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ドカドカ雪と犬ゾリ

 空にはいつのまにか厚手の雲が広がっていた、白い塊が落ちてくる。

 べシャっと地面に落ちたのはバレーボールくらいの大きさの雪の塊、それらはどんどんと数を増やしてマクロムの地に振ってきていた。


 「はじまった!大きな布を斜めに張って、その下に隠れるの!早く!」


 「千影!フェリスの指示通りに!」


 必死な様子のフェリスに危機感を煽られる。

 忍が必要なものを取り出して千影がロープを近くの木に結びつけた。

 フェリスは斜めに張ったロープに布をかけ簡単に固定するとその下に滑り込んだ。


 これらの作業をしている間にもどんどんと雪玉が降ってきている、忍は何発か体にあたったが雪が軽く想像ほど威力はないものの叩かれたようなバシンという衝撃がある。

 あたりどころが悪ければ気絶くらいはするかもしれない。


 「はやくこっちきて!初日だからこんなのでもなんとかなるかもしれないから!」


 焦っているフェリスに布の下に引っ張り込まれた。

 フェリスはそこで火をおこそうとしている。


 「千影、燃えてる木を。」


 狼が器用に雪を避けて走り、かまどに差し込まれていた薪の一つをくわえてもどってくる。

 直後、鍋を煮込んでいた方のかまどに雪が直撃して鍋が倒れた。


 「あぁ?!もつ煮モドキが……」


 「それどころじゃないよ?!」


 焦ったフェリスが落ち込む忍をベシっと叩いたことで今度は狼がフェリスに飛びかかった。


 『忍様に手をあげるとは何たる不敬!この場で殺し……』


 「わー、千影やめろ!争ってる場合じゃない!」


 「にゃっ?!頭の中に声が響いてる?!」


 「あーもう知らん!めんどくさい!【マルチ】!【グランドウォール】!」


 『屋根の布を張ります。』


 忍は先ほどかまどのあった場所の三方に壁を立てた、フェリスを小脇に抱えて壁の間に走り込む。

 フェリスに教えられた通りの布の屋根を千影が素早く作り、忍は消えかけていた焚き火に薪束と【ファイアブラスト】を放り込んだ。

 忍と千影の見事な連携で壁に囲われた拠点ができていく、忍の取り出した短い丸太は狼が焚き火のまわりに椅子として配置し、忍がかまどを組み直している間に狼はバラバラに落ちていた食器や鍋を集めて持ってくる。

 急造の拠点が出来上がり忍たちが一息つくまで、フェリスはただただ目を丸くしてぽかんとしていた。


 「合ってるかわからないがこういう形でいいのか?」


 「そ、そう。斜めの屋根の下で火を焚いて屋根の上に雪が残らないように溶かすの。でもそんなことしなくてもおじさんなら家くらい作れちゃいそうだけど……」


 「家を作るのは大変だから無理。はぁ、最初からこうしていれば…もつ煮モドキ…」


 「え、ちょっとまってね。あたい夢見てんのかな。火と土の魔法使ってなかった?じゃあこの狼は何?」


 拠点の中はだいぶ混乱していた、千影は怒っているし、フェリスは情報過多で処理が追いついていない。

 忍は放出疲れに苦しみながら丹精込めて煮込んだもつ煮モドキの消失で遠い目になっている。

 思い出したら一気に体がだるくなってきた、頭痛がひどくなってきたことで結果的に頭が冷えた。


 「千影、フェリスに自己紹介してくれ。さっきのは必死だったんだろうし大目に見ておこう。」


 「にゃっ!は、はい、よろしくおねがいします!い、いえそんなことは……」


 フェリスが空中に喋りだす、これ絶対やってるな。


 「千影、私に聞こえないように話して脅したりとかしないように。」


 『失礼いたしました。忍様の精霊で千影と申します。』


 「フェリスです。よろしくです。あと、忍さんもごめんなさいです。」


 「今まで通りでいいから。千影は主人思いでいいやつなんだけど過激でね、すまない。」


 「えー、わかった、です、にゃ?」


 ものすごく困っていそうなフェリスにため息をついたら、なんとか口調が戻ってきた。

 とりあえずフェリスの喋りたいことを喋ってカンを取り戻してもらおう。


 「魔神の寝床の調査ってどんなことをしていたんだ?」


 「大きな魔術の痕跡が発見されたから、その範囲とかどんなことが行われたのかとか、大きな変化だから周りの魔物が騒いでないかとか色々ね。今日は竜の目撃情報が出た谷に来てたの。」


 「目撃情報?」


 「昨日の夜に街に帰ろうとして野営してたパーティが竜らしきものが谷から飛び立ったのを見たの。竜ともなると急ぎだから休憩なしで走ってきたんだよ!おじ、忍さんなにか見てない?」


 「別におじさんでいい。竜は見た、大きかったな。」


 「うわ。」


 フェリスは素直に顔をしかめた。


 「じゃあ竜は本当として……おじさん、魔神とか他の竜とか大きな魔術とか魔力を使いそうな存在に心当たりはない?」


 「なくもないが、いえない。」


 「え、なになになに?街に関わる話だから隠さないでほしいんだけど?」


 『死にますか?』


 「ごめんなさい!」


 千影の一言にフェリスは一瞬で姿勢を正す、この短時間に上下関係が完璧に出来上がっているな。


 「じゃあ、他の冒険者に会ってないかな。」


 「追われてると考えてたから、会った冒険者は片っ端から気絶させて放置してる。フェリスはたまたま知り合いだったから助けた。」


 「え、もしかしてさっきも?」


 「そうだな、フェリス以外にも何人かいたが気絶してもらった。街を出てから接触しそうな冒険者にはもれなく気絶してもらっている。」


 「そう、いや、でも仕方ない…か。殺してないんだよね?」


 「ああ、恨みもない相手を好きで殺したりはしない。」


 やはり同じ孤児院出身だというパーティが心配なのだろう。

 しかし聞かれてもいないのに確定でもない訃報を喋るわけにはいかない。


 「こう、額に布を巻いた斧使いの男と茶色の三つ編みの女の冒険者を見なかった?」


 「千影、気絶させた中に居たか?」


 『はい、第五練習場の近くで気絶させました。その後はわかりません。』


 「……ありがとう。」


 「やめてくれ。礼なんて言うな。」


 こちらの都合で気絶させて放置したのに、フェリスは忍たちにお礼を言った。

 フェリスはとても真っ直ぐで強い子なのだろう、忍はそう考えたかったので三割位はそうだと思うことにした。


 「でも、おじさんは火も使えるなら疑いが濃くなっちゃうから内緒にしといたほうがいいよ。」


 「ははは、貴族は焼死だったんだって?」


 「うん、オリオン家の当主が殺されるなんて大事件中の大事件、今は竜の騒ぎで犯人探しどころじゃなくなっちゃってるけど、解決したらすぐにでも大々的に犯人探しをすると思う。騎士団が張り切ってて少しでも疑いがかかると片っ端から捕まえられちゃうって話だよ。」


 「なるほど、容疑者は私だけじゃないし、犯人も捕まってないんだ。」


 なんだか相変わらず捜査が杜撰である、というかこの世界ではこのとりあえず捕まえるというのが主流なのか。

 捜査などに使える便利な魔術なんかありそうなものだが。


 「おじさんはあたいの命の恩人だからね、この件は調べてたんだよ。」


 「そうなのか。ありがとう。」


 「にゃはは、容疑者はいっぱいいるけど、条件として【ファイアボール】かそれ以上の火力の魔法か魔術を使える人、フォンテーヌ・オリオンが警戒しない人、オリオン家の地下牢まで行ける人、みたい。」


 「地下牢?」


 「現場は地下牢だったみたい。」


 「魔法か魔術って決まってるのか?」


 「油も何もなしに人を燃やせるのって魔法くらいだからだってさ。突然燃え上がったって話だし。」


 「んんん?なんで突然燃え上がったってことがわかったんだ?」


 「え?」


 突然燃え上がったということは、突然燃え上がるのを見ていたヤツがいるということだ。

 死体を焼いて傷を隠そうとしたなんてことだってありうるのに、いや、捜査機関がザルだからこんな推理小説みたいな話がまかり通るわけ無いか。

 それに貴族暗殺事件は濡れ衣を着せられているということだけが問題で潔白を証明できれば迷宮入りになろうがどうでもいい。

 問題はスキップを殺した暗殺者の方なのだから。


 「いや、大丈夫だ。たぶん勘違いだな。せっかく調べてくれたのは嬉しいがそれだと私が犯人に仕立て上げられる可能性は低いんじゃないのか?」


 「まあ、たぶんね。疑われて捕まった人も逃げた人もいるみたいだし、メテオライトのギルドマスターさんがとばっちり食らってたから冒険者ギルドが動いてるみたいだしね。」


 「フェリスはそういう調査、得意なのか?」


 「にゃはは、調べるだけならねー。でも情報って使えないと意味ないからさー。」


 フェリスは自慢気に無い胸を張っている。

 忍には胸を張れることには思えないが、フェリスの前向きさが成せる技なのだろうか。


 「フェリス、依頼を受けてもらえるか?」


 「いいよ!」


 「いや、危険かもしれないから話を聞いてからに」


 「にゃ?!屋根がぁ?!」


 『補修いたします。』


 あくまで急場しのぎの吹けば飛ぶような拠点だ。

 名前通りの音を立てて降るドカドカ雪の中で何度も崩壊しかけたが、そのたびに千影の素早い対応で事なきを得た。

 フェリスは二つ返事で依頼を了承してくれた、ギルドを通さないといけないとかそういう縛りもないらしい。

 相変わらず饒舌だったので有用な情報も聞けたし、てんやわんやでは合ったが無事に朝を迎えることができた。

 朝にはすっかり周りの景色が新雪に覆われた真冬になっていた。


 「寒い。」


 「あたい、体にこたえるから街に戻るよ。これからしばらく夜はドカドカ雪が続くし。野宿用の装備もないし。」


 「街に入れないんだが。」


 フェリスとの間に微妙な沈黙が降りる。

 もちろんフェリスがどうにか出来ることではないのだが、この寒さでは恨み言の一つも言いたくなるものだ。


 「うーん、おじさん。死んだら依頼料はまけておくね。」


 「おう助かる……助かりはしないな。その時には死んでるし。まあ、無理しない程度にやってみてくれ。」


 「にゃはは、了解ー。なんとかするよ。」


 フェリスが周りを確認してちょっと真剣な顔になった。

 いきなり銀世界になってしまったことで、街まで帰るにも命懸けになってしまった。

 そうか、ここで分かれるとフェリスも野垂れ死ぬ可能性がある。


 「……街の近くまで送る、千影、案内してくれ。」


 『仰せのままに。』


 「にゃ!助かるけど、いいの?」


 「ああ、思いついたこともあるし、そのかわり依頼は頼むぞ。」


 忍はフェリスに手をひらひらとふると指輪から竹と木を取り出すのだった。


 とにかく木を切っていた時期もあったので貯蔵している木材は大量にあり、忍は竹と平板、ロープを組み合わせて筏のようなソリを作り出した。

 雪といえば犬ゾリ、イヌイット的発想である。

 千影の影分身もハスキーっぽいシルエットで出し直してみたが、影なのでほとんど違いはわからなかった。


 「よし、フェリスはしっかり捕まれ。千影、頼むぞ。」


 『出発いたします。』


 千影の口数が少ない、昨晩は千影が頑張って補修していた横でフェリスと話が弾んでいたからすねているのかもしれない。


 「これすごい楽だね!しかも早い!」


 「千影は自慢の精霊だ。」


 忍がそう言った途端に犬ゾリの速度が上がった。

 なんか尻尾を振っているので嬉しかったのだろうか。


 『先行した影分身が街を視認しました。もうすぐ着きます。』


 「速い!まだ半日もたってないよ!」


 千影の影分身は白雷と山吹の影に隠れてしまっているが実はかなりの機動力を誇っている。

 速さでは劣るものの二人と同じく昼夜問わずぶっ続けで走っていられるし、こういった形で乗り物があれば人も物資も運べる。

 何よりも数が多い、千影の索敵範囲の中なら何箇所でも同時に荷物を運べるのはとてつもない強みだ。

 主に薬草や果実の採取、日常生活などで忍もとても助かっている。


 「千影、私はここらへんで待ってるからフェリスを街近くまで送ってくれ。」


 『承知いたしました。』


 「え、おじさん平気?無理してない?」


 「大丈夫、そのうち呼びに行くから。」


 「了解ー。ドカドカ雪の中で野宿頑張ってね。千影さんも送ってくれてありがとう。」


 余計なことを思い出させて来るフェリスにチベットスナギツネの顔で答えてやると、フェリスは笑いをこらえている様子だった。

 忍がしっしっと手を振ると犬ゾリが出発してフェリスは街へと戻っていった。


 「そういえばいつから影分身に触れないでも周りの人と喋れるようになったんだ?」


 『……そうですね。ニカが白魔になったように千影も成長しているのかもしれません。』


 いつの間にか成長していて本人に自覚がない、よくある話だが便利になることはいいことだ。

 従魔側から忍に連絡を取れるようになれば時間を決めて【同化】しないでも良くなるのだがと考えたところで、それはそれで煩わしくなるのを思い出して首をふる。

 いつでも連絡できるからといって時間構わずかかってくる電話やメールは迷惑なものだ。


 『忍様、邪魔者はいなくなりました。今日は千影の願いを聞いていただきます。』


 「え。」


 『途中で見つけた洞窟に向かいましょう。そこでゆっくりと過ごしていただきます。』


 「……いいけども、なんだか千影さん怒ってません?」


 『怒っていません。敬称なんてつけないでください。』


 雪煙を上げて犬ゾリが忍の前に帰ってくる。

 千影が無茶なことを要求してくるとは思えないが、迫力にたじろいでしまう。

 忍は大人しくソリに乗り込み、目的の洞窟へと出発したのだった。


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