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フォンテーヌ殺人事件と山吹の鎧

 忍はスーパーノヴァでの騒動が落ち着くか暗殺者であるクラゲを仕留めるまで、白雷たちに連絡を取らないと決めていた。

 ニカはこの集団の中では戦闘に慣れていないし、白雷は強いが細かい力加減が苦手なきらいがあったからだ。

 シーラを連れてきたあとは忍からの連絡待ちになるだろうし、スカーレット商会に身を寄せていれば悪いようにはならないだろうという考えもある。

 ビリジアンからそう簡単には帰ってこれないだろうし、白雷の強さ、ニカの狩り、そこにシーラが加われば山の中でもしばらくは暮らしていけそうだとも思っていた。


 朝起きると右側に山吹、左側に千影、腹の上にうさぎという欲張りセットが出来上がっていたりした。

 しかも山吹は夜通し起きていたらしく、すぐに目が合ったので礼を言おうとしたところ。


 「主殿、骨は大丈夫ですゆえ、ご安心を。」


 サムズアップとともに先に言われてしまい、何となくモヤモヤとしてしまった。

 文句をいいそうになるのをこらえてみんなに礼は言った。

 まだ依頼主を叩いただけで本命が残っている、今日からまた動かねばならない。


 「魔石も補充できたし、呪いも使い放題だから会計係は僕一人でも大丈夫だよ。カウチポテトと同じく何日か行動を調べるね。」


 「私と千影がいるから尋問は任せてくれ。こちらはフェリスと会ってくる。」

 

 「ああ、千影殿から聞きましたな。一体何を頼んだのです?」


 「大したことじゃない。ちょっとしたお使いと引き続き貴族暗殺事件をそれとなく探ってくれと頼んでおいた。できれば濡れ衣を晴らしたいからな。ついでに騎士団で話を聞きたいというなら探りを入れてきてもいいかとも思ってる。」


 「それはまた、大胆ですね。」


 フェリスの話では数ある容疑者の一人という立ち位置のようだし、それならば明らかなアリバイのある忍がしつこく追求されることもないはずだ。

 街を自由に歩き回れるようになればクラゲ探しもやりやすくなる。


 「では我は主殿についていきますか。」


 「ついてくるのか?山吹も何かしらやってたんじゃ……」


 「先生は雪が降ったおかげであんま役に立ってないから連れてって大丈夫だよ。あ、【ノゾキ魔】はフェリスって人に渡しといて。」


 「何その犯罪臭のする単語?!」


 慌てる忍を山吹が笑い、鬼謀の使う呪いだと説明した。

 魔術師の使う呪いは基本的に魔石を使うので名前の最後に魔とつくものが多いのだとか。


 「せっかくなのでこの新しいコートで……」


 「山吹、ついてくるなら鎧で頼む。騎士団に行くなら二度手間になるからな。」


 宇宙猫の顔をした山吹を視界の端に捉えながら、部屋の窓から外に出る。

 それでも宿を出るまではコートを着てきた山吹は忍の出した従魔車の中で鎧に着替えるのだった。


 『主殿、あのコートはどうでしたか?』


 『似合ってたぞ。こんなときでないならゆっくり見せてもらいたかった。』


 『真っ白な雪の中でも目立たない色で洒落たものを探すのには苦労したゆえ、主殿に気に入ってもらえたのは嬉しいです。』


 よほど気に入ったらしく冒険者ギルドに到着するまでずっと頭の中でコートの話を振られていた。

 よく似合っていたので褒めたが、話がどんどん長くなっていきだんだん疲れてきたので、ギルドに到着したところで一旦話をやめる。

 時刻は午前十一時、中を覗くと見覚えのある獣人が退屈そうに欠伸をしていた。


 「お、いた。フェリス、久しぶり。」


 「おお、鎧さんだけじゃなくおじさんもきたんだ。とりあえず個室に行こうー。」


 なんだかすごく眠そうなフェリスをともなってギルドの個室を借りる。

 ロビーの冒険者が何人かこちらを気にしていたようだが、それは置いておくことにした。


 「ずいぶん眠そうだが、何かあったのか?」


 「にゃはは。じゃ、まずこれね。強化魔法・付与魔法の概要教本。複合魔法は使える人も習う人も少なすぎて手に入らなかったよ。どっちも金貨七枚だって、前金でもらってたお金ほとんど吹っ飛んだ。」


 フェリスが背負い袋の中に入っていた二冊の本を机に置く。

 なんだか質問を笑ってごまかされた気もするが、とりあえずは商品の確認である。

 パラパラと読んで中身を確かめるとお使いの報酬に少し色を付けてフェリスに渡した。


 「おお、おじさん金払い良すぎない?」


 「いや、無理を聞いてもらっているからな…嫌なら追加分は返してくれ。」


 「にゃはは。」


 笑い声を上げてお金を懐にしまうフェリス、そこはかとなく感じる空気からお金が大好きな事が見て取れる。


 「でも一般人で手に入るやつでいいの?なんかほんとにお使いしただけだったから変な感じー。」


 「メチャクチャな金額のお使いだからな。私が知らない魔法だったから興味があったというだけだし、ついでだよ。というか手に入らない魔術書が手に入るのか?」


 「にゃはは。これ次第?」


 フェリスが親指と人差指で丸を作った。

 お金のハンドサインは日本と同じらしい、硬貨だからだろうか。


 「にゃはは、新しいお仕事の前に今のお仕事、本命の話ね。あの事件、暗殺犯は捕まってないけど迷宮入りしそうなんだよね。犯人がわかってもしょうがなくなっちゃったから。」


 「は?なんだそれ?」


 「まあ、騎士団も国も冒険者ギルドもそれどころじゃないんだよ。精兵を集めて依頼も出して竜の対策に人をかき集めてる。ドカドカ雪の時期のせいで簡単に逃げることもできないから参加するやつも多いみたいー。」


 また欠伸をしているフェリスは眠そうに報告を続ける。

 犯人探しもしないというのは忍の価値観からすればありえないことではあるのだが、冷静に考えればある意味当然なのかもしれない。

 暗殺事件はドラゴン来襲という大事の前の小事として片付けられてしまうのだろう。

 しかし事件が有耶無耶になるのは忍にとっても好都合だった、殺人犯扱いも三回目ともなるとただの犯人扱いと大差なく思えてくる。

 ただの犯人扱いなら人生の中で幾度となく経験したことだ。


 「えっと、犯行場所はオリオン家の別邸。殺されたのは当主フォンテーヌ・オリオン。発見したのは使用人の娘でアグラートというらしいけど、この子には犯行は無理みたい。」


 「理由は?」


 「聞いたけど歯切れが悪くてさ。気になって調べてみたら左手がさ、ないんだよね。足は付いてるけど動かないっていうし、魔法の才能があったからフォンテーヌに実験につきあわされて、一二歳で大怪我。そのとき顔にも火傷を負っちゃって別邸から出ないように生活してるみたい。表向きはね。」


 忍が顔をしかめる。

 フェリスも少しつらそうに話を続けた。


 「……フォンテーヌの夫が妾に産ませた子で、それがバレて実験台にされたっていうのが真相みたいなんだよね。」


 「……貴族がまた嫌いになった。」


 忍は怒りを覚えている、それはフェリスも同じなのだろう。

 

 「動機は十分だけど、使える魔法は闇の魔法で燃やすことなんかできないしー。台車を使わないと移動もできないからご当主様と戦って倒すだけの力もない。まあ、彼女が犯人だったとしてあたしは捕まっては欲しくないかなー。できればこれ以上調べたくないんだけどまだ調べるー?」


 「……いや、私は潔白を証明できればその事件の犯人に興味はない。」


 「にゃはは、実はこの街の盗賊ギルドが壊滅して情報源が一つ潰れちゃったんだよねー。おかげで竜相手に斥候しないかーとかあたいに話が回ってきちゃって迷惑してるんだ。断る理由作るために雑に仕事受けてたらなんか忙しくなっちゃってー。」


 盗賊ギルド壊滅のあたりで山吹が反応したのが伝わってくる。

 

 『主殿、盗賊ギルドがどこにあったか聞いていただいてよろしいですか?』


 「盗賊ギルドなんてどこにあったんだ?」


 「にゃはは。ザ・めしくいねぇって店がそうだったんだけど、たぶんまた別の場所に行くんじゃないかなー。盗賊は用心深いからもう一度探し当てるのも大変ー。」


 「大変だな。」


 「にゃはは。街で一番情報が速いのは盗賊ギルドなのは間違いないよ。ただ、ガセも集まるからたまーに変な情報もあるけど。」


 『いや、なるほど。ずいぶん潤っているとは思っていましたが。』


 『やめろ、山吹、それ以上は聞きたくない。』


 頭の中で山吹を牽制する。

 ギルドを襲撃したなんてバレたらどこに行ってもお尋ね者に付け狙われることになる。ヤバい。

 まかせたのだから仕方ないとはいえ、頭が痛い。


 「おじさん、なんか知ってる?変な顔してるよ?」


 「いや、知らないぞ。」


 「なーんか隠してる顔してるよねー。」


 まだ山吹たちに聞く前だから嘘はついてない。

 しかし、フェリスに疑われているのは具合が良くないな、できればいろんな魔導書もほしいし、腕の良い冒険者とコネが出来るのは街場で活動するにはいいことのはずだ。あと、魔導書がほしい。

 疑いの目を回避すべく、忍は別の情報を開示することにした。


 「……実は、竜とちょっと話したんだが。人は食いでがないからわざわざ食ったりしないって餌を探しに行った。」


 「にゃははははははは!!」


 フェリスが腹を抱えて大声で笑い出した。

 ひとしきり笑って呼吸困難になった後に忍の真顔に気づいて笑いが引いていく。


 「…………冗談、じゃ?」


 忍は無言で首を左右に振った。

 フェリスは助けを求めるように山吹の方に視線を動かすが山吹は微動だにしない。


 「おじさん、ちょっと会って欲しい人がいるんだけど、明日とかどう?」


 忍は思案するふりをして山吹に確認する。

 特に予定はなさそうなので引き受けてもいいかもしれないが、フェリスが真面目モードなのが気になる。

 しかし盗賊ギルド襲撃がバレるよりはマシのはず、下手にバレたら色んなところに迷惑がかかりそうだし。


 「わかった、明日だな。ちなみにさっきの魔導書の話なんだけど……。」


 「会ってもらう人と交渉したほうが早いよー。あたいもそろそろ眠くて限界だし、残りは明日でー。」


 フェリスは言うが早いかするりと個室のドアを開けて出ていってしまった、眠くても身のこなしは鈍らないようだ。


 『主殿、宿も取らねばなりませんし、我らも行きましょう。』


 『あ、ああ。アテはあるのか?』


 『一度チェックアウトして同じ宿で別の部屋を取りましょう。従魔も部屋に入れますし店主は食堂にかかりっきりで客の詮索をせず出入りにも気づきません。冒険者も多いので鬼謀の耳も役立ちます。』


 適当に決めたのではなく、拠点としていいところをきちんと選んでいたようだ。

 相変わらずしっかりしてるのか抜けてるのか分かりづらい奴である。

 山吹はまた従魔車の中で鎧を脱いで宿の部屋を精算し、鎧を着て宿の部屋を取り直したのだった。


 マクロムは魔法使いが優遇される傾向があり、魔法を使えない冒険者や旅行者ははっきりと差別されるわけではないものの微妙な空気にさらされることが多い。

 ナイスミドルハウスはスーパーノヴァでは中堅どころの安宿である。

 店主が他国の冒険者だったのもあり、細かいことは気にしない庶民的な宿として有名ではないが人気があるのだ。

 そんな安宿にものすごい美人が部屋をとった。

 その美人はほとんど部屋を出てくることなく、姿を見たのは部屋を取ったとき一回こっきり。

 食事もなしの素泊まりなので、どこかに出かけているのは確実なのだがついぞ精算の時まで姿を見かけることはなかった。

 そして冒険者から聞いた事件の内容に店主の思考が一本の線につながった。


 「つまりよ、あの美人が盗賊ギルドも、マウントバーガーの商会長もやっちまったんじゃないかってな。」

 「親父、それだけで犯人扱いは流石にかわいそうだろ。てかどんだけ強いんだよその美人。」

 「いや、なにかやむにやまれぬ事情があるんだよ。美人ってのは数奇な運命を背負ってるもんさ。」



 「…っていう会話が食堂から聞こえてくるんだけど。」


 「与太話っぽいのに当たらずとも遠からずなのが怖いな。」


 「証拠は残ってないはず、今はアダムスキーも飛んでないし街ごと証拠隠滅コースもアリだね。」


 「やめろ。」


 鬼謀は忍たちと新しい部屋に移った直後から情報収集を再開していたが、何故か宿屋の店主がそんな話をはじめたのでつい忍に報告していた。

 盗賊ギルド襲撃に関しては一旦忘れて、戦利品も全て忍が預かりしばらくは使わないということで意見が一致した。

 盗賊たちが呪いに耐えられなかったようでギルドの中に生存者はいなかったらしい。

 頭目も鬼謀が話を聞いた後に事切れて、死体で発見されたようだ。


 「やっぱ千影さんの精神攻撃は偉大だね。僕も生け捕りのためになにか方法考えないと。」


 「頑張ってくれ。やっぱり無駄な殺生は辛いんだ。」


 ものすごく不謹慎で軽く聞こえるが、殺すか殺されるかの世界で生きてきた山吹や鬼謀にとっては当たり前のことなのだ。

 任せた判断に間違いがなくても間違ってる気になってしまう今日このごろである。


 「マウントバーガーの方はまだ情報が出回ってないね。部屋燃やしちゃったし夜の千影さん相手じゃ証拠なんて何も残らないと思うけど、情報収集はしとくね。」


 「頼む。私は買い物にいってくる。ついでにお金も両替してくるよ。」


 フェリスへの支払いで両替したお金がかなり出ていっていた。

 魔術書の買い付け交渉をするなら大金貨を使うことになるかもしれないし、何度もしなくてもいいように大きな出費を覚悟で二、三十枚両替してきたほうがいいかもしれない。

 忍は木片のメモを取り出して両替のことを書きつけていく。


 「それぞれ欲しいものはあるか?」


 「主殿、我はそろそろ新しい鎧と武器がほしいのですがよろしいでしょうか?」


 「え?武器はともかくあの鎧は壊れたのか?」


 「そうではないのですが、魔術に関することゆえ。街の防具屋で目星もつけているのですが、いかがでしょう。」


 「うーん、魔術を秘密にするのは私の指示だしな。わかった。」


 どんな魔術だろうか、興味が湧く。

 ほかはなさそうなので忍は山吹と連れ立って買い物に行くことになった。


 防具屋で山吹が示した鎧はやはりフルプレートアーマーだ。

 もともと持っているものよりも薄手なのだが重さはかなり重いようだった。

 赤みがかった光沢の金属はホコリを被っているものの特別なものであることを予感させた。

 忍は鎧の価格に仰天する。


 「大金貨八枚?!」


 『本物のレッドグラビティスチールです。こんなものを扱える戦士が我以外にいるとは思えませんが。』


 たしかに金はある、あるのだが、大きすぎる出費だ。

 忍の声に驚いた店主が近づいてきた。

 店主は若い男でもみ手をしながら忍に鎧の説明をしてくれる。


 「そちらはうちの爺さんの作で純粋なヒヒイロカネのみで作られた鎧ですよ。かなりの力自慢でも着ることはおろか持ち上げることもできないって代物です。美術品としてお求めになるんでしたら屋敷へ運ぶ使用人が十人くらいは必要ですぜ。」


 「おじいさんの作ですか。美術品ということは実用的ではないのでしょうか?」


 「いえいえ、逆ですよ。爺さんは実用的に作ったんですが誰も着れないから美術品にするしかないんです。大金貨八枚って値段もかなり勉強してるんですよ。お隣の鎧の旦那だって兜を持ち上げることもできないでしょうや。」


 まあその山吹が欲しがっている鎧なのだが、大金貨八枚か。

 いや、金自体はあるし命は大事だ。


 「ではこれを取り置いていただけますか?今日中か、遅くとも明日には取りに来ますので。」


 「え、は、はい。え、即決ですかい?」


 「はい、よろしくお願いします。」


 ぽかんとする店主を置いて急いで店を出る。

 両替で金を作ってこなければ、自然と急ぎ足になりかけたところで山吹が話しかけてくる。


 『ありがとうございます。ところで主殿はマクロムと戦うのですか?それとも竜と?』


 「……はいぃ?!」


 往来の真ん中で驚きを叫ぶ。

 掻い摘まれた山吹の説明は納得のいくものだったので詳しい話は後にして忍は大急ぎで両替と買い物を済ませた。


 「そりゃそうだよな、両替するにしても限度があるよな……。」


 飛び込みでは両替のためのお金が足りないとのことで、ぎりぎり大金貨八枚分しか両替が行えなかった。

 そのお金はもちろんその足で取って返した防具屋で吹っ飛び、手元には使えない大量のローリエ硬貨とわずかなジルコニア硬貨が残ることになった。

 山吹が赤い鎧を奥の部屋まで一人で運びそのまま着てでてきたのに店主が目をまん丸くして驚いていた。

 ヒヒイロカネの鎧が重すぎて床が抜けそうになったのですぐに元の鎧に着替えたが、片手で兜を扱う姿は店主にはよっぽど衝撃的だったようで目が飛び出んばかりに見開いたまま無言で諸々の処理をしていく、大丈夫だろうか。

 店主は忍たちが店を出るまで瞬きをすることはなかった。


 『山吹と二人合わせて大銀貨五枚と銀貨が十八枚、銅貨の細かいのはあるが部屋代が一日銀貨四枚か。野宿することになるかもしれん。』


 『この寒さでは辛いものがありますね。』


 『今の街の状態じゃお金があってもどうにもならないからね。宿や物品の値段も上がるだろうし。それよりさっきの話、鬼謀はわかってるのか?』


 『おそらくは。主殿が思い至っていなかったほうが意外でした。』


 宿が見えてきたので続きは部屋の中にする。

 相変わらず紙にペンを走らせる鬼謀が一段落したところで山吹を中心になんでそんな話になったかを説明してもらう。


 「国は犯罪者を捕まえることよりも竜対策に重きをおいて人を集めているようですが、このあとはおそらく集まった兵を使って討伐に動くでしょう。しかし主殿の話を聞く限り討伐が成功するとは考えづらいゆえ、竜がこの国に対して反撃してくるということになります。」


 「竜、デストが攻撃されるのを止めないと戦わざるを得なくなるのか。しかし本当に国は討伐に動くのか?」


 「ほぼ確実でしょう。人の国はそうして滅びていくゆえ。それに街を守るだけならば冒険者は集めなくとも勝手に戦います。」


 冒険者を集めていることがそのまま討伐に出ようとしている証拠ということか。

 ちなみにこの話をわかっていたのは山吹だけで、説明を聞いた時点で鬼謀も思い至り、千影は今でもよくわかっていないようだった。


 『人の国はよく争っているようですが攻め込んで敗走するのを繰り返すことが多いので、そういう習性があるのかと考えておりました。』


 「習性…間違ってはない、のかな?どうなの旦那様?」


 「当たらずとも遠からずということで。」


 「人は弱いくせに縄張りを広く主張するゆえ、下手な魔物よりも厄介なのです。」


 「……すまない。」


 「あ、主殿が謝ることでは!普通、普通のことですゆえ。」


 こうして魔物側の意見を聞いてみると人は強欲で横暴な存在だ、忍もそう思っている。

 なんだか考えが右往左往しているのがわかる。

 価値観も常識も全く違う生活に放り出されたことで混乱していた考えがやっと安定してきた矢先にまた粉々に砕け散って立て直せていない気がする。


 「主殿が決めたことならば我は何でもやる所存です。どうかご決断を。」


 そうだ、しっかりしなければ、この集団の一番上は忍なのだ。

 リーダーの考えがしっかりしていなければ決断は悪い方にしか転がらない。


 ふと、甘いものが食べたくなった。

 そうだ、甘いもの、頭が煮えて疲れているなら糖分だ。

 忍はとっておいたクッキーを取り出してサクサクと食べはじめた、甘みがつかれた体に染み渡っていく。

 なんだか食欲がわかなくてずっと保存食をお湯で戻して食べていたが、久々のはっきりした糖分は脳みそがぼんやりするくらい体に効いた。


 「……主殿?」


 「いま余韻に浸ってるから待って。」


 ソワソワしている山吹に待ったをかけて最初から状況を考え直してみる。


 山吹に提示された選択肢で考えた場合、忍がつくのは人側だ。

 ビッグバンにはニカたちもいるしついでであるゴランたちも街を襲われたらどうにもならない可能性が高い。

 こうなってきてしまうと早めに合流しないとまずいだろう、警戒すべき相手が暗殺者一人ではなくなってしまったのだ。


 スキップを殺した暗殺者クラゲ、これは最低でも絶対殺す。

 できれば苦しめてから殺す。

 しかし、デストと国の争いが起きてしまうのなら優先順位は下げざるを得ない。

 暗殺者を追っている間に衝突がはじまってしまえばうちの従僕たちが被害にあう可能性が高いからだ。

 ただ、街が閉鎖されているこの状況ではクラゲも逃げられないで街にとどまっているかもしれない、できれば索敵は続けたい。


 「山吹、もし国が討伐に動くとしたらいつだと思う?」


 「……最低でもこのドカドカ雪が振らなくなってからですね。いくら魔術師が豊富でもこの寒さでは兵士の体力の消耗は避けられないでしょうし。」


 「ドカドカ雪は三ヶ月くらい振り続けるらしいよ。その後は気候が安定して普通の雪が降るって。」


 「それじゃ読めないな、フェリスに依頼できたら早いんだが。あ。」


 糖分が忍の頭を回す、山吹の鎧を買ってしまったのもやらかしだ。

 売れ残っているのなら売約済にしてもらって支払いを待ってもらえばよかったのである。

 金で困ることはほぼないと油断していた、これが泡銭で身を持ち崩すというやつか。


 「あれ?デストってまだ街を襲ってないよな?」


 「冒険者の間でそんな話は出てないよ。」


 『千影も知りません。』


 被害が出てても冒険者と国土ってところか。

 それならやりようがあるかもしれない。


 「明日フェリスに会ってからの話になるけど、作戦がある。うまくすれば軍隊を足止めできるかもしれない。その間にクラゲがこの国にいるかを判断する。指示は明日出すから鬼謀は引き続き会計係を、千影は今夜中に竜に対して騎士団がどの程度情報を持っているか探ってくれ。」


 「おお、我は何をしたらいいでしょうか!」


 「山吹は……待機だ。」


 「……はい。」


 シュンとしてしまった、しかし忍の知る限り山吹にできることはない。

 意見は大変参考になるのでこのまま相談役をしてもらおう。

 明日までに済ませたいことがいくつかある、忍は部屋で作戦を説明しつつ、大規模魔法陣の追加を描きはじめるのだった。


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