鬼謀の焦りと山吹の失敗
忍は従者に命じるのを嫌う、従者よりも働き者で常に忙しそうに次があるからと動き回っている。
太っているものは怠け者という知識は間違っているのかと疑ったほどだ。
忍にその質問をぶつけると、太っていることは怠け者とは関係ないわけではないが自分は出来が悪いから忙しいのだと言っていた。
一を聞いて十を知るという言葉があり、出来が良いものは体でも頭でも覚えがいいもので、自分は出来が悪いから何度も繰り返さないと同じことができないのだと。
そして自分は怠けていると、狩りも、戦いも、お金も、この忙しそうにしている時間も従者である鬼謀たちが作ってくれているのだと。
だからこそ、このもらった時間をなにかに使わないともったいないという。
貧乏性というものらしい、忍は筋張った肉でも煮込んで柔らかくして食べてしまう、破れた衣服を小さく切って鍋を拭く。
誰かが仕事を代わるたび、忍は新しいことを増やす。
命を助け、魔力を分け与え、服や装備を買い与え、従者の意見を汲んでいることは忍の中では度外視されている。
なんのことはない、忍は自分を犠牲にするのが当たり前になってしまっているのだ、我慢をしすぎて自分が何を求めているのかさえもわからなくなっているのだ。
鬼謀は、忍を観察してそのような結論を出した。
それが、たとえペットを養うような、所有物を愛でるような行動だったとしてもいい。
忍は孤独を強いる呪いから鬼謀を救い出し、初めて触れてくれた主なのだから。
しかし、鬼謀は元魔王でありながら同じ忍の従者であるスキップを目の前で殺されてしまった。
ここで役に立てなければ本当にただの愛玩動物になってしまう気がした。
「どんな相手か知らないけど、必ず後悔してもらう。」
「弟子よ、燃えているのはいいが策はあるのか?」
ニカがビッグバンに到着する少し前、山吹の部屋で鬼謀は小さな革袋を取り出した。
中には小さな魔石がいくつか入っている。
「スラムにいくつか置いてきた。魔石を売れるのは正規のギルド以外だとモグリの質屋とかくらいじゃないかな。」
「【ノゾキ魔】か。気合の割に優しい手だ、しかし精度は?」
「魔導ランプ用に獲ってもらった獣系のやつだから大丈夫。殺しは旦那様に嫌われそうだから最低限にしないとね。」
その発言に山吹が目をむいたあと、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
なんだかものすごく居心地が悪い。
【ノゾキ魔】は魔石を用いた呪いだ、魔石のある場所の近くの様子を見聞きすることが出来る。
魔石は魔力が切れると割れて効果を発揮しなくなる。
有効範囲は小さな街ひとつ分くらいだが好きな石を指定して様子を見られるのでかなりの数を仕掛けておいても術者の負担になりづらい。
魔石を使う呪いの難点はなんの魔物の魔石で行ったかによって効果の精度が変わること、【ノゾキ魔】の場合は耳の良い魔物なら魔石の周りの音がよく聞こえ、目の良い魔物なら魔石の周りの様子がよく見える。
「先生には旦那様から聞いた方法を手伝ってもらいたいんだけど、僕が指定した人の尾行をして犯罪者のアジトっぽいところを探してほしいんだよね。」
「主殿の作戦か、尾行する相手をどうやって見つける?」
「通りを見張って雑踏で足音がしないやつを尾行しろだってさ。二流だからって。」
足音を消せないのが三流、練習がてら足音をずっと消してしまうのが二流、一流は仕事のときだけ足音が消える。
忍はそれで判別し盗賊や暗殺者らしきものを発見して千影に探らせる算段だったようだ。
鬼謀は知る由もないが、もちろん漫画から得た知識である。
「先生、魔石持ってない?作っておきたいものがあるんだけど。」
「ふむ、どうせ明日の昼間までは待つことになるゆえ、夜中に補充してこよう。【ノゾキ魔】、いくつかもらうぞ。」
「いいよ。中型の魔石は二個ほしいかな、四個もあれば予備まで作れる。」
「わかった。」
山吹が服を脱ぐ、一糸まとわぬその姿は鱗でできた服のようなもので覆われていた。
忍に助けてもらったあの闘技場で披露した姿になって山吹が窓を開ける。
「僕は他にも色々準備しとくよ。ほしい御札とかある?」
「任せる。せっかく主殿のお許しがあるのだ。朝には戻るゆえ、我も点数を稼いでおこう。」
人通りがないのを確認して山吹が二階の窓から飛び降りた。
着地する瞬間に山吹の体はすぅっと石畳の中に消えていった。
忍は妙な男だった。
尋常ならざる力を持つが力のふるいかたを知らない、気が合うかと聞かれれば首を傾げてしまうだろう。
戦士としては失格、魔術師としては悪くないものの思い切るまでに時間がかかり、時に癇癪を起こして冷静さを失う、行動も山吹から見れば矛盾だらけでお世辞にも戦いに向いてはいなかった。
そんな忍に山吹が感じたものは奥底に眠る鋭利な攻撃性だった。
何故か忍は危険に飛び込むクセがある、まるで戦う相手を探しているかのように。
表面的には優しく、その実不安定な忍という男は山吹を恐れさせるほどの何かをその身に宿していた。
山吹は忍に仕えることに喜びを感じていたが、まさか初めてを捧げてしまうほど心酔するとは思わなかった。
忍に怒られたり相手をしてもらえるのはなんとなく嬉しいのだ。
マクロムの各街の外壁は岩でできている。
他にも詰め所や街の要所の建物には岩が使われていた、優秀な土魔法使いが豊富なことも要因だろう。
しかし、岩だというのであれば山吹にとってはこの上ない条件だった。
「ふむ、外壁は厚みがあって隠れるのにちょうどいい。詰め所は床下なら潜めるか。」
山吹は情報収集をやった経験がほぼなかった、少しある経験も戦場の斥候で街なかで動き回るような経験はない。
情報を処理し決断はするが、収集は部下の仕事である。
砂漠で女王ともてはやされていた頃も、相手を叩き潰すことはあっても諜報・工作という手段をとることはなかった。
山吹の意識では正々堂々とぶつかることは美徳とされ、不意打ちは卑怯者のすること、一部の力ないものの戦い方として認知はされているもののあくまで奇策、王道ではないのだ。
山吹は類まれな容姿に化け、諜報向きの能力を持った天才だが、あくまで素人だった。
「お?」
異変を感じたのは山吹が街の中心近くにある騎士団の本部の地下にいるときだった。
体が重い、うまく地面の中を進めない、それどころか足を引っ張られている気がする。
感覚を研ぎ澄ます、下半身に魔力がまとわりついてきていることがわかった。
そして地上でバタバタと鎧を着た兵士が動く気配がする。
急いで踵を返そうとするがこれもうまくいかない。
山吹は振り切るために体に力を込め土の中で思いっきり蹴りをはなった。
土煙をあげて地面から飛び出すことに成功した山吹は下半身にまとわりついた魔力の正体を理解した。
侵入者を逃がすまいと足にまとわりつく重たい土塊、土の精霊だ。
契約している魔術師が警戒させていたのだろう、山吹は急いで土塊を壊すと一目散に逃げ出した。
精霊は厄介だ、対処するには大きな魔術をぶつけて霧散させるか契約している術者を倒すのが正道だがここで騒げば人が集まってきてしまう。
幸い土の精霊は本部から離れる様子はなく追いかけてきてはいないようだ。
「功を焦ったか。また主殿に調子に乗るなと怒られてしまうな。」
人も低位の精霊も本来の山吹にとっては気にかけるような存在ではない。
出てきた騎士に指示を飛ばす者を捕まえてちょいと尋問したら済むはずのことだ。
それでもこうして逃げているのはひとえに忍のためだ。
「全く、厄介な主人を持ったものだ。」
山吹はもう一度地中を進み、慎重に宿まで戻った。
鬼謀に頼まれた中型の魔石をすっかり忘れたので、弟子にも呆れられた。




