アダムスキーと案内人フェリス
翌朝なんとか吐き気はおさまったが、食事は取らなかった。
土下座で頭をあげない山吹とちょっと機嫌の悪い白雷が色々質問してくる。
白雷は昨日のことを聞いたらしく、約束を破った忍ではなく山吹と千影に対して怒っているようだ。
「すまない、情けないな。」
『いえ、あれは刺激が強すぎました。むしろあの状態からすぐに魔術を使用した精神力は驚嘆に値します。』
『忍が危険だったの!駄目なの!』
「山吹と大武力祭に出る判断をしたのは私だ。山吹も千影も悪くない。」
忍がそういうと白雷は人の姿に変身して、忍の頬を両側からぐにっと押しつぶした。
八つの目で忍の目をまっすぐ睨んで無言で抗議してくる。
どのくらいそうしていたか、白雷がふいに聞いてくる。
『忍、子供嫌いなの?』
「ひ、ひょんなことにゃいけど」
ひょっとこのような顔ではまともに喋れなかった。
白雷が言葉を続ける。
『子供がほしいのは、いつ死ぬかわからないからなの。今は強くてもいつか弱くなる、群れの長も年を取れば子供に負けるの。忍が子供作る話が嫌なのは知ってるの、でも、我慢して聞くの。戦いに行くなら子供がいないと駄目なの。』
白雷が長く話すことは珍しい、忍の頬を弄びながら白雷は続ける。
『忍はまた死ぬところだったの、もう誰とでもいいから子供作るの。このままじゃ白雷たちがどんなに強くても忍を守りきれないの。』
『白雷、それは聞き捨てなりませんね。』
千影の抗議に白雷は首をふる。
『守りきれないの。忍は消えそうなの。港のときと同じなの。』
消える、ポールマークで津波を止めてくれた理由を白雷に聞いたとき、消えるのは駄目だと言っていたのを思い出した。
『体が弱ったりすると忍みたいな目になって、仲間が群れから消えるの。強ければ死なないけど消えるのは止められないの。どっちでもいなくなってしまうのは同じなの。』
忍は猫の死体が見つからないという話を思い出した。
死期を悟った猫は主人に見つからないように隠れてしまうという話だ。
忍にはそんな覚悟があるわけではないが、世捨て人に憧れる程度には社会が嫌いだ。
これが極まってしまえば白雷たちを捨ててどこかに消えてしまうということがあるのかもしれない。
この世に絶対はない。
忍がそんなことありえないと考えていても、生きている限りその可能性はほんの少しだけ残り続ける。
『白雷、まさか子供ができたら忍様が死んでも仕方ないと言っているのですか?』
「ひかげ!」
白雷が忍の顔から手を離し、パリパリと雷を纏った。
同時にベッドの下から闇のように黒い水が染み出してくる。
「動くな!攻撃禁止!」
慌てて命令をする。
白雷は泣きそうになっているが雷を収め、窓から差し込む日にあたったことで千影の闇からは煙のようなものが上がっている。
「山吹、動くのを許す。カーテンを閉めてくれ。」
「は、はい。」
「白雷がそんな意味で言ってるわけじゃないのはわかっている、白雷は白雷の出来る範囲で最善のことをやってくれてる。千影も同じだ、だから喧嘩しないでくれ、頼む。」
今度は忍が白雷を抱き寄せて後ろ頭をぽんぽんと叩く。
白雷は種の生存を考えているフシがある、すでに白雷に子供がいてそのうえで誰でもいいから子供を作れと忍に言うというのは、白雷なりに忍のことを考えてくれた結果なのだろう。
少し落ち着いたところで命令を解いた。
「今回は私の見通しが甘かったところがある。生活に慣れてきて油断していたことも悪かった。しかし、この世界で生きるには荒事は避けて通れないことだ。」
「たしかに必要ではありますが、アレは我らから見てもやりすぎでした。ゴードン、危険ですね。」
「こちらから喧嘩は売らないが、気分が悪い相手だ。ちょっかいを掛けてくるようなら容赦なしでいい。」
「あの一撃で仕留めきれなかったのは痛恨の極みです。息の根を止める機会を逃しました。」
「いや、あれでいい。」
あのとき吹き飛んだゴードンにとどめを刺していたらていたら山吹の罪になったかもしれない。
山吹もあの惨状に少なからず思うところがあって切り札を切ったのだろう。
「避けられたように見えたが、何が起こった?」
「少し本気で叩いただけです。当たった場所の周りに強い衝撃が走るのですよ。」
「山吹だからこそ出来る魔術か。すごいな。」
「お褒めに預かり光栄ですが加減ができないゆえ、代わりの武器を手に入れるまでは戦えなくなりました。」
たしかに代わりの武器は早急に手に入れたい、それにゴードンがここにいるということはニカが危ないということだ。
「すぐに宿を引き払って首都にいこう、ニカが見つかる前に合流して……」
その時、宿の部屋がノックされた。
朝も早くから誰だろうと時計を見てみると、すでに針は午前十時を指していた。
どうやら起きてからずっと話していてかなりの時間が経っていたらしい。
部屋に訪れたのは恰幅の良いおっさん、メテオライトのギルドマスター、ジャバルがそこに立っていた。
山吹が鎧を着ていないので部屋の中にいれることもできず、忍は宿の主人に頼んで交渉用の個室を使わせてもらうことになった。
前回のイメージが抜けていないため、やや警戒した状態で会話がはじまる。
「すみません、早々に首都に発たねばなりませんので手短にお願いします。」
「お急ぎですか、申し訳ない。では手短に、まずは予選突破おめでとうございます。大変な試合だったということで、高名な蜘蛛殺し様が噂以上の使い手だと観戦した冒険者が口々に称賛しておりました。」
ジャバルの切り出し方のクセなのだろう、最初に肩書を称賛するようなことをいうのだがこれが忍には逆効果だ。
忍の表情がチベットスナギツネモードになるとジャバルは空気を察知してすぐに本題に入った。
「本戦は半年後、五の月の十七日です。前日までに首都の冒険者ギルドで登録確認をお願いします。その時はこちらをお持ちください。これが予選突破の証となります。」
ジャバルは金属でできた鍵のようなものを忍に渡してきた。
「実はお断りされた依頼の内容は大会への出場だったのです。もし忍さんさえよろしければ、依頼を受けたという形で報酬を出すことができますがいかがですか?」
「いえ、結構です。……大会の出場が依頼だったのですか?」
「はい、実はアサリンドとガストの戦争がはじまってしまって有力な招待選手が数名欠場することになりまして、二つ名持ちの忍様に出ていただければと考えておりました。ロンダートとは友人でして彼からも強く推されました。彼は有力な冒険者を私に紹介してくれただけなのです。決して口の軽い男ではありません。」
ロンダートめ、余計なことを。
しかしロンダートの名誉を気にするのか、そんなに悪いやつじゃないのか友を慮る男だというのを交渉のカードにしてきているのか。
「お引き止めして申し訳ありませんでした。お大事に。山吹さんにもよろしくお伝え下さい。」
「わかりました、わざわざありがとうございました。」
ジャバルは要件だけを伝えてあっさりと帰っていった。
依頼の件は少しもったいなかったが、変に借りを作るようなことになると後々面倒がありそうなのでこれでいい。
鎧を着た山吹と何となくギクシャクしている千影と白雷を連れて忍はアダムスキーの乗り場へと急ぐのだった。
アダムスキーは三枚重ねの巨大な円型の板だった。
乗船料金は銀貨五枚、毎日午後四時に飛ぶ定期船になっている。
受付でお金を払ったときに船賃と言われてちょっと違和感を覚えるが、飛行船の仲間なのだと納得する。
上段の円盤は小さく中段から階段が伸びていて、護衛っぽい人たちが数人立っていた。
中段の円盤の真ん中に杖のようなものが十本刺さっており、それを複数の魔法使いが掴んで中央にある魔法陣に魔力を送ることで飛ぶらしい。
浮かび上がる前に半円形の結界が展開されて風よけになるので落下する心配もない。
魔法使いが二十人ほどで交代しながら魔力を送るので、怪しい儀式のような空気を醸し出していた。
ちょっとした体育館くらいはありそうな空間に屋台が営業しておりそれぞれが思い思いに過ごしている。
下段の円盤は荷物や従魔を乗せる貨物室になっていた。
なんというか、貴族のお茶会でお菓子ののっている何段か重なっているやつによく似ている。
あれの名前はなんていうのだろうか、まさかあれもアダムスキー……いや、ないな。
縁の方に行くと下が見えて怖いのだが、諸事情で外円の辺りに陣取った。
白雷だけ貨物室は嫌だといって護衛に許可をもらって外を飛んでいるのだ。
当然、空を飛ぶ魔物に襲われても自己責任だと難色を示されたが、白雷だけ貨物扱いになるのは忍としても嫌だったので無理を通した。
アダムスキーは白雷からすればゆっくりなペースで飛んでいるのでぬいぐるみサイズでチョロチョロと結界の周りを飛び回っている。
忍は浮かない顔で白雷をぼうっと目で追っていた。
『主殿、屋台に珍しい食べ物がありますよ。』
「そうか。」
適当に受け答えをして数秒、違和感に気づいた。
山吹が食べ物の話題を振ってきた、自分は食べないのにである。
なんとなく気を使われているらしいことはわかる。
「すまない、気持ち悪さが抜けてなくてな。ビッグバンにつくまで寝ておくよ。」
『わかりました。』
中段の円盤には椅子などはなく屋台の一つから敷物や毛布、座布団のようなものを借りて床で休むようになっている。
忍は敷物だけ借りてきてカバンを枕に床に転がった。
手が勝手に白雷を探したが外を飛び回っているのを思い出して腕を組む。
ニカには待ち時間の間に【同化】で詳細を伝えてあるのでスキップと相談して対策を練っているはずだ。
あとは、カシオペア家に挨拶と集金に行くのも忘れてはいけないか。
ふと考えることが途切れた、そこで瞼の裏にあの血なまぐさい光景が浮かんでくる。
忍は顔をしかめて起き上がり窓の外の景色を眺めることにした。
『こちらに近づいてくるものがおります。』
千影に声をかけられて振り向くと、山吹の後ろから見覚えのある獣人が歩いてくる。
視線が合うと手をひらひらと振って近づいてきた。
「こんにちは、足は大丈夫なんですか?」
「うん、ちょっと違和感はあるけど急いでくっつけたからこのとーり。お互い災難だったねー。」
明るく話す声でこの獣人は女性なのだとわかった。
筋肉質の体に短髪、腹に毛皮を巻いており、遠目では男性か女性かはわからなかった。
耳と尻尾の毛皮はまだら模様だが、耳の形はきれいな三角形でなんとなく猫に近いような気がした。
「あれを災難で済ませますか、強いですね。」
「にゃはは、生きてるからね!あそこから逆転しちゃうなんて強いのはおじさんたちのほうだよー。こっちはちびって動けなかったし。」
女性がそういう事を大々的に言うのはどうなのだろうか、ずいぶんとあけすけというかおおらかというか。
「あたいフェリス。狩人の副業で魔神の寝床の案内とかしてるんだ。おじさんたちならタダでいいよ。知識の街に寄るなら顔見せてねー。」
「あ、待って……せっかくだからなにか食べませんか、おごりますよ。」
去ろうとするフェリスを呼び止めて話し相手になってもらうことにした、フェリスは冒険者ギルドの依頼で予選に参加したらしく、割に合わない仕事だったと笑っていた。
魔神の寝床に何があるのか、この国はどうか、魔法を覚えるにはどうすればいいかなど雑談に交えて色々聞いたが、彼女は嫌な顔一つせず答えてくれた。
結構な話好きでもあるようで、どのパーティが腕がいいとかどの貴族が今度結婚するとか途中からはこちらが何も言わなくてもずっと話し続けていた。
最終的には夜通し話し続けるフェリスに忍が付き合う形になって、朝になる頃には敬語もなくなり、もはやお互い何の話をしていたのかもよくわからない感じになっていた。
「やー、たのしかったよおじさん。こんなにおしゃべりに付き合ってくれる人いないもん。」
「まあ、こっちから話を振ったんだ。気が紛れて助かった。私は忍、知識の街に行くときは寄らせてもらうよ。」
忍の欠伸を合図にもはや独演会のようだったフェリスとの会話は終りを迎えた。
元気に手を振るフェリスを見送ると忍はそのまま敷物に寝転がりビッグバンに到着するまで泥のように眠った。
ビッグバンのアダムスキー乗り場にはサラが迎えに来ていた。
スカーレット商会の印がデカデカと刻印された真っ赤な従魔車でのお出迎えである。
見えなかったふりをして通り過ぎようかと思ったが、山吹が従魔車の方に迷いなく歩いていきサラに手振りで挨拶している。
「サラさん、なんですかこれ?」
「忍様はスカーレット商会の大切なお客様ですので。どうぞお乗りください。箱の中にお菓子もございますのでご自由にどうぞ。」
駄目だ、仕事モードだ。
ここで問答してると余計に目立つ、さっさと立ち去ろう。
忍は白雷を呼んでいそいそと従魔車に乗る、山吹も向かいの席に座り一路ニカたちの下へ従魔車が走り出すのだった。
「にゃはは。おじさん何者なんだろ。」
壁に耳あり障子に目あり、スカーレット商会で忍はそれをいやというほど思い知るのであった。




