ってませんし、無くなる国の爵位を頂いても意味はありませんので。」


 「おまえ!言うに事欠いてマクロムが無くなるというのか!!」


 ヴォルカンが立ち上がり右手をこちらに向けたところで山吹が拳でテーブルを割った。

 一瞬全員がビクッとしたが、山吹はそのまま元の椅子に座る。


 『魔法を飛ばしてきそうだったゆえ、失礼しました。』


 「すみません、山吹には私を守るように言いつけておりますので。会談の席で言葉以外に訴えようとするのはよろしくありませんね。」


 「おっしゃる通りです。」


 「にゃ、にゃはは……。」


 忍の発言にスワンだけが反応した。

 なんでいきなりテーブル割られてそんな冷静なんですか。


 「……そうなると忍殿に渡す対価は何がいいか。」


 「こんなやつの話に価値などない!捨て置けばいいだろう!」


 「ヴォルカン殿、忍殿はこの国が負けると確信しているのだ。竜殺しという大変な名誉を得る機会、根拠もなく逃す理由はない。」


 この世界にもドラゴンスレイヤーの称号があるのか、全く欲しくないけど。

 オンブルが視線をスワンに持っていくと、なんだか嫌そうにスワンが口を開いた。


 「忍様は魔術書をお求めだとか。」


 「ほう……では、魔術書を報酬としてお約束しよう。」


 短い思考のあとのこの発言にその場にいた全員が驚いた。


 「オンブル殿!貴重な魔術書を犯罪者などに!!」


 「冤罪です。」


 「黙れ!よそ者の魔術師風情が!」


 「ヴォルカン殿は少し熱くなりすぎているようだ。風に当たってきてはどうかな。」


 少し強めの口調でオンブルがヴォルカンを止めるとヴォルカンは顔を真っ赤にして部屋から出ていってしまった。

 さて、ここで突っぱねるとスワンが嘘の報告をしたようになってしまうかもしれない。

 嫌な男だ。


 「具体的にはどのような魔術書ですか?」


 「数種の魔術と魔法だ。当家にゆかりのある魔術師の残したもので写しだが効果は保証しよう。」


 「なるほど。」


 魔術書はたしかにほしいがデストに戦いを挑むのはやめてほしい。

 忍としては断る方に傾いているがどう断るべきか。


 『主殿、逆にはっきりと勝てないと話してみるのはいかがでしょうか。このままではどうせこの国の軍隊は戦いに行ってしまうゆえ。』


 たしかにどちらにしてもあのヴォルカンならデストに喧嘩を売りに行きそうだ。

 山吹の案、採用で。


 「いいでしょう、では簡単な契約書を作成しますね。」


 「……わかりました。紙とペンを用意しますのでしばらくお待ち下さい。」


 そうして契約書が作成され、オリオン家からは魔術書の写しを、忍は手持ちの竜の情報を提供することになった。

 契約書を書く時にオンブルが妙に乗り気で違和感を感じたものの契約書に不備はなく忍は自分の情報をぼかしつつもできる限りドラゴンがやばいという情報を伝えた。


 「【ブルーカノン】相当の魔術では傷もつかず、【タイダルウェイブ】よりも広範囲の風のブレスを使うと。」


 「あとは人と価値観は違いますけど交渉は可能です。そんなとこですね。」


 「にわかには信じがたいが、これが真であればこの国指折りの魔法使いであるスワン嬢が待ったをかけるだけのことはある。」


 「オンブル様、商売人である忍様が取引で嘘をつくことはないでしょう。」


 「ふむ、どのみち作戦は再考の余地があるだろう。貴重な情報を感謝する。魔術書の写しは夕方我が家に取りに来るがいい。」


 オンブルはそう告げるとさっさと出ていってしまった。

 スワンとフェリスが扉が閉まると同時に盛大に溜息をつく。


 「にゃはは、緊張した。馬鹿貴族とオンブル卿がいるなんて聞いてないよー。」


 「わたくしもびっくりしました。オンブル卿がどこからか竜の情報を持っている冒険者のことを聞きつけて同席したいとやってきたのです。ヴォルカン様もご一緒で断れば騒がれるのは容易に想像できましたので……。」


 ヴォルカンに嫌な印象しか抱いていなかったがそういう使い方もあるのか、政治、奥が深い。


 「失礼いたしました。改めましてカシオペア侯爵家が次女、スワン・カシオペアですわ。ビリジアンではお世話になりました。お約束のお金はお帰りの際に一緒にお渡しします。」


 「こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません。新聞で騒がれてしまってご迷惑になるかと遠慮しておりました。子どもたちはどうしましたか?」


 「無事、近くの施設に送り届けました。数人ですが親元にも帰れたようで本当に良かったですわ。」


 「にゃはは。で、二人ってどういう知り合い?」


 簡単な事情説明を済ませる。。

 スワンよるとフェリスは幼馴染らしく、普段からこの調子で話しているらしかった。

 ピジョンも合わせて三人は旧知の仲であり立場は違えど仲良し三人娘といった感じだ。


 「おじさん、普通に話しなよ。しゃべりづらいから。」


 「お客様の前でそれはちょっと……。」


 「あら、本日はフェリスのご友人をお招きしたのですよ。堅苦しいのは抜きにいたしましょう。」


 「そうだよおじさん。ハゲるよ。」


 「当たり前のように悪口を挟まないでください。」


 「はーげ、はーげ、つーるーりー♪」


 「やめろ。」


 フェリスが歌いはじめたところで山吹が立ち上がりかけたので先手を打った。

 低めの声でフェリスと山吹の両方を牽制したので場の空気が悪くなったが、山吹が暴れるよりはいい。


 『やはり畜生は駄目ですね。』


 『気持ちは嬉しいがやめてくれ。』


 千影もなにかしようとしてたのか。

 調子に乗ると怖いのは忍よりもまわりの従者なのである。


 「フェリスはなんでそんなに普通に喋ってるんだよ。」


 「スワンにはこれが普通だし、馬鹿貴族は大嫌いだし。オンブル卿は偉い人なんだけどね。ちょっと黒い噂も多いから敵に回したくはないんだけど下手に出てナメられたくもないんだよね。」


 なるほど、フェリスはフェリスで色々と考えているようだ。


 「スワンもスワンで竜の情報を集めてるんでしょ。また苦労してそうなオーラ出してるし。」


 「……フェリスに隠し事はできませんね。我が国ではガストとアサリンドの戦争から逃れてきた有力者を狙っての謀殺事件がいくつも起こっています。特に竜の騒ぎで街は混乱し、治安の維持を担うはずの騎士団も竜のことばかりで国内に目が向いていない、国が滅ぶと言われても反論できない状況ですわ。竜だけでなく様々な情報を集めて騎士団や貴族を抑え込めればと考えておりますの。」


 どうやらスワンは政治的な働きかけをしているらしい。

 ドラゴンに喧嘩を売ることに対しての危機感はそれなりのようだ。


 「なるほど……あれ?王族は?」


 「この国の王族は魔神封印の儀礼が主な仕事で軍事や政治とは切り離されているのですわ。魔神の寝床の何処かに聖域と呼ばれる場所があり、普段はそこに住んでいるとされています。国民の前に姿を表すことはありません。」


 「そういえばあたいも王族ってみたことないや。」


 「国家存亡の危機でも出てこないのか。しかも封印があるってことは魔神も実在すると。とんでもない国だな。」


 というかすでに死に絶えてても納得の引きこもりっぷりだ、王族は本当に存在するのだろうか。


 「とにかく、使えそうな情報がほしいのです。魔術書をご所望ということであればお探しの魔術をお教えいただければできる限りご用意いたします。国家建国以前の文献にあたっていますが風と火と岩と氷のブレスを使う竜の記録はなく、おそらくは魔術を使える成竜以上の個体ではないかということしか……せめて名前がわかれば記録を探す手がかりになるのですが。」


 「名前、知ってるけど……というか竜が使えるのはおそらく風だけだぞ。」


 「「へ?」」


 二人が間抜けな声を出す。

 オンブルは戦力に対する質問ばかりで特に聞かれなかったから答えなかったというだけなのだが、名前がそんなに重要だとも思えなかったし。


 「ぜ、ぜひ、教えて下さい!魔術書はご希望のものを揃えますので!」


 「え、えー。では、転移か長距離や多人数の念話に関する魔術を探してるんだが。」


 「……念話に関しての写本ならご用意できます。転移というのは聞いたこともございませんね。」


 念話はあるらしい、【同化】は忍からしか使えないという大きな弱点があるから微妙に使いづらいのだ。

 転移に関しては実際に使ったことがあるので存在するのはわかっている、気長に探そう。


 「では、念話に関しての魔術書を…といいたいとこだが竜を攻撃されてはこちらも困るのでそこはさっきのオンブル様の支払いの範囲ということで。名前は黒風のデッドストーム、デストと呼んでる。他の質問も今なら受け付けるよ。」


 「感謝します。では、第五練習所付近の燃える岩やクリア渓谷の氷漬けについては何か知りませんか、あれほどの大規模な魔術跡なので竜の仕業と考えていたのですが。」


 「それはどっちも竜の仕業じゃないんで。」


 「にゃはは。おじさん、あれの原因も知ってるんだ。こわー。」


 「追加報酬をお支払いしますので!」


 「秘密で。」


 なんかそこを話しはじめたらスキップのことやクラゲを殺そうとしてることまで掘り下げられそうだし。

 微妙な顔をしているスワンは次の質問を考えている。

 その間に今度はフェリスが話しだした。


 「あたいは冒険者ギルドからおじさんに話があるってから連れてこいって言われてるんだけど、このあと付き合ってくれる?」


 「え、やだ。」


 「にゃはははは。だよね。内容は知ってるけど話しちゃ駄目だからさー。悪いことじゃないからそこをなんとか!」


 「えー。騙そうとしなかっただけ偉いけども。」


 「命は大事だからー。」


 フェリスが微動だにしない山吹を指差す、だんだんからかっていい塩梅がわかってきているようだ。


 「では次はわたくしの質問を、マウントバーガー商会、盗賊ギルド、ドミナ・ヘラクレスに関する話をご存知でしたら教えていただきたいですわ。」


 「ドミナ……メテオライトでパーティを罠にはめて大損害を与えたって話は聞いた気がする。」


 「あたいはないかな。盗賊ギルドは壊滅なのに争った形跡は無し。死体に傷も無し。マウントバーガー商会は商会長以外は全員無傷、商会長は惨殺ののち燃やされた。どっちも離れ業だよ。」


 まあまず普通の暗殺者ではできないことなのだろう、人のできる範囲ではないのはよく分かる。

 さすがは元魔王と上位精霊。


 「フェリスの見立てでそうならば一体どれだけの腕利きがこの国に来ているのでしょうか。クラゲにシザーズ、サラマンドラ今のマクロムは穴だらけなのでしょうね。」


 「なんの名前だ?」


 「暗殺者だよ。手口が一緒だから有名なやつは名前がついてる。盗賊ギルドとマウントバーガーは見たこともない手口だからスワンが頭を抱えてる。」


 「盗賊ギルドは手口どころか殺害方法もわかっていませんわ。毒でも魔術でも外傷も何も無いきれいな死体にはなりませんもの。金品が盗まれていなければ変死事件としてなにか未知の魔物などを疑うところです。」


 当たらずとも遠からず。

 早々に決着をつけなければ補足されるかもしれないな。

 しかし、スワンもフェリスも活動している暗殺者を把握しているとは思わなかった。

 それとなく話を振ってみる。


 「有名な暗殺者なら賞金とかかかってないのか?」


 「お、おじさん興味ある?一緒に冒険者ギルドに来てくれたらそこら辺も教えてあげるよー。」


 「何だ?関係あるのか?」


 「ああ、なるほど。意外ですね、忍さんはまだだったのですか。」


 「え?」


 スワンもなにか理解したらしく忍は一人で置いてけぼりを食らった。

 そして二人とも冒険者ギルドに行くことを勧めてくるので忍は仕方なくオリオン邸より先に寄ることにした。


 「せっかくですし従魔車をご用意いたしますので、道中でもう少しお話をいたしましょう。仕事の話ばかりになってしまい申し訳ありません。」


 「あれ?従魔車は危ないんじゃなかった?」


 「スワンのやつならちゃんと滑り止めも付いてるから大丈夫ー。めんどくさがってつけないやつがいっぱいいるんだよね。」


 「他の皆さんにもご挨拶をしたいので宿までお送りしてもよろしいでしょうか?」


 「ああ、千影はずっと一緒に話を聞いていました。ちょっと別行動しているのもいるので後日改めてご挨拶に伺わせてください。」


 「おじさん、戻ってる戻ってる。」


 「……難しい。」


 千影のことは二人共知っているので最初から影分身を使っておけばよかった。

 いや、ヴォルカンとオンブルもいたから無理だったな。


 『覚えていてくださったのですね。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。』


 影分身を使わずに千影が話しだす、順調に成長している、のかな。

 これ以上成長するとどうなっていくのかいつも感じる頼もしいような少し怖いような気持ちである。


 『主殿が楽しそうで何よりです。』


 『拗ねるな。拗ねるな。』


 山吹のご機嫌が斜めになってきたのでさっさと出発して魔術書を回収しよう。

 ちょうどよく従魔車の手配が終わったとのことなので、一行は冒険者ギルドに向かうのであった。


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