濡れ衣と逃亡
忍が【同化】したとき鬼謀は人の姿で部屋にいた。
どうやら兵士が事情を聞きに来たが、暗殺の恐れがあるのでと部屋に入るのをニカが突っぱねたらしい。
そんなことしたら兵士の方も黙っていない。
晴れてニカと鬼謀は容疑者となり、兵士は突入するかしないかを話し合っているようだ。
鬼謀は突入されてもいいように人の姿で、山吹もいつものフルプレートだんまりモードという状況だ。
『殺すのは簡単だけど、どうする?』
『いや、外でちょっと話してみるから荷物まとめて待機で。』
血の気が多い。
忍は鬼謀と【同化】したまま、急いで宿屋の前に行くと従魔の主人だと兵士に話す。
もちろんお約束どおり剣を抜かれて戦闘にはなるのだが、水をぶっかけて上の人に話を通してもらうのだった。
「何の騒ぎだっ!」
通りでの騒ぎを聞きつけて宿の中から白い金属鎧に身を包んだ男が出てきた。
兜まで被っているということは突入直前だったかもしれない、あぶないあぶない。
「いや、そこの兵士さんがこっちの話をなんにも聞いてくれないもので。とりあえず突入をやめていただきたいんですが。宿に迷惑ですし。」
「ふむ、この宿にいる一行には貴族の暗殺の疑いがかけられている!庇い立てすれば貴殿も罪に問われるぞ!」
「貴族?奴隷ではなく?」
「奴隷が殺されたくらいで我らが動くわけなかろう!」
なんか堂々とすごい嫌なこと言われたな。
さておき、スキップは大商人だが貴族位は持っていないはずだ。
『貴族暗殺?……でも、入ってこようとしてるのはこの部屋だよ。間違いない。』
『鬼謀は山吹と、ニカは白雷に乗って合図したらすぐ逃げられるようにしてくれ。窓からならいける。』
『わかった、伝えるね。』
最悪の想定はしておくものの、鬼謀にも全く心当たりがないようだ、もちろん忍にも心当たりがない。
それでも押し入ろうとしている部屋が忍たちの部屋というのは確定のようだ。
「なるほど、現在、従者には部屋から出ぬように厳密に命じております。その部屋に皆様が話を聞きに来たということでしたが、部屋を間違えておられませんか?」
「このヘラクレス家が長男、ヴォルカン・ヘラクレスが間違っているだと!多少使える魔術師のようだから話を聞いてやったが立場をわきまえぬ発言、この場で引導を渡してくれる!こいつは私に任せて部屋に突入しろ!」
「早くない?!」
嘘、指揮官の沸点低すぎ・・・?!
うちの従者たちはまだわかるけどそれでいいのかヘラクレス家。
宿の窓からウサギをひっつかんで飛び降りてきたフルプレートとまあまあの勢いで飛び去る蔦の絡まった白い物体、山吹が忍の方に走ってきて胴体を掴んで走る走る走る。
『旦那様!もうちょっとなにかなかったの?!』
「すまんな!」
山吹はあっというまに大通りから路地に入って駆け回り、追手をまくと急いで鎧を脱ぐ。
鎧の下は平服だった、逃走準備はバッチリである。
忍は宵闇のマントを羽織り鬼謀を抱きかかえた。
「ニカと白雷はこのままゴランに連絡を取ってもらう。山吹は適当に宿を見繕って部屋をとってくれ。鬼謀と千影と私で状況を探る。」
「承知いたしました。」
状況が動くのが早すぎて対処しきれない。
何が起こっているのかを把握するのを最優先とし、忍は山吹と分かれてそこらの影にしゃがみ込む。
「千影、いるか?」
『もちろんです、忍様。』
いなければ召喚しようかと思っていたのだが、ドサクサに紛れて忍のマントの下に控えていたらしい、有能すぎる。
路地裏の影になったところでしゃがみ込み、作戦会議と相成った。
『で、どうすんの。』
『情報収集だ、記憶を覗く。』
『僕らを探してる奴らがいる間にってこと?』
『うん、ヴォルカンの記憶が本命だけど、基本は少数の兵士や眠っている人かな。昼間なのにうつらうつらしてる店番とか。』
忍は千影を烏に変えて街に放った。
陣取った裏路地は吐瀉物のような据えた匂いがしていたが、昼間なのに薄暗く千影に見張りを任せられるくらいだった。
もう少し太陽が傾くまで潜伏していたいが、夕方はまだかなり遠い。
『なにか作戦はある?』
『千影は全員の記憶を読んで殺してしまうのが一番の早道かと。』
『言うと思った、却下で。』
『作戦の前に一つ、その樽しまわないの?』
『ああ、これはスキップの魔石が入ってる。指輪に収納したらなんか駄目な気がして。』
『昨日は死体ごと収納してたじゃないか……。ま、いいけど。そしたらまずはその樽をどうにかしたいね。』
『そうだな、たしかにまだ死ぬ準備が足りないようだ。』
『千影が必ず守ります。』
『縁起でもない。』
何気なく呟いた言葉に反応されて笑ってしまう。
死ぬ準備、とあるゲームでボス戦などの大事な局面に挑む前に買い物や作戦を立てて万全の準備をすることを意味する言葉だ。
そこまで準備しても死ぬゲームなのでこんな言葉が使われていた。
『ちなみに、もし正面から叩きのめせば貴族とか、最悪は国と戦うかもしれないけど、そこは理解してる?』
『僕がいうのもなんだけど、元魔王と元女王と上級精霊とでっかい白魔を従えててどうやったら人の国一つに負けるのさ。どれか一つだけでも災害レベルだし。』
そう言われればそうなのだろうが、筋肉痛で苦しんでいたのを見ているのでいまいち実感がわかない。
他の三人は納得できるが、周りの生物を根絶やしにする呪いが鬼謀が魔王になった原因であって、それがなくなった今、どこまで戦うことが出来るのかというのは当然の疑問だった。
『まあ、旦那様の言いたいことはわかるけどさ。装備がないとはいえ、元魔王だよ?ここから一歩も動かないでこの街滅ぼしてみせようか?』
『ごめんなさい、やめてください。』
『むしろもっと僕らを頼ってよ。なんとなく旦那様が嫌なことはわかってきてるし、ここらで一度任せてくれないかな。僕や先生はかなり色々出来るけど、旦那様の指示通り手札を秘密にしてるからやってないだけなんだよ?』
『それは、まあ、そうなんだろうな。』
同じようなことを山吹も言っていた。
『旦那様が倒れたら僕はどこかの国に戦いを挑むからね。華々しく散るのもいいじゃない。』
『頼むからやめてくれ。』
忍は鬼謀と軽口まじりの相談をしながら作戦を考えていた。
実際のところどう動き回るにしても町中で見つからずに情報収集というのは目立つ容姿の忍にとって現実的ではない。
ここで山吹と鬼謀に任せてしまえるのならかなり助かる、が。
スキップのことを思うとバラけて行動するのはかなり心配だし、自分ですべてを終わらせたいという気持ちが抑えきれない。
これは確実に荒事、嫌だからといって鬼謀たちに押し付けるのはさらに最悪だ。
『忍様、それは違います。』
『そうだね、押し付けじゃない。出来るって言ってるんだから僕らに任せてよ。旦那様と違って人を殺しても吐いたりしないし。』
『こんなときに思考漏れ……こんなときだからか。』
忍は顔を覆いたくなったが、今更なのでため息を一つついた。
吐いたことを把握されていたことといい二重に情けなくなる。
人生は恥の上塗りだ。
『鬼謀は山吹に聞いたのか?』
『まあ、ね。よくあるんだってね、戦争中に吐いたり狂ったりすること。』
『千影は忍様に休んでいただきたいです。今もひどくお疲れの様子なのですよ、お気づきですか?』
千影に言われて自分のことを考えてみるがたしかに手に力が入りづらい。
自覚した途端に体がいきなり重くなって地面にへたり込んでしまった。
無理を重ねて知らぬ間に倒れた経験は片手では数え切れない。
また同じ轍を踏むところだったようだ。
『スキップのこと、怒ってるのは旦那様だけじゃない。冤罪もタイミングが良すぎるってわかってるよね。だから、任せて。』
『……わかった、任せる。』
『決まりだね。じゃあ先生に樽を渡さないと、僕は兵士に見つからないように街の外まで案内するよ。情報が集まるまでしばらく休んでおいて。』
忍の頬を涙が伝った。
悲しいことがありすぎてどれが理由はわからないが、泣いていた。
しかし忍の思いついたどんな悲しいことも、その涙の理由ではないことに忍は気付くことができなかった。
力が抜けた体にもう一度気合を入れる。
まずは、街の外に。
千影と鬼謀の案内のもと忍は街を抜け出したのだった。




