復習に燃える死神と大武力祭予選
タルドが冒険者ギルドに現れなくなって一週間ほどたった明け方。
忍は町中を走り日課の修練をこなしていた。
図書館で新米騎士の基礎練習のやりかたを見つけたので、体力づくりのための修練を数倍に増やしてやっている。
これだけ増やしても昔やっていた砂浜ダッシュのほうが辛いので、それなりに体力はついたのだろう。
「普通は十倍、超えるに百倍。普通は十倍、超えるに百倍。」
修練に疲れてきた忍の口から言葉が漏れていた。
忍は前世で太っていることを引き合いにまともに物事ができないと攻められ続けた。
自分ではどの程度できているかなどわからないが、馬鹿にされていることだけはわかった。
他人の三倍仕事をしても実際の仕事の内容ではなく体型で判断されているとしか思えないこともあった、それでも自分が至らなかった可能性を忍は捨てきれなかった。
普通の人と同じことが出来るようになりたければ十倍の努力、優れていると見られたければ百倍の努力をしないといけない少し大げさだが忍の合言葉であり、それは忍が壊れた要因の一つだった。
体力気力のギリギリまで様々な備えをするために修練を積み重ねるという行動が忍の根底には染み付いていた。
しかし、どんなに練習量を増やしても忍の不安は消えない、どんなに周りが認めてくれたとしてもその言葉を信じられない。
「……増やすか。」
思いつきで坂道ダッシュの追加を決め、黙々と走る。
こなしているうちにどこからかヘロヘロになったタルドが現れた。
どうやらずいぶん走ってきたようで、ダラダラ汗を書きながら息も絶え絶え、やせ細っている顔がさらにやつれて骸骨のようになっている。
タルドは忍と目が合うと踵を返して走り出そうとしたが、急に振り返ったせいで立ち眩みをおこしたようでその場にへたり込んで気絶してしまった。
「つまり、弟子にしてもらえなそうだから私の修練と同じことをしようとした、と。」
「……ウス。」
タルドを介抱して話を聞いているが、今にも死にそうである。
途切れ途切れに聞いた話を総合すると、タルドは忍たちが泊まっている宿を突き止めて強さの秘密、つまりはどんなことを普段しているかを観察しようとしたらしい。
しかし山吹は特に何もしない。
忍の打ち込みに付き合ってもらう事はあるが、毎日のように修練するというようなことはなかった。
そこにカラカラと高下駄を鳴らして何処かから忍が帰ってきたので、数日かけて張り込み忍の朝練を把握した。
そして同じメニューをこなそうとして轟沈したらしい。
「なんでそんなに強くなりたいかね。今でも十分強い魔法使いだと聞いたんだが。」
「……殺したいやつがいるッス。」
忍は千影のお陰でタルドの事情や考えを把握している。
一度目の全滅は数組の組んだパーティに捨て駒にされたこと、二度目の全滅は無理な狩りによって消耗したところに奇襲を受けたことだった。
どちらにも同じ女が関わっている、上級魔法使いのドミナ、水と風の魔法を使える天才との呼び声高い冒険者である。
タルドにとっては相性の悪い相手だ。
「弟子は取らないし、付きまとわれるのは迷惑だ。私達を巻き込むな。一般的な話なのだが、まず飯を食ってその体をどうにかしないと戦うどころじゃないだろ。」
タルドは短期間に全滅を二度も経験して精神に来てしまっていた、体が食べ物を受け付けないのだ。
忍の指摘にタルドが悔しそうな顔をする。
忍は黙ってしまったタルドをおいて足早にその場を去った。
『忍様、助けないのですか?』
「タルドは助けてほしいんじゃない、自分でやりたいんだよ。」
タルドは決意を持って強さを求めている、巻き込まれたくないので手を貸す気はないが心情としては応援していた。
タルドのパーティはドミナにハメられたというのが忍の見解だ、それは裏取りをしたうえでのタルドの結論でもある。
もう仲間が戻ってこないとしてもやり返すべき相手にやり返せるのなら、それは無駄ではないかもしれない。
その怒りを別のところに向けるのは八つ当たりというものだ。
忍が殺してやりたかった相手は同じ世界にはいない。
たまに思い出す怒りを魔物にぶつけるという八つ当たりを繰り返している忍としては肩を持ちたくなるのも仕方ないのだ。
「手を貸したりしたら天才に目をつけられるかもしれない。めんどくさい。」
『では、今後も放置いたします。』
ただ、ドミナという女は要注意人物の可能性がある。
パーティも含め少し調べてみたほうが良いかもしれない。
次の日から忍は図書館の閉館後にそれっぽい酒場を回ることにした。
この世界の酒場は料理がイマイチだ、大本の味は悪くなくてもとにかく塩っ辛いものばかりである。
医者になんの数値も悪くないのに血圧や糖尿病を引き合いに出されて痩せろと脅されるのが嫌でも思い出される味だ。
こういうときの作戦は一つ、店にあるなかで強めの酒を頼み、乾き物とともにちびちびやって粘るのである。
強制参加の飲み会で話しかけるなオーラを出すための技だ、異世界名物【毒無効】でアルコールも効かない安全仕様である。
元々酒が好きではない忍としてはむしろラッキーで、噂話に耳をそばだてるのに酒場は最高の場所となった。
目的の情報を誘導できるわけではないので最強かと言ったら全く微妙なのだが、そこは千影の出番である。
影を伝いカウンターの端や外で酔いつぶれたであろう冒険者の頭を覗いて情報を収集していく。
ドミナという魔法使いは首都を中心に活動しており、賢者の一手というパーティに所属している。
前衛の奴隷が三人とドミナというパーティ構成であり、ドミナは壁役の奴隷を使い捨てにしながら大物を討伐するという戦法を使うようだ。
まだ学生で、マクロムの貴族ヘラクレス家の長女ということもありエリート意識や選民思想が強いようで平民出身の有力な魔法使いを潰して回るようなことをしているようだ。
ビッグバンでの悪名はメテオライトまで届いていなかったため、エース級のパーティがいくつか被害を受けた。
たまたま学校の課題で必要な魔物の素材を取りに来たらしく、まず頻繁にこちらの街には来ない。
読み取った内容から冒険者からの評判は最悪なので、次にこの街に来たとしても針の筵だろう。
ちなみに学校というのは私塾に近いもので忍のイメージする校舎で集団で勉強というものではないらしい。
二桁生徒がいれば人気の学校というレベルのようだ。
ここまでの内容で忍はかなり苛ついているが、安全面だけ考えるならまず絡まれないことが第一である。
優秀な魔法使いが標的ならこのまま山吹だけが狩りをしていけば忍たちが目をつけられることもないはずだ。
もし火の粉が降りかかるのならそのときは、容赦しない。
『タルドは半年後のマクロム大武力祭で復讐をする気のようです。すでに予選は勝ち上がっており、本戦にドミナも出てくるようですね。』
マクロム大武力祭は年に一回開催される天下一なんちゃらやら魔界統一うんぬんのような最強を決める大会だ。
少年が憧れるものはどの世界でも似ているようで、最強の称号を手に入れるために大陸中から猛者が集う。
毎月一度予選があり、そこを勝ち上がると本戦に出場できる。
魔神の寝床によって魔法による回復力が強まるこの国でしかできない大会だ。
そんな予選を勝ち上がっているという事実がこの二人の強さを物語っている、忍も個人的に観戦したかった大会だ。
しかし予選も観戦できるとは知らなかった、三日後か。
忍はコップの中の酒を飲みきり、乾き物を口に放り込むと代金を置いて酒場を後にした。
宿の部屋に帰り皆を集めて話をする。
「主殿!我も出場したいです!」
「いやいや……人の大会だから……出場者よりもそこらにいる魔物のほうが強いんじゃないか?」
「そのような大々的な大会であれば猛者がいるかもしれないゆえ、ぜひとも!」
タルドとドミナに関わらないことを確認した後にマクロム大武力祭のことを話すと山吹が目を輝かせた。
ぜひとも出たいと言い出してきかない。
『山吹、自重しないのならば千影が葬りますよ。』
「主殿に決定権があるゆえ、千影殿は黙っていていただきたい。」
ちなみに一度千影が山吹を止めようとしたが、なんと山吹は魔術を使って千影の精神攻撃を阻止した。
一触即発の雰囲気になってしまったので場をおさめるために忍が説得しているが山吹の情熱は本物だ。
闘技場最強の竜の血が騒いでいるらしい。
駄目といえば我慢はするだろうが、根本が好戦的な山吹は忍のやり方でストレスを貯めていそうな感じもあるので、発散できるところで発散させるのは重要な気もしている。
しかし出ると確実にドミナに睨まれそうなんだよな。
「船での情けない姿を挽回する機会をいただきたいです。なにとぞ。」
「あー…うー…わかった。頑張れ。」
怪我がなければあれは可愛いところなのだが、山吹の中では恥ということだろう。
仕方がないので絶対に死なないことを条件に山吹が大会に参加することとなった。
忍は他の選手に心のなかで謝った。
山吹に頼まれて練習試合をしたり街でまさかのスニーカーを発見して購入したりしてあっという間に予選当日となった。
予選は郊外の原っぱをロープで囲っただけの簡素な場所で行われるようだ。
広さはちょっとしたグラウンドくらいはありそうだが、見学は自由らしい。
ただし壁もなにもないので魔法などの流れ弾にあたったとしても観客の自己責任とのことで、一般人には観戦のハードルが高いようだ。
フルプレートの山吹が受付で名前を書くと、身分証の提示を指示された後、なにやらよくわからない木の棒のようなもので体を検査されている。
空港の金属探知機を想像する動きだが、木琴のような音がして山吹が焦っている。
なにか問題が起きたようだ。
「なにかありました?」
山吹が寡黙モードなので受付をしたお姉さんに話を聞いてみる。
「不正防止にいろいろ確認をするんですが、こちらの方は従魔で間違いないでしょうか?」
忍はその質問に驚く、冒険者ギルドでもバレなかった山吹がこんなところで従魔とばれるとは。
「はい、従魔です。従魔は出られないんですか?」
「従魔の場合単体での出場はできません。従魔術師の方がエントリーするという形になります。従魔術師が連れて戦える従魔は一体のみです。」
「なるほど。ちなみに他に…たとえば精霊とかには制限がありますか?」
「精霊は制限がありません。しかしこの従魔はすごいですね、ギルドカードの入国記録がなければ私も疑いませんでした。」
「入国記録?」
「はい、入国記録では従魔となっているのに普通に選手登録されたので……知らなかったようなので大目に見ますが、従魔のみの出場は不正になってしまいますので気をつけてください。」
そうか、入国時は動けなかったのでスキップに手続きしてもらったのだった。
これはニカも従魔として入国しているな。
忍は山吹の方を振り向くが、明らかに肩を落としている。
「わかりました。規則を詳しく知りたいんですが、教えていただけますか?」
「詳細はあそこに張り出されています。締め切りまで三十分ほどありますから読んでから選手登録するかどうか決めてください。時間までに列に並べば登録できますので。」
「ありがとうございます。」
忍はルールを見てみるが、内容はかなりシンプルだった。
とりあえず関係しそうなルールだけ頭に入れていく。
参加費は大銀貨一枚。
予選は十人づつ勝ち抜きで最後の一人になるまで戦う。
戦闘不能、降参、ロープの外へ出ると負け。
毒の使用、試合中の回復は禁止。
従魔術師は従える従魔は一体まで、従魔術師が倒された時点で従魔が生き残っていても負けとなる。
「殺しちゃ駄目とかは書いてない、か。」
生き残れば回復魔法をかけてもらえるようだが、選手の数は百人を優に超えそうだ。
袋叩きやバックアタックが怖いルールだが、山吹の考えはどうだろう。
「山吹、出場は構わないがこのルールでも出たいか?」
山吹はその言葉が意外だったのか一瞬固まったが、首を縦に振った。
心配ではあるがここでやっぱりなしとはいかないだろう。
忍は覚悟を決めてエントリーをすることにした、山吹が小躍りしてる。
『さすが主殿!我は生涯ついていきますゆえ!』
「現金だな。褒めても……」
返答してはたと気づく、山吹の声が頭の中で聞こえた。
大武力祭に参加できる喜びで山吹との念話が出来るようになったようだった。
開始時間が近づいて列もかなり短くなっている、ちょうどいいので並びながら念話を試す。
『この縄の範囲ならどこにいても大丈夫そうですね。なんだか慣れないゆえ妙に感じます。』
『好きに戦っていいぞ。私は後ろでやられないように逃げ回る。』
『ほほう、主殿と一緒に戦えるだけではなく一体になっていく…こう、夜伽に通じる高揚感がありますね。』
『念話でも分別とか品性とか大事だからな。戦闘中にそういうこと言ってくるなよ、集中が削がれるから。』
『つれませんね。』
兜の下で口をとがらせているのが容易に想像できた。
念話の間に山吹も体が色々動いてしまっているので、なんだか周りから不気味がられている気がする。
動きはコミカルだが、それが余計に恐ろしい。
選手登録をしてから気がついたが、白雷だけ暇になってしまうので夜の相手をする約束をさせられてしまった。
白雷は栄養をつけるのに雲を食べに行くらしい、いや、お手柔らかにお願いします。
「マクロム大武力祭、予選第一組を開始いたします。割符をご確認の上、会場にお入りください。」
一組目がはじまるようなので試合を見ることにする。
さすがは魔導国家、無詠唱の魔法が飛び交う派手な試合、なのだが……。
「クリスタルダガー!」
「バーニンブラッド!」
「土竜!」
生き残っている三人は魔法使いのようなのだが、技名を叫んでいる。
クリスタルダガーは【アイシクル】、バーニンブラッドは【ファイアボール】、土竜は【トンネル】だ。
魔術の名前は好きに変えられるので魔法の名前も好きに変えられるのだろう、それはわかる。
しかし前世の記憶がある忍にとっては中二病のごっこ遊びのようで、高度な魔術戦の緊張感との落差でとてもモヤモヤする。
命のやり取りで気勢をそがれるのはまずいと頭ではわかっていても力が抜ける。
一組を勝ち上がったのは最後まで【アイシクル】で戦っていた水魔法使いだった。
名前がわからないのでクリスタルダガーさんと呼ぶことにしよう。
死人は出ていないが大怪我はしている、少し離れた救護所に数人が担架で運ばれていた。
掘られた穴を係員が埋め次第、予選が再開されるようだ。
【グランドウォール】で土を作り出してスコップで穴を埋めているのを見てしまうと係員さんに悪い気がして【トンネル】が使いづらくなった。
「かえりたい。」
ボソリとつぶやいてしまった、あったかい我が家が待っていそうな歌が頭の中でループ再生する。
なぜ人は争うのだろうか、金を払ってまで怪我をするような危ないことをやる神経がわからない。
なにゆえこんな血なまぐさい祭りに出るという決断を下してしまったのか、あきらかに見栄だった。
山吹をがっかりさせたくなかったのだ、後悔先にたたず。
『忍様、千影がついておりますのでご安心ください。手加減せずともよろしいのでしょう?』
「まあ、ほどほどにな。山吹が討ち漏らしたら相手するくらいでいこう。」
土竜による穴が埋まる前に救護所から重症だった選手が観戦に戻ってきた。
救護所はかなり優秀なようだ。
忍は札に書かれた一六番の文字を見て、胃がしくしくと痛むのを感じた。
予選は淡々と進み、三組目に従魔術師が出てきた。
ヨロイウシに部分的な甲冑のようなものがついており、戦うための装備だということがよく分かる。
貴重な従魔術師の戦いなので集中して観察していると試合が始まる前に【増強】の魔術をかけているようだ。
他の選手もよく見てみると試合前からブツブツとつぶやいている、精神統一ではなく事前になにか魔術を使っているようだ。
確かに禁止されてはいなかった、忍も考えを改める。
ちなみにヨロイウシがかなり強かったが従魔術師が中盤に囲まれて敗退した。
やっぱり障害物のないところでの本体をさらした多人数戦は従魔術師にはつらいものがある。
六組目を勝ち上がった弓使いの獣人は、魔力は持っているのだが見ている限りでは使っていないようだ、モリビトなのか魔人なのかはわからないが腰に小さなウォーピックとナイフを下げているので狩人なのだろう。
魔法の出鼻をうまく矢で潰しながら危なげなく勝利していた。
かなり素早く、武器も珍しいので注意しておきたい。
十組目に精霊使いが出てきた、しかし精霊を出した時点で他の選手の標的になり、真っ先に倒された。
スマッシュなんちゃらなどでよく見た光景である。
個人の力が強くてもあれではどうにもならない。
あと、闇の魔法使いで堕天使というキーワードを多用する魔法使いが出てきた。
中二病といったら邪眼と堕天使、異論は認める。
この組を勝ち上がったのは投石と剣術で戦っていた戦士だった、この人からは魔力が感じられない。
魔力がなくてもこれほど強いのかという勉強になった。
最初こそ数の暴力に怖気づいてしまったが、試合を見ていくうちに頭が冷えてきた。
ここまでの選手を見て忍は怖いとは思えど強いと思える選手はいなかった。
ビリジアンで戦った騎士団長のビルやボボンガルの変態と比べると微妙な気がする。
本気を出していないからだろうか、あのミストガイズでもいい線いきそうだ。
「あ、やばい、名前が思い出せない。」
アレに全く興味はないのだが、名前が出そうで出ないときというのはどうしてこんなに気になるのだろうか。
思い出そうとすればするほど苛つきが強くなっていく、もはや一種の才能かもしれない。
「さぁッ!ここからこの僕ッ!ゴードン・パルミジャーノの伝説がはじまるッ!」
「そうそう、ゴードン。」
忍はその姿を見つけるとげっそりと精神が削れた気がした、この場にニカがいないことを運命の女神に感謝する。
予選十四組、火と風の精霊を両脇に侍らせたあの変態。
ケツアゴードンことゴードン・パルミジャーノが大声で名乗りを上げた。




