黒狼の魔術師とパルパルの魔法屋
スカーレット商会の建物は一階部分が従魔車と従魔が待機できる駐車場になっており、二階部分が事務所になっていた。
しかし、あくまで支部ということで規模が小さくその建物の前には身なりの良い人々ががごった返していた。
それらの人々は何らかの紙を握って順番を待っているが、どうやら門前払いを食らっているようだ。
忍たちの従魔車は列を横目に一階部分に入ろうとするが、こちらにも彼らが殺到してくる。口々に叫んでいるのが聞こえた。
「代表と話しをさせてくれ!」
「黒狼殿を紹介していただきたい!」
「血まみれ殿につなぎをとってくれ!」
「なんかちまみれって聞こえた?」
『はて、物騒ですね。』
嫌な考えが頭をよぎる、いや、さっきのアダムスキーがメテオライトからビッグバンの最速移動手段だったはずだ。
予選が終わってからすぐにアダムスキーに飛び乗ることはできないはずだし、同じ船に乗っていなかった以上、ゴードンがビッグバンに来ているということは考えにくい。
スキャンダルの発覚した芸能人の家のような状態だったが、流石に従魔車用の入口を無理やり突破するようなやつはおらず、中に入ったところで喧騒は遠くなった。
「一体何があったんだ?なんかものすごいことになってるが。」
サラが従魔車を止めると忍はすぐに扉を開けて飛び降りた。
忍の質問にサラが答える。
「いやいや、忍さんのせいでしょ。黒狼の魔術師さんに血まみれ鎧さん。」
なんだか神妙な顔をしてサラが一枚の紙を取り出した、その紙には大々的にこう書かれていた。
マクロム大武力祭予選で血煙が舞う!
二回戦で圧倒的な強さと残虐性を見せつけ、勝ち残った選手全員を棄権に追い込んだ黒狼の魔術師!
血まみれ鎧を従えた無名の優勝候補、シノブとは一体何者なのか!
「何やってんですか。」
「……無実だ……。」
なんで忍が快楽殺人鬼のように書き連ねられているのか。
というか新聞があるなんて聞いてない、メテオライトの図書館にもなかった。
これはおそらく号外だ、写真が乗っていないのが救いだが黒マントで太った魔術師・忍と寡黙な全身鎧の従魔・山吹、白い一角の空飛ぶ従魔を連れているということは書かれてしまっている。
「山吹すぐに鎧を脱げ、早く!」
「え、こんなところでですか?!露出プレイは心の準備が?!」
「違う。話は後だ、従魔車の中で着替えさせてもらえ。」
忍も宵闇のマントを仕舞うが、ずっとパーカーとカーゴパンツを模した服を作ってもらっていたため違うデザインの服がない。
「サラさん、布とかってありますか?」
「お嬢様が用意してたよ、まあ、詳しい話は上で。」
パーカー、カーゴパンツに異世界製スニーカーという出で立ちでドレスに着替えた山吹とともに階段を上がり、急いで応接間へと通される。
中では大きな皮袋を机に置いてメイド服のニカとスキップがお茶をしていた。
あいさつもそこそこに忍はメテオライトで山吹がやる気になってしまって予選に出場したこと、予選でゴードンと鉢合わせし、そのゴードンがこの血煙の予選を引き起こしたことを説明した。
「なるほど、ご主人様と残虐性という言葉が結びつきませんでしたが、予選を突破したのは事実ですのね。おめでとうございますわ。」
「ああ、ありがとう。いや、それよりも外の人だかりとかこの号外とか色々混乱してるんだけど。」
「おそらく本選出場者への煽り文句が過剰なのでしょうね。選手の棄権が事実ならそれだけの実力者が勝てないと認めたということになりますからこの騒ぎも当然ですわ。」
スキップは涼しい顔をしているが、昨日の今日でこうなるとは予想外にもほどがある。
だいたいどこからスキップと忍が知り合いだということが漏れたのだろうか。
「おおかた、港で船を降りるときに一緒にいるのを見られていたのでしょう。騒がれるのには慣れていますわ。」
「私は慣れてないんだが……いや、すまない、私のせいで騒がれているのだった。」
「どうせなら主殿の強さを見せつけ、黙らせればいいのではないですか?」
「山吹はそういうよな。私は嫌だ。この状況に吐き気が倍増してるわ。」
山吹とスキップは名誉や権力のある地位にいたことがあるので、この目立ちたくない凡人の気持ちとかはわかってくれない。
それどころかあの入口の人混みにもみくちゃにされたら気を失うかもしれない。
「スキップさんの商会って宣伝も兼ねて隅から隅まで派手になってるから、忍さんとは相性悪いよね。」
「そ、そんな……」
ニカの的を射た一言にスキップが絶句している。
このやり取りを見ただけでなんだかずいぶん砕けた関係になっている気がした。
「ニカ、スキップのところで働いてみて勉強になったか?」
「うん、やってることが全く違うってよくわかった。」
よくよく話を聞くと上流階級相手の商売はスキップの領分なのだが一般的な商売のノウハウはニカのほうがよく知っているらしくスキップが手を焼いていた一般向けの販路の拡大に一役買ったらしい。
一ヶ月で交渉が難航していた店舗との契約を何件もまとめ上げてしまったという。
「冒険者とか狩人向けの宿屋に一泊金貨一枚の部屋作るなんて、まとまる交渉もまとまらないって言っただけだよ。あとは商会の人とスキップさんが契約をまとめてたし。」
「大銅貨八枚で部屋を提供している宿屋なんて聞いたこともありませんでしたわ。勉強になりました。おかげで商会も安定いたしましたし、わたくしが離れても問題なくなりましたわ。あとはゴランたちがうまくやるでしょう。」
「本当についてくるのか?贅沢はできないぞ?」
「何度聞かれても答えは同じですわ、この日のために準備してきたんですもの。不束者ですがお側仕えをお許しください、わたくしのご主人様。」
「……ああ、よろしく頼む。」
ひざまづいて頭を下げるスキップにこちらのほうが恐縮してしまう。
「それに、心配していたわたくしがお役に立てないということはなくなりましたわ。この騒ぎのおかげで必ず貴族や豪商がご主人様に接触してきますもの。交渉はわたくしとニカにお任せください。」
「ああ、それは助かる、頼りにしてるよ。しかし、これじゃカシオペア家には顔を出せそうにないな。」
「そうですわね。先方にも迷惑になってしまいますし、スーパーノヴァにいると手紙だけ送っておくのがよろしいですわ。」
「ん?知識の街に行くのか?」
「大武力祭の予選はビッグバンとメテオライトでしか開催されませんの。ゴードンの目的が大武力祭であれば寄る可能性が最も低い街ですわ。」
なるほど、ゴードンの存在自体に沸点が低くなっていたがこの国に来た目的があるはずだ。
それが大武力祭という可能性は十分にあった。
「それにスーパーノヴァ学術大図書館は実用書の蔵書数が桁違いですの、閲覧権を持つ方がいればかなりの数の本が読めますわ。」
「ん?マクロム国立図書館じゃないのか?」
「国立図書館は国史や図書全般で学術大図書館は論文や実用書、魔術書をまとめている図書館ですの。原書の閲覧もできますわ。」
閲覧権を持つには書物の扱いの専門試験を突破する必要があるようだ、図書館内での写本が許されているのもこの権利を持つものだけらしい。
あまりに古い書物だと壊れて読めなくなってしまう可能性があり、写本を頼んで一、二週間待たないと読めないとのことだ。
「スカーレット商会が懇意にしている写本師に渡りをつけておきましたの。少々気難しいのですが、有能な人物ですわ。」
「色々と手回しがいいな。」
「ご主人様に仕えるものとして当然のことですわ。」
誇らしげに笑うスキップのサポートのもと、忍たちはスカーレット商会から一歩も出ずに旅の準備を整えたのだった。
スカーレット商会の事務所に缶詰になること一週間、新しい服やら靴やら外套やら身の回りの物を中心に一通り揃え、真夜中にこっそりとビッグバンの街へと抜け出した。
時間がかかったのは忍の服がオーダーメイドだったせいである、既存の服の収まる腹ではないのだ。
この一週間全く顔を見せなかった鬼謀は魔導具に詳しい魔法屋に入り浸っているらしい。
出発するときに迎えに来てくれればいいとのことだったので魔法屋に寄ると中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「まともに動かねぇかはやってみねぇとわかんねぇじゃねぇか!」
なんだか既視感のある怒鳴り声だ。
いや、声は女性なのだが口調にすごく心当たりがある気がする。
扉を開けようとするスキップの後ろで忍は勘に従って水鉄砲を用意した。
中に居たのは耳をふさいで冷静に反論している鬼謀とヒゲと髪の毛を三つ編みにした小さい女性だった。
「こんな時間に何を言い争っていますの?」
スキップの声は小さすぎて女性の耳に入っていないようだったが、鬼謀は忍の姿を見つけると走ってきた勢いそのままにキスをしてきた。
場が一瞬静まりかえる、唇を離した鬼謀のほっぺたを左右にむにっと引っ張った。
「人前で何をする。」
「ひしゃびしゃだからいいやない」
「よくない。あとで説教してやる。」
顔が真っ赤になっている自覚があったがそのまま鬼謀のほっぺをムニムニしてごまかす。
そのまま言い争っていた女性に向き直った。
「すみません、うちの鬼謀がなにか失礼なことでもいたしましたか?」
「あ、いや、すまねえ、あたしもカッカしちまって。バルバルの魔法屋、店主のパルパルだ。」
「忍といいます。鬼謀を引き取りに来ました。」
ちなみにスキップはまだ固まったままで、山吹は笑顔で青筋を立てていた。
忍が鬼謀を山吹に渡すとそのまま外に連れて行かれて悲鳴が聞こえる。
真夜中だよいい加減にしてくれ。
「パルパルさん、土の民ですか?」
「ああ、ってあたしのことはいいんだ。鬼謀は天才だ、ぜひ店を持たせてやってくれ。」
パルパルはそういっていきなり忍に頭を下げた。
「えっと……事情がどうも。詳しくお願いします。」
「あいつは三百年前がどうのとか帝国がどうのとか嘘を付く癖はあるが、魔術と魔導具の腕は本物だ。この一ヶ月であたしが知らない技術を作り出しやがった。」
「ほう、ちなみにどんな技術です?」
「強力な光を発生させる方法だ、普通の魔導ランプよりも広い範囲を照らせる。もしかしたら城壁の上から地面近くの様子を見られるようになるかもしれない。」
この世界の魔導ランプはせいぜい白熱電球くらいの明るさだ。
照らすのも数メートルの範囲が限界で城壁の上から下の方を照らすには魔術か中級魔法を使うしかなかった。
【ライトフロート】や【ホワイトフレイム】は動かせるが明るさの範囲はちょっと強力になった程度なのでそこまで強い光なら十分に有用なのだろう。
「なるほど、考えておきます。私共は旅をしていますから店というわけにはいかないかもしれませんが。」
「旅?スカーレット商会の人だろ?」
「ご主人様はスカーレット商会の名誉会長ですわ。」
スキップがサラリと初耳の内容を口にする。
いつできたんだそんな役職。
「名誉、会長うぅ?!申し訳ございませんでした!除名だけは勘弁してください!」
とりあえず土下座するパルパルを宥めて落ち着かせた。
なんとパルパルは借金が膨れ上がって返せなくなりスカーレット商会が肩代わりしているらしい。
ヒゲがある以外は身長も相まってちょっとがっしりした女の子という感じなので何で借金をしたのか聞いたら酒だということだった。
腕も気もいいが酒に全てをなげうってしまう駄目なドワーフという印象が忍の中で出来上がった。
「あ、あの、ところで名誉会長様が腰に下げてる剣は土の民が作ったものですよね?良ければ見せてもらえませんか?」
「え、なんでわかったんですか?」
「細工に特徴があるんです。」
「なるほど、貴重なものなので扱いには注意してくださいね。」
パルパルは赫狼牙をじっくりと見ながらブツブツ独り言を言っていたが剣身の銘が目に入ると顔が青くなった。
「あの、これ、どなたの作品でしょうか?お店の名前は?」
「バンバンという土の民に打ってもらいました。バンバン・ババババ・ババババンというお店ですね。」
「ランスマイスターのバンバンさんですか?!」
忍の顔にハテナが浮かぶがランスマイスターという一言にスキップの様子が変わる。
「ご主人様、その方は知り合いとおっしゃっていた方ですか?」
「そうそう、無事だといいんですけどね。ランスマイスターってすごいんですか?」
忍の脳天気な質問にパルパルが答える。
「マイスターはギルドとマイスターに技術を認められた者のみが名乗れる称号で鍛冶師のマイスターは三人しか生き残っていないとされています。ランスマイスター・バンバンの作となれば剣でも大金貨五百枚はくだらないでしょう。鍛冶師のマイスターは戦争などで国から無理難題を押し付けられることも多いですから失踪したり死んでしまいやすいそうです。」
とぼけた顔してとんでもないドワーフだった。
下手に人に勧めないほうがいいかもしれない、店の場所とか内緒にしておかないと。
何がアサリンドで指折りだ、国境飛び越えて三本の指に入ってるじゃないか。
パルパルが赫狼牙を拝みだしたのでそろそろ潜伏する宿屋に行きたいところだ。
なんだかげっそりして戻ってきた鬼謀が荷物を指輪に収納したのでここらでお暇することにした。
「貴重な剣を見せていただいてありがとうございました。鬼謀も元気でね。」
「パルパルも元気で。酒は禁止だよ。」
「あぁん?うるせえな。おめぇがいなくなったら飲むに決まってんだろ!……あ。」
飲むんだ。
どうやら素の状態のドワーフというのは大体こんな感じのようだ。
忍は苦笑いで大丈夫だとジェスチャーするがパルパルは恐縮しきりで見送ってくれた。
魔法屋から十分離れたところで鬼謀がうさぎの姿になり忍の頭の上の定位置に収まった。
「しかし、パルパルさんはスキップの顔を覚えてなかったのか?」
「ご主人様とともに旅立つことが決まっていましたので、マクロムに来てからはゴランが表立った対応をしていましたわ。もともと面識のある方々にはわたくしが対応しましたが今後はゴランに商会を任せるという挨拶もいたしましたし、まさかメイドになっているなんて誰も思わないですわ。そうでした、こんなものも作っておきましたの、これで完璧ですわ。」
そう言ってスキップは細身の眼鏡を装着したがバレバレだ、そんな派手なメイドがいるか。
レンズが入っているようだが、ミリオン邸でも使われていた魔導ガラスというものらしい。
眼鏡を強化ガラスにしてどうする、鼻が折れるぞ。
そんな何処かで聞いたセリフを山ほど飲み込んで一言だけ。
「よく似合ってる。」
スキップが真っ赤になってうつむいた。
このくらいが忍の限界だった。
宿屋に潜伏してアダムスキーに乗り、目的地を目指す。
ニカとスキップの商売やらカルチャーギャップの話、鬼謀の勉強した内容とパルパルがいかに呑兵衛だったかという話などを聞きながら時間は穏やかに過ぎていった。
到着したスーパーノヴァは名前からイメージする街とはかけ離れた街だった。
この街に到着した日を、忍は生涯忘れることがないだろう。




