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突然の別れ

 『知識の街っていうくらいだから文官っぽい人が集まってるような感じがしてたけど、ムキムキだね。』


 アダムスキーから下りて街を見た鬼謀の台詞に忍はたしかにと同意した。

 町並みは高い建物並んでいるわけでもなく至って平凡なのだが、男性も女性も筋肉質で武器やら防具やらで武装をしている人も少なくない。

 そしてアダムスキーの発着所が忍たちが下りてきたところを含めて花びらのように円形に五つも並んでいる。

 他の発着場にアダムスキーは残っていなかった。


 「あれは魔神の寝床に降りるアダムスキーの発着所ですわ。研究者の現地調査や食料調達にも護衛が必要ですの。冒険者が多い街なのですわ。」


 なるほど、なんだか色々あるようだ。

 たしかに大学なんかの教授とかフィールドワークが中心で授業が森の中ばっかりとか聞いたことがある。


 「わたくしは着替えて宿やお店に挨拶回りに行きたいのですけれど、ご主人様はどうされますか?」


 「そういうことなら冒険者ギルドに挨拶にいこうかな。山吹は依頼を受けたいだろう。私のことは気にしないで暴れていいぞ。」


 予選で忍が調子を崩したことで山吹は遠慮しているようだったので強引に提案してみる。

 少し悩んだあとにサムズアップをしたのでまた食料のストックを増やしてもらおう。


 「では、二時くらいにこのアダムスキー乗り場で再集合でよろしいかしら。」


 相談の結果、ニカとスキップと鬼謀の挨拶回り組と山吹と千影と白雷と忍の冒険者ギルド組に分かれることになった。


 あとで雑に着れるようなこの世界のデザインの服を買いに行こう。

 スキップ用の細かい道具や日用品も買いに行こう。

 そういえば久々にいっしょの食事を取れるのは楽しみだ。

 忍たちはいつもどおりに冒険者ギルドでイベントや依頼を確認し、一時半には待ち合わせ場所に着いていた。

 三十分待って待ち合わせ時間になり、更に三十分ほど待っても誰も現れない。

 挨拶回りが長引いているのかと考えていたが、更に三十分が経過してしまった。

 ……遅すぎる。


 「【同化】。ニカ、何かあったのか?」


 『忍さん、スキップさんが……ごめんなさい、わたし、わたし一緒にいたのに……』


 動揺したニカの意識と声が頭に流れ込んでくる。


 『スキップさんが……死んじゃった……』


 その一言に、忍も冷静ではいられなかった。




 忍たちを見送ったあとスキップはやる気満々でニカたちを先導した。

 ついた宿は赤を基調とした外壁でものすごく目立っていた、看板にはレッドサロンと書かれている。


 「ニカさん!鬼謀さん!ご主人様のために行きますわよ!」


 「スキップさん気合い入れすぎー。」


 「当然ですわ!やっと合流できたのですからここでわたくしの有能さを示すのです!まずは宿屋で着替えですわ!」


 「忍さんはそういうのわかってると思うよー。」


 ニカはいつものオーバーオール姿でスキップは真っ赤なメイド服を好んで着用している。

 流石に取引先にこのままで挨拶に行くわけにもいかないということは、ニカもわかっていた。

 ドレスコードというやつである。

 しかし、ドレスというのはとても面倒で、一人で着ることはできないし時間もかかる。

 コルセットは締め付けがきつく擦れて痛いし、ハイヒールは歩きづらい。

 実は変身の応用で化粧をする必要がないという時間短縮があるのだが、それを差し引いてもニカはおしゃれが好きではなかった。

 忍が派手な格好を嫌うのもあって、あんまりやる気も起きていなかったのだ。

 逆にスキップはいつでもきれいでいたいという考えの持ち主で、常日頃から着飾って変身の集中も香水も欠かさない。

 服もかなり悩む、全てのアイテムが赤系統なのだが、同じ赤でも微妙に違うらしい。

 おかげでニカたちとスキップの準備の時間には大きな差が生まれていた。


 「あら、もう待ち合わせまで一時間しかありませんわ。ニカさん、鬼謀さん、靴はどっちがよろしいかしら?」


 「右かなー?」


 「右だねー。」


 「真面目に考えてくださいまし!」


 昼前に街について正午には宿屋に着いていたのだが、そこから一時間たっぷり悩んでいる。

 普段ならこの倍くらいは悩んでいるだろう

 荷物になるからと服は少なくしたと言っていたので、早いのかもしれない。

 もちろんスキップ基準で、だが。

 ちなみに、ニカたちはとっくの昔に着替え終わっている。


 「スキップは何着てもきれいだし、取引先や旦那様を待たせるほうがまずいんじゃない?」


 「はっ!困りましたわ、もう時間がギリギリ……ニカさんたち、信じますわよ!」


 実際のところ細かい装飾が違う程度で、ニカたちにはほとんど差がわからなかった。

 スキップの着替えが終わると待っていた宿屋のオーナーと歓談し、その後用意されていた従魔車に乗り込んで服屋に向かった。

 忍の平服を作るのに事前に店主と打ち合わせをしてサイズを伝えておくためである。

 安い服じゃないと普段着には絶対してくれないというニカからの的確な指摘で、商会に登録している服屋に目星をつけておいたのだ。


 「せっかくですから他の皆さんのメイド服も仕立てますわ。寸法さえわかれば数日で完成しますわよ。」


 「え、でも、白雷さんとか服着ないよ。」


 「というか僕のも無理やり作らされたけど、メイドの仕事とかできないからね。」


 「いえいえ、ご主人様も男性ですからかならず役に立つはずですわ。」


 ニカはビリジアンの関所で忍が耳と尻尾を大量買いしたのを思い出して、なんとなく用途に気づいて変な笑いが漏れた。

 鬼謀は難しそうな顔をしている。


 「そういうのよりまずは忍さんに告白しないと。」


 「じ、女性からそういう事を持ちかけるのははしたないですわ!」


 「いや、こっちが押さないと旦那様は絶対手を出してこないよ。」


 「そんな、でも……」


 「ちゃんと二人きりなら聞いてくれるさ。普段も流されるけどちゃんと聞いてはいるし。」


 「くっ……お二人は余裕ですわ……ね。」


 従魔車の揺れに合わせてスキップがふらついた。

 壁に体を預けてゆっくりと息を吐いている。


 「おかしいですわね、普段は酔ったりしませんのに……興奮しすぎたかもしれませんわ。」


 「服屋につくまで休んでて大丈夫だよ。ついたら起こすから。」


 「お言葉に甘えさせていただきますわ。……おやすみなさい。」


 「おやすみなさい。」


 「おやすみ。」


 スキップはこのまま目覚めることはなかった。

 異変に気付いたニカが御者に神殿に行くように伝え、それまでの車内で鬼謀が診察したところコルセットの上辺り、肩甲骨の周辺にに針の跡があり、そこを中心に紫色の変色が確認された。

 毒殺、毒の強さから見てプロの暗殺だった。

 もし異変に気付いたとしても市販の毒消しは効かず、専用調合の解毒薬か【リムーブポイズン】をかけるしかない。

 神殿についたときにはすでに事切れており、手の施しようはなかった。




 『ごめんなさい、わたし、ずっと一緒にいたのに!』


 「そうか、すぐ行く。」


 忍はそれだけつぶやいて【同化】を終了し、そのまま歩き出した。

 山吹は慌てて追いかけてくるが、忍は山吹が追いつく前に目の前にいた通行人の襟首を掴んで締め上げた。


 「神殿はどこですか?」


 「いた、な、なん」


 「神殿はどこですか?」


 運悪く捕まったのは一般人の女性だった。

 ただ、忍の近くを歩いていただけ。

 異様な雰囲気に飲まれてその場の誰もが何もできないでいると、忍の周りには熱気が渦巻き小さな炎の塊が燃えはじめた。

 肩に手を置かれ声をかけられる、見覚えのある鉄のグローブだ。


 「主殿、そこまでです。我らにも説明を。」


 「……スキップが死にました。」


 女性を手放した忍の声は感情が読み取れないほど冷たく響いた。

 ただ、放たれていない【ファイアボール】が忍の脇に浮いた状態で今か今かと放たれるのを待っている。

 段々と周りの通行人が状況を把握しはじめてどよめきが波のように広がっていく。

 尻餅をついた女性が震える指で通りの先を指差す。

 山吹の表情は伺いしれないが、指さされた方向に忍を先導するように歩き出した。


 「ありがとうございます。」


 忍はまるでそれが当たり前だというように女性にお礼をいうと、魔法を消して歩きはじめた。

 そこそこあった人通りは左右に割れ、誰もが天原忍というただ一人の並々ならぬ雰囲気に気圧されていた。

 神殿は幸い近くにあったので衛兵が駆けつける前に神殿の中に入ることができた。

 入口では鬼謀が忍を待っていて、そのまま死体のある病室まで連れて行ってくれた。

 忍はスキップの青白い顔を見ると口角を上げてニヤリと笑った。

 涙が頬を伝う感覚はあるが、顔が戻らない。

 押し殺した声は泣いているのか笑っているのかぐちゃぐちゃになった感情がメディアプレイヤーの視覚効果のように波打つたび、忍の喉から声にならない声が漏れる。

 

 「クック…クックッヒュッ…クックック……」


 頬を触る。

 石のような冷たさなのに皮も肉もあるせいでグニュッとした手触りがした。

 ああ、これは死体だ。これが死体だ。

 じっくりと見るのは祖父の葬式以来だろうか。

 この体に熱は戻らない、この目はもう開かない。

 あとは腐って土に帰るだけの有機物の塊、だった。



 忍はスキップの死体を底なしの指輪に入れた。


 「しのぶさ」


 「時間がない。宿に戻って部屋から出ずに全員お互いを守れ。スキップの身元は隠して死体は主人が連れ帰ったと言ってくれ。」


 ニカの声を遮って忍は早口に、しかしはっきりと指示を口にすると精霊の壺を渡して神殿を飛び出した。

 発言が命令となったのか、あまりに重苦しい雰囲気の言葉だったからか、忍の従者は誰ひとりその場を動けなかった。

 ただ一つはっきりしていることは忍がなにか目的を持って、急いで動き出したということだけだった。

 妙に具体的な指示を出した忍は暴走しているのか、考えを読めたものは誰もいなかった。




 忍は神殿から飛び出すとその足で雑貨屋に入り、インクをあるだけ買い占めた。

 路地裏の安宿に部屋を取り、鍵をひったくって駆け込む。

 底なしの指輪の中では時間が止まっているはずではあるが、確定した情報ではない以上今は一分一秒が惜しかった。


 ベッドにスキップの遺体を仰向けに寝かせて服を裂いた。

 飛熊を抜き放つ、握った手が震えている。


 「落ち着け…落ち着け……すー………ふぅー………。」


 長く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 頭の中でこの先やることを順番に並べ終わると震えが止まった。

 みぞおちからナイフをいれ、真横に引く。

 飛熊は業物だ、その切れ味は本物であるからこそ、魔石の近くは切れない。

 仲間の死体の腹の中を両手でかき分ける。

 肉を、臓器を引きちぎる感触、スキップの骨の硬さをその両手で感じる。

 肋骨の下から手を差し入れて指先に当たる違和感を探す、探り当てたそれを忍は一気に引き抜いた。

 嫌な感触とともに引き抜いた両手は赤に染まり、真っ赤に輝く魔の名を持つものの証、スキップの心臓たる魔石がその手に握られていた。


 次、犠牲者の血とインクを混ぜる。

 次、手を洗う。

 次、影の書を開く。

 次、布に魔法陣を写す。


 思考を停止し、ただ、しなければいけないことをする。

 一心不乱に血を混ぜたインクで魔法陣を描きあげる。

 そして指輪から真っ黒な刀を取り出したところで思考が戻ってくる。


 「……一発勝負だ。」


 あぐらをかき、取り出した魔石を魔法陣の中心に置く。

 ソウルハーヴェストを真横に倒し、棟に左手を添えて大きく息を吸った。


 「主が命ずる。魔力を我に。」


 背すじがすぅっと冷たくなりなにか大きな気配のようなものを感じた。

 刀からは紫の霧のようなものが立ち上り忍の体を包んでいく。

 明らかに体に悪そうなそれはビリジアンで見た【クロケムリ】に似ていた、忍の周りをゆらゆらと揺らめいている。

 紫の霧はいつの間にか魔法陣を視認できないほど濃くなっており、部屋中を満たしていた。


 「魔の源に力を宿し、遠きこの世に再び立たん。【魔石再生】」


 魔法陣が真っ赤に発光しその霧がスキップの魔石に吸い込まれていく、魔法陣の発光が弱まりはじめると同時に忍はソウルハーヴェストを真横に一振りした。

 ソウルハーヴェストが空間に満ちた霧をその刀身に吸い込んでいく。


 【魔石再生】、魔石の復活を早めるための魔術である。

 条件が厳しい魔術で、魔術を使う条件は死んでからできるだけ早く、本人の血を混ぜたインクを使って魔法陣を描き発動させること。


 魔物や魔族は魔石さえ無事ならば死んだとしても復活することがある。

 それが十年後か百年後か千年後かはわからないが、復活するには魔石が魔力を蓄えるのが絶対条件だ。

 魔石は持ち主の体を巡る魔力の数倍の魔力を溜め込める容量を持っているが、そんな量の魔力には体が耐えられない。

 無理やり供給した場合は体が爆散して死ぬ、これはグラオザームで証明済みだ。


 もちろん魔石も魔力を供給しすぎれば砕ける。

 しかし、供給量が少なければ復活するのが何百年先になるかわからないし、復活することができない可能性も出てくる。

 ソウルハーヴェストの魔力は膨大で最後まで吸わせてしまえば確実に魔石が砕ける、その前にその場に拡散した魔力をもう一度刀の中に収めなければならない。

 つくづくこの世界の魔術師は技術職だ。


 「これで、いいんだよな。」


 魔法陣が光を失う直前に霧はすべて刀の中に収まったように感じた。

 魔石は紫色に変わっていたが、慎重に持ち上げてみても傷一つついていなかった。

 緩衝材代わりの布を詰めた小樽に収めて蓋をする。

 あとはこの魔石を棺に移し替えて魔力の強い場所に安置すればいい。


 忍はひどい状態になった遺体の傷を縫い合わせて、丁寧に布で巻いて再び指輪にしまった。

 服を着替えて簡単に掃除をする、ベッドの血の跡だけはどうにもならなかった。


 死体は腐って土に帰るだけの有機物の塊だった、遠い遠い別の世界では、だが。


 「吐かずに済んだか。」


 誰にともなくつぶやいた言葉を聞くものはいない。

 もう夜に差し掛かろうという時間だ、今夜はここで寝ることにする。

 血の匂いは不快で、窓を開けていても少しくらくらする。

 それでも目を閉じて時間を過ごすうち、忍はいつの間にか眠っていた。


 窓から入ってくる光が強い、懐中時計は十一時を指していた。

 眠ったことで体が回復した気がするが、心には泥のようなものがタプタプと堆積しているような気がした。

 樽を指輪に入れようか迷って抱えて運ぶことにする、スカたろうと同じ理由でなんとなくだ。

 迷惑料として宿の主人に金貨を握らせてニカたちのいる宿へと向かった。


 忍が聞いていた大通りまでやってくると、スキップの用意した宿はすぐに見つかった。

 宿の前で兵士が数人待機しており、物々しい空気になっていたからだ。

 忍はそのまま宿の前の野次馬に隠れて魔術を使い、鬼謀と連絡を取るのだった。


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