悪い知らせと商人ニカ
忍からの指示でニカと白雷はビッグバンのスカーレット商会に向かっていた。
髪の毛のツタで体をぐるぐる巻きにして、振り落とされないギリギリの速度で空を飛ぶ。
その甲斐あって約半日、夜半過ぎには街の近くに到着した。
「あ、止まって!」
街の灯りが見えはじめたあたりで二カは問題に気がついた。
ビッグバンの街は首都なだけあって強固な石造りの外壁があるのだ。
夜ともなれば篝火の明かりが灯り、街の周囲を照らしている。
ひときわ立派な外壁はその上を見張りが巡回し、当然出入り口の門にも不寝番がいる。
「飛んで街中に入る?ううん、白雷さんは真っ白だから見つかっちゃう。朝を待って冒険者さんと一緒に入る?いや、朝はみんな出ていく時間だし……。」
ニカは魔術が使えるわけではないし、身体能力も一般的な魔物と同じくらいだ。
ノーマル一人よりも力は強いが、多人数と戦えば必ず負ける。
練習の狩りでツタを使って木の間を移動してるとき、忍さんは逃げることをニカに教えてくれた。
「こんなに静かに動けるなら、ニカは戦うより逃げるほうが向いてると思う。」
「え、でもみんなを置いて逃げるなんて。」
「そんなことはない。私は見た目もこれで足が遅かったから逃げることはできなかったけど、逃がすことはできたからね。」
忍は仲間と一緒にオタク狩りされそうになったとき足止めする役で、足の早いお仲間がみんなのお金を一緒に持って逃げる役だったと教えてくれた。
そうすれば忍がやられてもサイフは無事だし、ともすれば仲間が助けを呼んでくれると。
オタク狩りというのは小さな強盗のようなもののことらしい。
「普段からどうするか作戦を考えておくとすぐに動ける。ニカはその場で対応するのがすごく上手だからすぐにうまく逃げれるようになるぞ。」
その後、逃げるときに気をつけないといけないことを教わり、静かに動き回るための練習をした。
「忍さん、みんなを逃がしたあとどうなったの?」
その質問に忍はものすごく曖昧な笑みを浮かべたので、ニカはその後のことにはそれ以上触れなかった。
夜中にスカーレット商会の中を動き回っていても、鬼謀さん以外に気づかれたことはなかった。
静かに外壁を越えて街の中へはいること。
たぶん、出来る。
「明かりがなければ完璧なんだけどなぁ。」
「プオッ!」
ニカの一言を聞いた白雷が、空へと飛んでいってしまった。
そして程なくして強い風が吹き抜け、ポツポツと大粒の雨が振ってくる。
「なんで?!」
ニカが近くの木に捕まっている間に雨はあっという間に横殴りになり、外壁の上でたかれていた篝火はガラガラと音を立てて吹き飛んでいた。
「プオッ!プオッ!」
「え、いま行けってこと?!」
白雷が戻ってきてニカの背中をグイグイ押してくる。
そのまま小さくなってニカの頭に乗っかった。
「プオォ!」
「わ、わかったよ!がんばる!」
ニカは暴風雨の中、石造りの壁の上まで腕を伸ばした。
そのまま急いで腕を縮めるが、石の壁に体が擦れてかなり痛い。
白魔の真っ白な体はかなり目立ってしまうので、体の色を緑色にして少しでも発見されづらくする。
ごうごうと渦巻く風と雨で周りの音はかき消されている、とにかく早く壁の向こうへ。
混乱に乗じてニカと白雷はビッグバンの街に侵入することに成功した。
突然の嵐がビッグバンの街を襲った夜、スカーレット商会を預かる三人は応接室で頭を抱えていた。
ゴラン、サラ、ファルはシジミールで犯した罪により犯罪奴隷としてスキップに雇われていた。
しかしその奴隷の証の色が変わった、これは主人に何かあったことを意味している。
「三人共ってことは、そういうことだよね。」
「あの集団と一緒にいるんだ。そうそう間違いなんて……。」
「しかし、証が黒く染まってしまったのも事実、これを見られれば犯罪者として捕まってしまいます。早々に手を打たねばなりません。」
何も条件が付けられていなければ奴隷の証は主人が死ぬと消える、しかし犯罪奴隷の証は黒く残り、持ち主が犯罪者であることを証明するのだ。
これを消すことができるのは司法に関わる奴隷魔術が出来る魔術師のみであり、勝手に消したりすれば死罪は免れない。
屋根にぶつかる激しい雨の音がこの場の全員の胸中と重なっていた。
「こんばんわー。つかれたぁー。」
そんな重苦しい空気などつゆ知らず事務所の玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。
サラが急いで顔を出すとそこにはびしょ濡れのニカと白雷が玄関の鍵をかけているところだった。
「あれ?さっきファルが鍵を締めて……あれ?」
「ごめんなさい、大事なお知らせがあるんですけど、ファルさんとゴランさんも呼んでもらえますか?」
「……奥にいるよ。びしょ濡れじゃない、ちょっとまってて。」
サラが微妙に納得のいかない顔をして体を拭くものをとってきてくれて、話の前に着替えさせてもらう。
人が死ぬことは日常茶飯事だが親しい誰かの死というのはそう簡単に飲み込めるものではない。
それが長年仕えた主人ともなればなおさらだ。
ニカは白雷の体も吹いたりしてどう切り出すか迷っていたが、考えがまとまる前に着替え終わって応接室の椅子まで来てしまった。
ゴランがニカに問いかける。
「何があったんだ?」
普段のゴランは優男という感じなのだが、今の雰囲気は怒ったときの忍に似ていた。
ニカは覚悟を決めて、まっすぐに事実を口にした。
「スキップさんが亡くなりました。暗殺、です。」
応接室の豪華で硬そうな木製机にぴしりとヒビが入った、ゴランの手が木材の表面をむしりとったようだ。
白雷が反応してニカの頭の上で見を固くしたのがわかった。
慌ててファルがゴランの肩に手を置くが三人の表情は険しい、ニカは報告を続ける。
「スキップさんは挨拶回りをするのに、忍さんたちと分かれて行動してました。私と鬼謀さんは一緒だったけど、従魔車の中で気分が悪くなったから休むって目的地についたときにはもう亡くなってました。知識の街に到着して半日も経ってません。」
「そんなに早く…。」
「その後、何故か私達は貴族暗殺の犯人として疑われてます。遺体は忍さんのところに……ごめんなさい。私は側にいたのに……。」
「気にするな、俺だってニカちゃんが戦えないことくらいわかってる。しかし、話が飛んでないか?正確に話してくれ。」
ニカは一生懸命思い出しながら起こったことを順番に話していった。
【同化】の使える忍とは違いゴランたちは二カの喋ったことを頼りに状況を把握するしかない、なんとか最後まで説明を終えるとファルが口を開いた。
「傷口は針跡だけど針は残っていたわけではなく、鬼謀さんは何も気づかなかったんですね。では、相手は手練れ、至近距離からでしょう。」
「忍さんも同じ意見みたいです。スカーレット商会絡みの狙いだろうからみなさんも気をつけてほしいって。それから、暗殺犯をマクロムで捕まえるのは難しいから協力しないかと伝えてくれって。」
「「はぁ?!」」
声を上げたのはゴランとサラだ理解できないと言った様子の叫びだった。
「犯人は遠くに行ってないはずだろ!」
「ならず者を片っ端からとっちめればすぐに割り出せるはずだよね!なんならあたしがすぐにでも」
「あなたたち、スカーレット商会はどうするのですか?」
ファルの一言でゴランとサラがピタッと止まる。
ニカは二人が黙ったのを見て話を続けた。
「忍さんは相手がプロの暗殺者なら対象を殺した後に捕まるリスクを抱えてまで同じ国にとどまらないんじゃないかって。なので同じような殺し方をする暗殺者や同業者を辿って追うって言ってました。」
「なるほど。しかし、私達はお力になれそうにないです。お嬢様のお葬式にも立ち会えるかどうか……」
「え、なんでですか?!」
「主人を失った犯罪奴隷はただの犯罪者です。新しい主人がいなければ見つかった時点で刑務所行き、それに私たちが抜ければスカーレット商会も立ち行かなくなるでしょう。」
ニカは忍からこの話を聞いていない、把握していないのか話し忘れたのか伏せられているのかわからない。
ニカは自分の考えで判断を下した。
「ファルさん、全面的に協力してくれるなら商会の存続に力をお貸しします。お互いに時間もないことですし、そういう取引ではどうでしょうか。」
ニカの主人である忍が金や商会に興味がないのは明白、誰かがゴランたちの主人になれば商会側の問題は一時解決する。
なにより暗殺者の手練れが相手なら忍という戦力はスカーレット商会側としてもほしい手札のはずだ。
「……ニカさんは商人でしたね。具体的にはどうする気ですか?」
「ファルさんたちの仮の主人を用意します。自由に動けるような契約をすれば三人で商会を続けられるんですよね。」
おそらく三人が悩んでいるのは移ってきて間もないマクロムに信頼できる主人候補がいないから。
ニカは商人らしい損得勘定でこの提案をした。
これに対してファルは悩むことも相談することもなく、すぐに首を縦に振った。
「お受けします。とりあえず何をしましょうか。」
「……え?いいの?相談とかしないで大丈夫、ですか?」
ニカは意外な反応に戸惑う、商人なら損得勘定は必須、ましてや商会の進退に関わる瀬戸際でこんなにあっさり相手の提案を鵜呑みにするのはおかしいことだ。
「損得勘定抜きなのは商人としては失格だが、ニカちゃんが俺らを騙すようなことはしないだろ。」
「あんまり無茶言われてもできないから、そこらへん忍さんにちゃんと言っといてよ。」
背に腹は代えられないかもしれないが何をやらされるかわからない話である。
それでも三人は即決で乗ってくれた、その判断はニカへの信頼から来ているものだった。
ニカは嬉しくて、三人とともに今後どうしていくかを話し合うのだった。




