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清く正しい日本式湖水浴

 テンプレート、という言葉がある。

 雛形という言葉で訳されることもあるが、オタクにとってテンプレといえばお約束の展開、という意味のほうがしっくり来るのではないだろうか。

 今回は湖のほとり、海水浴ならぬ湖水浴のテンプレを観察しようと思う。


 ユージンが行きたがっていた湖水浴、忍もやりたかったことなのでお忍びの上合同で遊びに行くことになった。

 忍は大量の肉と野菜でバーベキューの準備、女性陣の水着を用意し、木製のペイント浮き輪なども用意した。

 スイカに代わるものが用意できなかったことは残念だったが、前日の準備は上々といったところだった。


 当日の参加者は忍の従者は鬼謀以外が参加し、王家からはユージン、ベルガ、ステラ、公爵家からバレットが参加した。

 グレックが予約をした一般貴族用のビーチはロープで簡単に区画が分けられ、パラソルと女性をはべらせた男性貴族が何組もいた。

 湖には誰も入っていない。


 「「なにこれ?」」


 忍とユージンの声が揃った。

 誰も湖に入っていない、貴族がパラソルの下でいちゃついているだけだ。


 「湖水浴は貴族が権力を誇示するための行事ですモー。パラソルの下で主人といちゃつくものですモー。」


 「意味がわからない。なんで誰も泳いでないの。」


 「忍さん、あれはなんでしょう。」


 ユージンが見ている方向に視線を向けるとテーブルを設置してナイフとフォークでフルーツを食べている貴族がいた。

 家族連れのようだがやはりメイドが水着で、男性使用人は熱そうな正装だった。


 「あまり視線を向けるのは失礼ですモー。熱くなったら湖の水を汲んでお互いにかけあうのですモー。」


 ファロは説明をしながらテキパキと準備を進めている。

 しかし、こんなものは断じて忍の想像していたものではない。

 ユージンと視線を合わせるとやはり同じ気持ちだったようだ。

 忍はコクリと頷いた。


 「みんな、今日の湖水浴はすべて私に任せてもらう。これは命令だ!設営が終わったら水着に着替えて集合!シーラさんはタモ網と鉄板を用意してくれ!」


 忍は声を張り上げたのだった。

 タープを張って大きめのテーブルのそばに【アイシクル】を砕いて作ったロックアイスをいれた樽を設置し、椅子とジョッキを並べて簡単な宴会場を作る。

 土魔法で作り置きしていたレンガでかまどを作れば簡易バーベキュー場の完成だ。


 「湖に行く!魚を捕まえたいやつはこれを履いて網持ってついてこい!来ないやつはくつろいでいろ!」


 「やるよ!」


 「わたしも!」


 「プオッ!」


 ユージンとニカが手を挙げる、三人は白雷を伴い網を持ってずんずんと湖の方へ歩いていく。

 忍がビーチサンダル代わりに下駄をわたしたので、熱くなった砂利は何の障害にもならない。


 「あ、ちょっとユージさ……ユージ!勝手に動くのは危ないぞ!あっつ!」


 ベルガが砂に苦戦している、護衛も兼ねてとついてきたのでユージンと一緒に動きたいのだろうが反応の遅いやつは置いてけぼりだ。

 ヒザ下が浸かるくらいの深さで遠浅の砂地のようだ。

 忍は両手を滑らかに動かして極微量の魔力で魚を呼ぶ魔術を発動した。


 「わっ!わっ!」


 「その大きいのが美味しいから狙ってくれ!」


 「トラウトだ!こっちにもいるんだね!」


 ニカが足を取られてころんだ。

 白雷がはしゃいで水の中を出たり入ったりしていて網に顔を突っ込んで抜けなくなったりもした。

 大声で騒いでいる忍たちに今度は貴族たちの視線が集まりだした。

 一部の貴族たちがヒソヒソ声で話し始めているが、忍たちは知ったことではない。


 「ユージ!忍!あまり恥ずかしいことをしないでくれ!」


 「ユージン、恥ずかしいか?」


 「僕は全然。」


 「出身国の違いだな。日本式の海水…湖水浴は騒ぐものだ。アメリカは?」


 「もっと騒ぐ!」


 ベルガの忠告はもっともなのだろうが、忍は国が違うで押し通そうと決めていた。

 ユージンの憧れなのだ、思い出は楽しくなければならない。


 ひとしきり魚とりで騒いだ後は焼き肉と、魚の塩焼きでバーベキューである。

 煙とともにいい匂いが周りに漂っていく、繊細な料理とは違う強く濃いめのタンパク質とスパイスが焼ける匂いだ。


 「串焼きと味噌漬け、レモン塩を用意しといた。適当に焼いて食べて。」


 「ソーダがないのが残念だね。」


 忍は魚を処理して塩焼きの準備をしている。

 ユージンとステラはベルガの焼いた肉を頬張っている、バレットは味噌付けを気に入ったようだ。


 「味が濃くてパンに合いそうだ、忍さん、レシピをくれないだろうか?」


 「ちょっと特殊なもの使ってるからすぐには真似できないかもしれないぞ。スカーレット商会で扱っているソイソイの味噌だ。」


 「ご主人様、調理は私共が代わりますコン。」


 「いや、焼き場は私がやる。先に食べてくれ。ほら塩焼きもあるぞ。」


 メイドたちは恐縮しているようだったが、チベットスナギツネの顔を作って見つめていると少しずつバーベキューを食べはじめた。

 バレットとベルガは競うように肉を食べていた。

 しかしいくら食べるといっても一般レベルである、忍の仕込んだ肉の量は万全だ。


 「果物もあるんだから加減して食べろ!お腹いっぱいだと湖で遊びづらいぞ!」


 「ベルガ、泳ぎを教えてよ。」


 「ちょ、ちょっとまって。うぷ。」


 大食い対決はバレットが負けたらしい、ビーチチェアでパンパンのお腹を抱えて討ち死にしている。

 ベルガも満身創痍のようだ。果物をテーブルに持っていくとユージンとステラは食べ始めるがベルガは口を抑えてそっぽを向いた。


 「主殿、こっちにもかまってください。」


 「そうだよ、しのぶさんあそぼ!」


 「でも、塩焼きが…。」


 「代わりますコン!」


 「あー、私の育てた塩焼きがー…ってぇ?!」


 山吹が忍を焼き場から直接湖に投げ込む。

 半裸で空を飛ぶのはとても怖い、着水したところが深くて助かった。


 「……覚えてろよ。」


 脂肪は水に浮く、数秒浮かんだ後、岸に戻ろうと泳ぎだしたところ体がいきなりバランスを崩した。

 脇から大きな水流が体に当たったのだ。、そちらからものすごく見覚えのある背びれのようなものが近づいてきていた。

 ヤバいと思ったときにはすでに平べったいサメのようなものが忍に飛びかかってきた。


 「でえぇぇ?!」


 必死に鼻先につかまって噛みつかれないように背中側に回り込む。

 背中はゴツゴツとした岩のようで、ふれてしまったところがすり傷になってかなり痛い。

 背びれに必死で捕まると忍がくっついたままでサメがまた飛び上がった。


 「しのぶさん!」


 ニカの叫ぶ声がして、忍の脇腹に何かが当たる、バチンと弾かれたような衝撃に忍は手をはなしてしまった。


 「当たりましたね……主殿に。」


 「ごめんなさーい!」


 ニカが慌てて放った【ライトライン】が忍の脇腹を直撃したのだ。

 そのまま泣きそうな顔で山吹に抗議する。


 「なんでたすけにいかないんですか!」


 「あの程度の相手、主殿ならすぐ倒せるゆえ。魔法を使わないということは背に乗って楽しんでいるのではないですか?」


 「ロクアットフラットシャークは熟練の漁師でも手こずるのですが、ご主人様はさすがですウオ。」


 「え、え、ほんとに?」


 山吹とシーラのやり取りでユージンたちは観戦モードになってしまっている、周りの貴族はサメに襲われる忍を見て我先にと逃げ出した。

 貴族の護衛が忍たちの休憩スペースに状況を確認しに来るも、半笑いで山吹が追い返していた。


 忍は水の中でまっすぐつっこんでくるロクアットフラットシャークの体当たりを避けられず、もう一度つかまることを試みた。

 体中擦り傷だらけで最悪だが、頭が冷えてきたおかげで【ウォーターリジェネレーション】をかけるくらいの余裕は出てきていた。

 まっすぐに突進してくるのがこのサメの習性らしい、足元から【ウォーターガッシュ】で推進力を確保して水面をまっすぐに飛び出すと、真下からまるでイルカショーのようにサメが続けて飛び上がった。


 「腹一杯になれ!」


 一、二、三、四、五、大きくあいた口の中に【アイシクル】が次々と押し込まれていく。

 六本詰め込まれた段階で、サメの腹が弾け飛んだ。


 「おー、ずいぶん派手に吹っ飛びましたね。」


 「僕、忍さんみたいになりたい!」


 「いや、団長を倒しただけのことはある。」


 「魔術師の戦い方じゃない。」


 バレット、ユージン、ベルガ、ステラが口々に感想をいう中で、忍が沖合からジェット噴射でまっすぐ山吹に向かってくる。

 そのままドロップキックをかましたが、山吹は片腕で受けきった。

 逆に忍のほうが足を痛めて苦しんでいる。


 「うぅ、やまぶきぃ、あとで覚えてろよ。」


 「主殿、ニカが腹に一撃いれましたよ?」


 「ニカは許すが反省しなさい。」


 「甘くないですか?!」


 忍の体重程度の質量など、この世界ではたいした攻撃力にならないのかもしれない。

 その後は自分に【ヒール】をかけてニカと白雷とユージンを伴って浅瀬で遊んだのだった。

 結局貸切状態になったこともあってステラやバレットも加わり、トラブルはあったものの大いに日本式湖水浴を楽しんだ。

 ニカの水着も流されたのでテンプレートはだいたい回収した気がする。

 山吹は帰りの時間まで椅子から動けないよう命令しておいた。


 「主殿が楽しそうでなによりです。」


 「お前が悪い。」


 『山吹は泳げないのでちょうどよかったのではないですか?』


 「千影殿?!それは言っちゃダメ!主殿!どうかお慈悲を!ご容赦を!」


 できないものは仕方がないというところはあるが、それで忍を湖に投げ込む神経がよくわからない。

 しかし、すぐに怒りも収束して落ち着いてしまったのだった。


 「もういい。それにしても武器か魔法を使わないと山吹には傷一つつかないんだろうな。」


 「主殿、そんなに褒めないでください。」


 「呆れてるんだ!反省しろ!」


 油を注がれても怒りは燃え上がらず、忍のお疲れ度合いが上がっただけであった。

 その様子に焦りだし機嫌を取ろうとする山吹を無視して忍は片付けを再開するのだった。


 『右腕、動きますか?』


 「後で治癒するゆえ、ご心配なく。主殿を怒らせてしまいましたね。」


 帰り際、千影と山吹がそんな会話をしていたことに忍は気づかなかった。

 ビリジアン王家御一行は満足してくれたようだ、いい思い出になっただろうか。


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