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アーガイルの遺産とオタクの気質

 「まさか、捨てられるとか、思ってる?」


 その言葉に、千影は身が縮まる気がした。

 闇の精霊は、人気がない。

 精霊使いでも闇の精霊をわざわざ連れ歩くものはいない。

 そこには利便性以外にも理由がある、闇の精霊は夜に使役されるもの、暗殺者や犯罪者の精霊なのだ。千影はそれを知っていた。


 精霊は同種の精霊の見聞きしたことを共有することがある。

 喋ったりするのではない、体験が流れ込んでくるのだ。

 使い手が悪辣な闇の精霊は、その扱いも酷いものであった。

 そんな中、千影を召喚した精霊使いは闇の精霊の攻撃を全く寄せ付けない強さを持っていた。

 この契約に逆らえないことを千影は悟り、出来るだけ主に嫌われないよう心がけた。

 その考えはこの瞬間も変わっていない。

 千影は忍のことを恐れていたのだ。


 『主、千影は必ずこの失態を取り返し、今まで以上に主に尽すと誓います。どうか、主に仕え続けることをお許しください。』


 もし機嫌を損ねたのなら、日光で消滅させられても文句は言えない。捨てられるとはそういうことだ。

 実際に消滅までいかないまでも、罰として日中の活動を命じられていた精霊もいた。

 すべて知っていた、恐怖を感じていた。

 だからこそ、千影は自分がなぜあんな進言をしたのか、皆目見当がつかなかった。


 今、主は考え込んでいる。

 今、主はどうしたものかと千影を値踏みしている。

 今、主は千影を裁いている。


 千影は死刑台に登るような気持ちで、主の言葉を待っていた。


 「……千影、今回のことは失態ではない。意見や疑問があれば今後も教えてくれ。その上でどうするかは私が決める。」


 ああ、許された。

 しかし、なぜ? 


 「理由がなく嫌なときは嫌と言うように。」


 この一言に千影は何かがすっぽりと抜け落ちたような感覚がした。

 気がついたのだ。千影が怯えて必死になっている間、この主はずっと千影を気遣っていた。

 精霊にお茶を勧める主がいるだろうか?

 精霊にありがとうと感謝する主がいるだろうか?

 嫌なときは嫌と言う?

 それを許す主など、千影は知らない。 


 『……嫌、ですか。よくわかりませんが、その言葉はしっくりきました。今後、使わせていただきます。』


 そう返したがおそらく千影が主に嫌という言葉を使うことはないだろう。

 千影は主に仕えるのではない、忍に仕えるのだ。


 その気持ちを表す言葉を千影は知らなかったが、その時気づいた気持ちは、千影にとって最も大事な気持ちになった。



 『おはようございます、忍様。』


 「ああ、おはよう。今どのくらいだ?」


 『昨晩は早くにお休みになられましたので、まだ夜明け前でございます。』


 「……あれ?!外の警戒は?!」


 千影には夜の間の警戒を頼んでいる。

 まだ夜明け前ならばここで話せているのはおかしい。


 『大丈夫でございます。今まではお声がけをせずにいただけで、いつでもここにはおりましたので。』


 忍は夜中に起きても声をかけなければ返答がなかったため、ずっと外で警戒をしていると思い込んでいた。


 『夜の警戒は千影の体を周りの闇に溶け込ませて行っております。千影はここにいると同時に、対岸の森にもいるのです。』


 警戒は千影に全て任せていたため範囲など気にもしていなかったが、サラッとすごいことをしているようだ。。

 千影は上級どころか最上級の精霊なのかもしれない、いや、精霊はみんなこんなものなのだろうか?


 「ははは。すごいな、千影。」


 『もちろんです。忍様のお楽しみの邪魔などさせません。命じていただければ捕捉している有象無象など殲滅してご覧に入れましょう。』


 「それはやめて。」


 なんだろう、昨日から千影がすごく過激になった気がする。


 「あ、魔術の実験。すまない、今夜に持ち越しでもいいか?」


 色々トラブルがあって約束していた魔術の実験を忘れてしまっていた。

 警戒範囲の話を聞いてしまったら戦力的にも早めにできるようになっておきたい。


 『仰せのままに。忍様はもう一度お休みになられますか?』


 「どうしようかな。」


 ここでふと気づく、お楽しみって?

 修行をしていたこの二ヶ月、千影に警戒を頼んでいる間にテントの中で男性的な諸々の処理をしていた。

 いや、流石に見られていたということは、しかしさっきの話ではずっと警戒を……?

 忍の中に世にも恐ろしい疑念が生まれた。


 「……お楽しみって…?」


 『忍様の数日毎の夜の営みのことです。ひとりじょーずと』


 「呼ぶな!意味違うから!」

 

 『承知いたしました。千影には不得手な分野なもので、申し訳ございません。』


 意味が違っても意味が通じてしまうことや、周期まで把握されていたことに加え、この恥ずかしさを千影に説明するのも情けなくて、頭を抱える忍なのであった。


 出発前、テントを畳みながら忍は悩んでいた。

 なんとなく目が覚めてしまった忍は影の書を読み進めるうちに奇妙な事実に気づいてしまったのだ。

 魔王アーガイルの魔術は魔法陣と詠唱によって長時間発動させるものがほとんどだった。

 この魔法陣と詠唱の内容を組み替えることで別の効果の魔術も組むことができるようになっている。

 その中に出てくる魔法陣の一つを忍は意外なところで目にしていた。

 魔王アーガイルの秘蔵コレクションの大人向けマンガである。


 オタクには系統がある、アイドルオタク、車オタク、マンガオタク、歴史オタク、環境オタク。

 古来よりオタクとはコンテンツの数だけ存在し、そのコンテンツに狂ったものの蔑称あるいは勲章であり、気質の名前であった。

 その中に創作オタクというものが存在する。

 創作オタクは自分の作品を創作することにこだわる、作品数かクオリティかオリジナリティかはそれぞれだ。

 その制作過程で創作オタクは違うジャンルに触れ、そのコンテンツのオタクまで昇華することも珍しくなかった。


 寂しがりのサキュバス、リリ=スリリム著。

 あのマンガに出てくる魔法陣と呪文はおそらく使用できるのだ。


 「創作オタクがリアルを追求しちゃって、絶対わかんないだろって仕込んだネタだ。」


 『忍様?』


 「すまない、なんでもない。」


 忍がこの考えに至ったのは夜明け前のあの疑念が発端であった。

 夜の営み関連のことに関してはどんなに悩んでも千影と一緒にいる以上、もはや気にしているわけにはいかない。

 もうこの際、恥をかき捨ててあの本を手本に魔術の実験をしてしまおう。

 もし使えるのならかなり有用な呪文なのもあり、忍は決心して寂しがりのサキュバスを取り出した。


 『忍様、テントもなしに昼間からでしょうか?』


 「そんなわけあるか!あと、夜の営み関係のことは恥ずかしいから見なかったことにしてください!言及もできるだけしないこと!」


 『承知いたしました。それではなぜその本を?』


 「これも魔術の実験だ。出発前に魔法陣を刻んでおく。」


 手近なこぶし大の石を拾いナイフで慎重に魔法陣を写していく。

 魔法陣は複雑なので刻むのに骨が折れるが紙にや石に書いておけばいちいち書き直す手間が省ける。

 ただし、少しでも歪んだり書き間違うと発動する魔術の質が落ちたり発動しなかったりしてしまう。

 これも影の書から得た知恵であった。


 「できた。あとは獲物を見つけるだけだ。」


 『獲物ですか。川沿いなら水を飲んでいる魔物がいるかも知れませんね。』


 「そうだな。」


 大自然の中で夜に安心して眠れるのは全面的に千影のおかげだ。

 そう言えばいつの間にか名前で呼ばれているな、過激になったのと関係あるかな。

 ともあれ、目標も決まったので忍は立ち上がる、その足取りは軽いものであった。

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