太ったおっさんとやせ細った少年
帰り着いた宿の部屋をあけると白雷が飛びついて甘えてくる、山吹はベッドに座ってくつろいでいた。
昨日から依頼を受けていたはずなのだが、たしか数日かかるという見込みだったはずだ。
「おかえり、早かったな。」
「お疲れ様です、主殿。ここらの魔物は人の評価ではそれなりのようですが、我としては肩慣らしにもなりません。」
気になって白雷に【同化】して記憶を見せてもらうと、トリケラトプスのような中型魔獣の群れに突撃し、血まみれで闘うフルプレートアーマーがいた。
象のような巨体の頭を吹き飛ばす、突撃を前蹴りすると角が折れる。
さながら青年漫画の戦闘だ、少年でないのはもちろんグロすぎるからである。
白雷はたまに飛んでくる大きな鳥に雷を当てて仕留めていた。
落ちていった鳥はたぶん牛並みに大きかった。
「山吹、部屋分けようか。」
「どうしてそうなるのです?!」
山吹の猛抗議で同じ部屋で泊まることになったが、この映像を見たら現代っ子は一旦引くこと請け合いだ。
報酬を確かめると一回の依頼で大金貨に届きかけており、しばらくはお金の心配はなさそうだった。
朝日とともに起き、トレーニングをし、山吹と依頼を受けに行き、図書館で本を漁る。
そんな日々の繰り返しに慣れてきたころ、冒険者ギルドに顔を出すと受付の奥に忍に負けないくらい恰幅の良い男がいた。
山吹とともに掲示板に直行しようとした時、男がカウンターから出てきてこちらに声をかけてくる。
「ミスフォーチュンですね。指名依頼があるのですが、よろしいですか?」
「指名、ですか?」
はて、心当たりがまったくないのだが。
案内された個室は山吹と忍が入るとちょっと狭く見えた。
部屋としては四人パーティ二つが入って十分な広さがあるのだが、忍は二人分くらいあるし、男も同様の大きさ、山吹も鎧がでかいので部屋の空間が気持ち六人分くらい埋まっているのだ。
ジャバルと名乗った男はこのギルド支部のマスターだと名乗りこう切り出した。
「本日はビリジアンの英雄である忍様にお時間を作っていただき光栄の極みでございます。」
「人違いです。このお話を持っていく先を間違ってますよ。」
間髪入れずに否定して体に似合わない速さで部屋を後にしようとすると、扉を開けたところにムキムキの男と受付にいたお姉さんが立っていた。
「噂通り、謙虚な方のようですな。必ず逃げようとするだろうとお聞きしておりましたのでこのような措置を取らせていただきました。お話だけでもお願いします。」
「えー、ちなみにどちらさまからの情報でしょうか?」
扉を締めて座りながら聞いてみる。
「冒険者ギルドとしてはそれは軽々しくお話できないですな。」
「ではやはりここで話は終わり……」
「決断がお早い、取り付く島もないですね。ロンダート殿ですよ。」
可能性として考えてはいたので名前には驚かなかったが、忍は顔をしかめた。
「話は終わり、依頼は受けない。余計な駆け引きがしたいならほかを当たってくれ。」
忍がそう言って再び立ち上がると、今度は山吹もあとに付いてきた。
扉の前の二人を睨みつけ、ロビーを通り抜けてそのまま外に出てきた。
マントの下にいた白雷を捕まえてなでまくりながら、足早に宿まで帰ってきて部屋の扉を閉めると、白雷と山吹に頭を下げた。
「すまない、やらかした。」
「プオッ?!」
「いやいや、太鼓持ちに交渉、最初からこちらを試すようなことをしてきたあの男が悪いゆえ、気にしておりません。ああいう組織が一度断ったくらいでなにかしてくることもないでしょう。しかし帰ってきてしまった手前、今日はギルドに行きづらいですね。」
まあ、人間社会には適合できないことがわかっているから、腹を決めれば割り切れるか。
いざとなったら未開地で細々と暮らそう。
「お金も問題ないし、街をぶらつくか。そういえばみんな欲しいものとかあるか?」
「我は服ですな。街を歩くためのものを主殿に選んでいただきたいゆえ。」
『新しいブラシがほしいの。』
『千影は忍様と一緒にいられればそれ以上のことはございません。』
忍の趣味で服を選ぶと露出の少ないものになるので、山吹の服は自分で選んでもらったほうがいいと思うのだが、ちなみに部屋着でダボダボのビッグプリントシャツ一枚とかがめっちゃ似合いそう。
このあと忍が服屋で選んだのは鬼謀の服を参考にしたダボダボのローブとマントの組み合わせだった。他にはサリーのような民族衣装風の服も買い、もちろん部屋着用のダボダボの肌着も買った。
ついでに魔法屋に行き、強化魔法や付与魔法などの魔術書を探した。
各一冊で大金貨一枚で売っていた、これはもう少しお金を貯めないといけないようである。
忍たちが部屋を出ていった後、ジャバルは椅子に座って固まっていた。
どうしてこうなったのだろうか。
ロンダートからの手紙にはにわかには信じられないことが書かれていた。
非公式な白魔の討伐、ビリジアンからの褒美を固辞し、多額だがその功績からすれば安すぎる金だけを受け取ってこの国にやってきたパーティのことである。
そのパーティ、ミスフォーチュンをここ一週間調べ、アサリンドの大商会の後継であるスカーレット商会で特別扱いを受けるようなやり手の商人で大量発生した蜘蛛の討伐のレコードホルダーあるという話がさらに追加された。
図書館に入り浸るリーダーの忍は知識欲が旺盛で、確認されただけで六種類の言語の本をものすごい速さで難なく読み進め続けている。
フルプレートを着た戦士である山吹はトライホーンリザードの群れに突っ込んでほぼ無傷で蹴散らしてしまうような超一流のパワーファイター。
残りの一人はスカーレット商会の要人とともに首都に向かったとのことだが、補助要員だとして実力的には少々落ちるのだろうが、それでも有能な人材であることは間違いないだろう。
そして、入国審査時の書類によるとリーダーの忍以外は全員従魔として入国しているのに、山吹は素材を売りに来て人として振る舞っている。
なんだ、なんなのだこの集団は。
取りまとめた情報からリーダーは交渉事を一手に引き受けている切れ者という印象を受け、下手に出ず仕掛けていくことを選んだが大失敗である。
出だしの印象が最悪になってしまった、冷や汗が止まらない。
「蜘蛛め、あの人のどこがおいらと気が合うんですか。」
ジャバルはここには居ない友人に文句を言った。
このギルドマスターは、交渉事が致命的に下手だった。
メテオライトはマクロムにある唯一の港である。
その冒険者ギルドに持ち込まれる依頼は海に関係するものがほとんどだが、それらは海よりこの国に来た冒険者にとっては慣れ親しんだものだ。
内陸を目指す冒険者なら目的地は首都か知識の街で、そこに行くにはアダムスキーで一日である。
よって、メテオライトの冒険者ギルドで余る依頼は陸地の依頼、中でも強い魔物の討伐はギリギリまで放って置かれやすい案件だった。
なれない地上戦の上、命懸けなんて依頼は誰も請け負いたくない。
そんな案件を次々とこなす滅茶苦茶な冒険者がメテオライトに現れた。
メテオライトにとどまり、、強く、寡黙で、淡々と依頼をこなして金を受け取る。
冒険者の名は山吹、血まみれ鎧の山吹である。
「俺を山吹さんの弟子にしてくれっス!オナシャス!」
山吹と冒険者ギルドに入ると待ち伏せしていたらしい冒険者に頭を下げられた。
ホールに響き渡るような声で山吹に弟子入りを志願したのはローブを着た魔法使い風の男の子である。
手には杖を持ち明るい茶色の短髪で声や動きから元気そうな印象を受けるが、頬がコケ。ていてガリガリに痩せている。
山吹が忍の肩に手を置いて思念を飛ばしてきた。
『主殿、いかが致しましょう。我としては断りたいところですが。』
『私もだ。』
というかそうか、フルプレートの山吹は喋らないのだ、忍が断らないといけないということか。
「すまないが、山吹は弟子は取らない。喋らないし、私が代弁しているくらいだしな。」
「そこをなんとか!」
「いや、そこをなんとかといわれても」
「そこをなんとか!」
「駄目だって」
「そこをなんとか!」
駄目だ、この子そこをなんとかマシーンになっている。
これは何を言ってもそこをなんとかとしか言わなそうだ。
忍は久しぶりにバッグから水鉄砲を取り出して男の子にかけた。
「そこをなぶえっ?!あ、え??」
もちろん中身はショーの実の水である。彼はしびれてその場に倒れた。
「山吹、先に依頼選んどいて、この子寝かせてくる。」
山吹は少しだけ固まっていたが、言われたとおりに掲示板を見に行った。
忍は男の子をそこらの椅子に寝かせて、パンを二つ男の子にお供えする。
「南無。」
これで少し肉をつけるがいい、お通夜のようなセッティングで拝んだ後に山吹の仕事の受付をした。
図書館は楽しい、時間が飛ぶように過ぎていく。
忍は本日手に入れた知識のおさらいをしながら帰路についていた。
「魔法と呼ばれていても魔法大全に乗ってる最初の魔法以外は魔術扱い。魔法は失敗しても魔力が減らないけど、魔術は失敗すると魔力が減る……。」
魔法は発動するための魔力量の最大と最小が決まっている。
最小に満たない魔力で発動させようとしても発動しないので、魔力が減ることはない。
しかし、魔術は魔力がどれだけ注がれても発動する。
それがたとえ魔術の効果が発動するより小さい魔力だったとしても魔力は消費されて発動した扱いになるというわけだ。
「学者は大変だ。これだけのことを証明するために分厚い本を一冊びっしり文字で埋めてるんだもんな。」
事象を証明するということがいかに難しいかという話だろう、忍としてはもう少しかいつまんで書いてほしかった。
「猿でもわかるみたいな表題探そうかな。耳飾りのやつは現実に存在する本なのか?」
なにはともあれ、魔法というものが魔術の下位互換という考えは改めたほうが良さそうだ。
威力が比較的小さくても秀でたところのある技術であるらしい。
魔法大全に強化魔法や付与魔法が載っていないのは、魔法という名前がついていても魔術であるからということなのだろう。ややこしい。
『忍様、つけられています。今朝の子どものようですね。』
千影が声をかけてくる、こういうときの対処は事前に決めてあった。
忍は薄暗い路地を見つけて曲がり、そのまま何度か道を曲がる。
背後でドサッという音がした、千影が追跡者を気絶させたのだろう。
一応確認してみるが、報告どおり今朝絡んできた男の子だった。
『敵意はないようですが、冒険者ギルドでも厄介者として扱われているようですね。どうやら山吹がどういったトレーニングをしているか探ろうとしているようです。』
「なるほど。」
『殺しますか?』
「放置で!」
こうして男の子を裏路地において忍は宿に帰った。
それから毎日男の子はやってきた。
朝、冒険者ギルドで忍に気絶させられ、夜には図書館帰りの忍に気絶させられ、そろそろ二週間が経とうとしていた。
忍は冒険者ギルドに入る時に水鉄砲を構えるようになってしまった。
今朝も来るだろうと用意をして冒険者ギルドに入る、しかし、男の子はいなかった。
山吹が忍の肩に手をおいて思念を飛ばしてくる。
『諦めたのでしょうか?』
「意外と短かったな。」
『いえ、根性はあったほうかと。』
「同じ相手にって意味ではすごかったけどね。」
忍はニートではあるが、数えるのが億劫になる程度に面接を受けたことがあるし、人生を諦めるまでは多少の紆余曲折があったタイプだ。
何件落ちたかなどただでさえ自慢にならないのにお祈りが三桁以上になるとこの世にいらない人間だとずっと否定され続けている気分になる。
その体じゃ……という枕詞を何度聞いたことか。
「こっちを追っかけ回している間に修練していれば勝手に強くなる気がするんだが。またはパーティに入るとか。」
『いえ、死神を仲間にする冒険者はいないかと。』
千影が気になる呼び名を出してきた。捕まえたときに記憶を読んだのだろう。
『タルドを残してパーティが二度全滅しています。二度目の全滅以降、死神と呼ばれながら細々と狩りをやっているようです。土属性の上級魔法使いで付与魔法と強化魔法が得意なようですね。』
「えっ?!」
思わず叫んでしまい、忍は慌てて声を落とす。
上級魔法使いといえばかなりの範囲を攻撃できる、いわば兵器に等しい力だ。
マクロムは土地の魔力が濃い関係上、中級の魔力を持っていれば上級魔法が使える、断定はできないが才能ある魔法使いなのは間違いない。
近くの椅子に座って千影から詳しい話を聞くことにした、目立ってしまったので思念だけで話すことにする。
『千影が読んだ記憶ではタルドは最年少でそのため仲間に逃されたという印象を受けました。タルドはふさぎ込み、現在は一人で冒険者として身を立てているようです。』
聞くんじゃなかったかもしれない。
何も聞かなければ切り捨てられるが、知ってしまうとなんとかしたくなってしまうのはなんでなのだろうか。
『しかし、山吹に弟子入りしてもどうにもならなそうなのだが、そこら辺はどうなのだろうか。』
『普段の我は前衛ゆえ、魔法使いの手本になるとも思えません。』
『いえ、タルドは前衛です。杖を鈍器に前に出て戦うようですね。』
『あの細さでか?』
最初に気絶させた時、思わずパンをお供えしてしまったくらいにはタルドは痩せこけていた。
忍とは真逆で骨皮筋右衛門といったところである。
どういう戦い方をするかは理屈ではわかっているが、とても戦士として戦えるようには見えない。
『強化魔法で体を強化して戦うんだろうが、元の身体がそんなに痩せこけていても有効なものなのか?』
『千影にはわかりかねます。』
『魔術は使う魔力が多ければ威力も大きくなるゆえ、大丈夫なのかもしれません。』
仲間内の誰も知らない魔法だ、どんな魔法か優先して調べてみるか。
『また今度現れるようなら私が話を聞いてみようか。しかし実力はありそうなのになんで弟子になんてなりたいんだ?』
『それは、全滅した仲間の復讐かと。』
タルドのパーティの全滅にはなにか裏があるようだった。




